選んだ道の先 −≪31≫


 笑顔が好きだった。
 隣にいてくれることが嬉しかった。

 ずっと見ていたよ。
 ずっと、お前を想っていたよ。

 強がりも我儘も、弱さも涙も。
 全部受け止められるくらい。
 どんなキラでも俺は好きだったよ。



「俺にはお前が必要なんだ。」

 会えなくても傍にいなくても。
 忘れたことはなかった。

 お前への想いと優しい思い出だけが俺を生かしていた。
 お前の存在が俺の生きる理由だった。

「俺はキラが好きだよ。」

 今までも。きっとこれからも。
 それだけは不変。


「―――……」
 ぎゅっと軍服の胸元を掴む手。
 キラは何も答えない。
 答えに困っているのか、受け入れたくないのか。
 沈黙があっても、長く待ってみても、キラからの返事は返ってこなかった。


 仕方ない、か…

 諦めと少しの落胆を含んで、小さく息を吐く。
 自分のしたことを思えばそれが当然の答えだと思うから。

「…別に応えは求めない。」
 言葉が重荷になる可能性もあったから 逃げ道を用意した。
 困らせるつもりも応えてもらうつもりも、元からなかったのだから。

「ただ 俺の気持ちを知っておいて欲し―――…?」
 小さな声を聞き取って、アスランはキラからそっと身を離す。
「キラ?」

「え―――…」

 ポタリ と。

 キラの頬を伝った雫が球になって下に落ちた。

「キ、ラ…?」
「…え…… あ、ごめん……」
 緊張の糸が切れてしまったかのように 力が抜けた様子で自分の頬に指で触れる。
 しっとりとした感触が指先に触れて、キラは自分の視界が濡れてぼやけていることに気が付いた。

「君の言葉が… その、嬉しくて…」

 好きだって言ってくれたから。
 こんな僕を。
 君が好きだって。

「自分から離れたのに… 勝手、だよね……」

 君を傷付けたこと、分かってる。
 こんな風に思う資格、無いことだって分かってるよ。

 でも、君が欲しい言葉をくれるから。
 死んで当然の僕を、必要だと思ってくれたから。

 嬉しくて 我慢できなくて。
 今までの分が溢れて。

 失ったはずの、幸せという感情が。
 溢れて。

「ご、ごめん… なんか止まらな…」

「―――良いよ。」

 拭おうとするその手を取って、彼の頬に唇を寄せる。
「泣いて、良いよ。」
 涙を丁寧に唇で掬って 瞼にキスして。
 涙が止まるまでと、何度も柔かい肌に唇で触れた。
「全部 俺が受け止めてあげるから。」

 悲しみも 苦しみも。
 一緒に背負うから。

 だから......





「僕… 生きて、良いのかな…」
 長い沈黙の後、キラが腕の中で小さく呟いた。

「少なくとも俺はそれを望んでいる。」
 俺だけでなく、ラクスも、イザーク達も。
 誰もキラの死なんか望んでいない。

「…でも、僕はたくさん殺したんだ。自分が生き残る為だけに 多くの命を奪ったんだ…」

 守る為とはいえ、人を殺した僕。
 殺さなきゃ殺されるからと、奪ってきた多くの命。 
 死ぬのは逃げることだけれど、これも生きて償うのとは違う。

「許されないんじゃないかな…」

 君の腕の中にいることさえ。
 本来なら許されるはずがないことなのに。

「…そんなことはないさ。お前はもう充分傷ついた。充分償ってる。」
 誰がこれ以上の罰を求めるだろう。
 誰が、これ以上の苦しみを彼に課すだろうか。
 傷つき 疲れ、自分の未来にすら絶望したこの少年に。

「だから良いんだよ。今はゆっくり休んで。」
「アスラン…」
 見上げてくる彼に 殊更に優しく笑む。
「キラは、もう幸せになっても良いんだ。」
「……っ」

 再びキラの瞳が潤んで。アメジストがゆらゆら揺れる。
 愛しくて、綺麗で、でも切なくて。
 その細い身体を、再び腕の中に抱きこんだ。

「幸せになって、キラ。それが俺の幸せだから。」


「…うん……」

 それは小さくて、小さ過ぎて、注意深く耳を傾けていなければ聴こえなかったかもしれない
 けれど。
 アスランの耳にはちゃんとその声が届いた。
 彼は微笑んで、よくできましたとキラの背中を優しく叩く。

「ありがとう… アスラン…」
 そしてその腕の中で、キラもまた 涙で目を濡らしながらも小さく微笑んだ。



 僕が選んだ道。選んだ道の先。
 闇が広がるだけだと思っていた。

 でも、違った。
 光が見えた。
 今は光だけしか見えないよ。

 たくさんのありがとうとごめん。
 君に伝えたいこと、他にもたくさんあるけど。

 僕らにこれからの時間があるなら。
 少しずつ、ひとつずつ伝えていくから。


 僕が選んだ道。
 選んだ道の先は。

 まだ、これからも続いていく―――…







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管:ちょっと。何してんの。
ア:何が。
管:抱擁以上は認めないって言わなかった!?
ア:泣いているキラを慰めるのは当たり前だろう。
管:他に方法があるでしょーがっ
ア:浮かばなかった。
管:嘘付け! この確信犯!!

イ:…オイ。
管:はい?
イ:俺達はどうなったんだ?
管:あー ごめんね、入らなくて。ちゃんと見せるよ。
    裏場面が見たい方は番外の29-31をどうぞ。

管:―――さらに。次の話も書き下ろしです。その後のアスランとイザーク達。





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