>--prologue:もう君の傍にはいられない--<




「―――え?」

 1ヶ月毎の定期検診の結果は、あまりにも予想外のものだった。


「…にん、しん…? 僕が、ですか?」
 聞き慣れない言葉と混乱で、キラは事態を現実としてまだ飲み込めずにいた。
「気持ちは良く分かるが… これは事実だ。頑張って受け止めてくれ。」
「…や、無理です。」

 急にそんなこと言われても信じられるはずがない。
 自分が妊娠しているなんて、今まで考えたこともなかったのだから。
 現実逃避したって仕方ないと思う。

「…時間が無いから話を先に進めても良いかな?」
 待ってください。と言いたいのが正直な気持ち。
 けれどこのままでは話が進まないのも確かで。
 とりあえず嘘ではないらしいと キラは腹をくくった。


「君は コーディネイターの出生率の低さを知っているね?」
「はい。」
「では保護条例のことも?」
「…はい。」

 第3世代以降の出生率が低くなってきた昨今で、妊娠するのはかなり重要なことだ。
 妊娠した女性は国からの手厚い保護を受け、最高の環境と条件の下で子どもを出産することが
 できるのだ。
 さらに育児にしても多額の補助金を受け取れる。
 それだけ危機的状況に陥っているともいえるが、現状の一時的な打開策としては一応の成果を
 上げていた。

 ―――ただ この条例にはキラにとっては厄介な部分がある。

 妊娠とは逆に、堕胎に関しては規制が設けられていたのだ。
 一部の例外を除き、堕胎の際には必ず父親に当たる人物の承認が必要とされた。
 しかも複雑な手続きを踏まなければならず、余程の事情がない限り堕胎を考える者は少ない。

「その子を産む気なら確実に退役だ。」
 ギクリ、とキラの身体が強ばる。
「そうではなく軍に残りたいのなら堕胎することになるが… その場合 父親となる男性を連れ
 て来なければならない。」
「……ッ」
「誰か心当たりは?」

 その問いに答えることはできなかった。


 彼女にとってそれに該当する人物は――― 3人。
 そこが問題だったから。



 アスラン・ザラ、

 イザーク・ジュール、

 シン・アスカ、


 彼らが 該当する時期に関係を持った3人だ。
 全員が2世代目コーディネイターであり、ザフトでもトップエリートの、最高の遺伝子を持っ
 た3人。
 本来なら誰が父親であっても問題などあろうはずもない。
 プラントの未来の為にも失うには惜しいといえるほど優秀な"遺伝子"だ。
 しかし、キラにはたとえその3人でさえ―――いや、その3人だからこそ承諾できない理由が
 あった。

「君の意思は尊重されるから産む産まないは君の自由だ。しかし返事はできるだけ早めにして
 もらいたい。どちらにしても君には時間がないのだから。」

「……はい。」









 どうすれば良い?
 誰に、言えば良い?

 一人で通路を歩きながら、突然降りかかった出来事にキラは頭を悩ませる。

 キラの妊娠のきっかけとなった一連の出来事のおかげで、今彼らとの関係はかなり複雑になっ
 ていて。
 これに妊娠なんて言われたら 余計ややこしくなることは必至だ。
 誰か適当に代理を立てても良いのだろうが、何かの拍子で周りに知れてしまえば それもまた
 ややこしい。
 となると やはり3人の中から選ばなくてはならなかった。



 イザークは……?

 ―――いや、駄目だ。これ以上甘えられない。
 誰の子でも構わないから産んでも良いと、きっと言うから…あの優しい人は。
 だから嫌なんだ。彼といるとどこまでも甘えてしまうから。
 もしその流れで結婚しても、想いを返せない僕は彼を幸せにできない。

 それに、ただでさえ僕のことであの2人の友情に亀裂が生じてるのに…
 これ以上の迷惑はかけたくない。



 シンは……、

 彼ならすぐに堕胎の承認をしてくれる。
 けれどこれを16の少年が背負うのは 少し重いかもしれない。
 それだけじゃない。
 彼を父親にしたら あの時の彼の罪を認めることになってしまう。
 それじゃ何の為に今回のことを隠したのか分からない。

 だから駄目だ。



 アスランには―――


 …絶対言えない。
 たとえ、1番可能性が高いとしても。

 彼の未来に傷を付けちゃいけない。彼はもう僕のものじゃないから。
 別れた女の為に アスランがそこまでする必要もないだろう。
 それに、誰の子かも分からない子を 彼が認めてくれるとは思えないし。


 アスランの子なら良かった。
 そうしたらあの人から奪い返せたのに。
 そんな風に思う醜い自分。だから罰が当たったんだ。

 誰にも言えないこの状況で、

 残された道は 少ない。






「どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」
 そう言いながら駆け寄ってきたのは 同じ女性パイロットとして気の合うルナマリアだ。
 彼女自身は今回も健康体だったと笑って、でもそこはさすがというか、すぐに変化に気づいて
 心配そうに聞いてきた。
「ん、大したことじゃないよ。」
 それにキラはひらひら手を振って笑って答える。

 本当に大したことじゃない。…他の人には。

「でも、」
「大丈夫だよ。」
 気遣いは嬉しい。でも今それは言って欲しくなくて。
 有無を言わせぬ笑顔で彼女の口を塞いだ。



「……ルナマリア。僕がいなくなったらみんなを頼むね。」
「え?」
「男ってみんなバカだからさ。だから頼れるのは君だけなんだ。」

 些細なことで言い争うアスランとシンを止めて。
 戦闘中だって、無茶は2人の十八番だから 僕やルナマリアはいつもフォロー役。
 レイはもう諦めて、何も言ってくれなくなった。

 怒鳴って、笑って、泣いて、また笑って。
 明日とも知れぬ命、そんな中で過ごしていても。
 でも、楽しかったんだ。

「何言ってるんですか。そんな いなくなるだなんて…」
 冗談とも本気とも取れなかったのか、彼女は自分でどんな表情をして良いのか分からないよう
 だった。
 そんな彼女にキラはもう一度にこりと笑む。
「僕ね、もうすぐ退役するんだ。」
「!?」



 ―――だったら独りで産んで育てれば良い。

 誰の子でも自分の子なら、きっと愛せるだろうから。




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とりあえず序章。キラとルナマリアしか出てません。
でも、これだけでも話の想像は付きそうです。
果てしなく救いようのない話ですね。シリアスというより暗い。
聖母と違うタイプの妊娠話を書いてみたかったんです。
あれは子どもがメインですが、こちらはそれまでの過程がメインになります。
次回からは過去回想に入ります。

細かい設定は後々出てくる(と思う)ので 多くは語りませんが。
確実にミーアに出番はなさそうです。ラクスが歌姫のままなので。
ついでに、保護条例とか捏造ですから!



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