選んだ道の先 −≪30≫


 伸ばされた手は、何かに触れることすら叶わなかった。

 触れる直前に強い力で引き戻されてしまったから。
 暖かい腕が、僕を包んでしまったから。


「……っ」
 身体が宙に浮いた感じがして、見慣れてしまった白い天井が見えて。
 落ちる、と思った。

 ―――けれど、いつまで経っても衝撃はこなくて。
 音はしたはずなのに痛みも感じなくて。
 天井は見えているのに、冷たくて固いはずの床は温かくて優しかった。


「った…」
 下で聞こえる小さな呻き声。
 痛みを堪えるようなその声に意識が我に返る。
「え…っ!?」
 床に落ちて痛くないはずがない。"何か"が下にない限り有り得ない。
 そしてアスランがクッションになってくれたのだと その時気がついた。
「アス…!?」
 驚いて焦って、慌てて身を離そうとしたけれど それも叶わなかった。
 起こした身体を追いかけるようにアスランも起き上がって。
 腰に回されていた腕に力がこもって。
「キラ…っ」
 再び彼の腕の中へ、今度は正面から収められてしまった。

 強いけど優しい。
 苦しいけど温かい。

 縋っちゃいけないってあれほど誓ったはず。
 1度その温かさを知ったら離れることなんか出来ないと知っていたはず。
 だから離れたのに。

 知ってしまう前に 心ごと切り捨てたのに。


「アスランっ 離して!」
 これ以上は駄目だと心が警報を鳴らす。

 触れてはいけない。
 優しさに溺れてはいけない。
 彼の幸せを願うなら。

 縋ってはいけない。
 温かさを知ってはいけない。
 彼の自由を望むなら。


「嫌だ。」
 けれど力は弱まるどころか強くなる。
「離したらお前は俺を置いて遠くへ逝ってしまうだろう?」
 だから離さない。
 そんなことは許さない。
 そう言って、押しのけようともがくキラをさらに封じ込める。

「お前がいないと俺は生きられない。」

「っ 嘘だ!」
「嘘じゃない。」

 即答してもキラは頑なに首を振る。
 何度伝えても否定されてしまう想い。

 でもその声に苦痛の色が混じっていることを、キラは気づいているのだろうか。


「お願いだ…」

 キラの肩に顔を埋めて、くぐもった声で呟く。
「拒絶されても良い。笑いかけてくれなくても良い。」
 他の誰を選んでも構わない。
 想いに応えて欲しいなんて言わない。
「生きてお前が幸せでいてくれれば、俺はそれで良いから。」
 それ以上は望まないから。

 だから、

「俺を置いて逝くな… キラ……」


 それは彼の、初めての願い事。
 優しくて、優しすぎて。
 逆に胸が痛いよ。

 どうしてそんなに優しいの。
 あんなに傷つけて何度も拒んだのに。
 どうしてそんなに苦しげに言うの。
 君は僕をイザークに任せたんでしょう?
 僕なんかもうどうでも良いんじゃなかったの。

 ねぇどうして。
 分からない。
 君の気持ちが分からないよ。



「どうして…?」
「え? あぁ。」
 戸惑っているキラの様子を察し、アスランは1番重要な言葉を伝えていなかったことに気づいて
 苦笑いした。

 今なら言っても良いだろうか。

 腕の力を緩めてもう1度、今度はふわりと包むように抱きしめる。


「好きなんだよ、お前が。誰よりも大切なんだ。」

 静かな室内に響く言葉。
 それはとても穏やかで、どこまでも優しげな声だった。







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管:告白おめでとう、アスラン。
ア:本当に長かった。
管:問題は伝わるかよね。
ア:ああ。今までのこともあるから安心はできない。

管:キラ君さ、どうしてそんなアスランの告白信じなかったの?
キ:だって、本来持つはずがない思いだから。こんな歪んだ思いなんてアスランが持つはずないって思ってて。
管:歪んでるって思うの?
キ:親友のはずのアスランに恋愛感情なんて どう考えても変じゃないか。
管:だとさ、アスラン。どうよ?
ア:…そうか、変なのか……
管:知ってる? アスランね、月にいた頃から君に恋愛感情持ってたんだよ?
キ:えっ!?(赤面)

キ:アスラン…
ア:キラ…

管:…何で見つめあってんだろ? まぁ良いや。




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