選んだ道の先 −≪14≫


「…大丈夫です。」
 そう言って、やんわりと彼の手を振り払った。
「やっぱり夜は食べれないみたいですね。」
 わざと明るく言って苦笑いを向ける。
 彼の驚いたような表情にも気づかないフリをして。

「お前… そう言ってずっと食べていないのか?」
「まさか。」
 鋭い指摘は即座に否定した。

 …けれど、それはもちろん嘘。
 昼食の時も結局全て戻してしまった。
 ディアッカさんは心配してくれたけど、やっぱり笑って誤魔化して。
 心配はして欲しくないから。

「大丈夫です。」
「っ そんなわけは無いだろう。」
 そんな青白い顔で、服の隙間から見える細過ぎる腕で。
 その言葉には僅かに苛立ちが込められていた。
 やっぱり気づかれている。

 …どうしてこんなに優しい人達ばかりなんだろう。
 僕が今まで何をしていたか、知っているはずなのに。
 僕は同胞殺しの罪を持っているのに。

 心配されたくない。
 優しくして欲しくない。
 決意が揺らぐから。
 ここに居る理由を忘れてしまいそうになるから。


 クスリと、キラは口元だけで笑みを作った。
「別に食べなくても平気ですよ。」
「何を言っている。」
 何故笑っているのかと、彼の苛立ちは増している。
 それすらも気づいていないようにして。
「本当です。栄養は点滴だけで充分取れてますから。」

 だから無理をして食べる必要は無いのだけれど。
 自分で食べなければならない理由は1つだけ。
 消化管が退化して いずれ本当に食べられなくなるだろうと。
 それだけのこと。
 だって そんなことはどうでも良いから。
 僕に残された時間はそんなに無いのだから。

「皆さん 心配しすぎです。」
 コトンと、手に持っていたカップをトレイに戻した。
 それをイザークは横目でちらりと見る。
「…替えて来ても食べないか?」
「―――はい。食べてもきっと さっきと同じですから。」
 キッパリとした答えには 深い溜め息が返ってきた。
 それは呆れとも苛立ちともつかない複雑なもので。
 何を言っても聞かないことが分かったのか、椅子を引き寄せるとやや荒々しく腰掛けた。

「…しばらくここに居る。お前の気が変わるまでな。」
 つまりは食べる気になるまで付き合うということで。
 放り出していた本をまた手に取る。
「僕、食べませんよ?」
「…お前が寝たら流石に帰るさ。」
 しおりを挟んだページを開いて続きの行を探しながらの応え。
 キラの方は見ていない。
 ふぅ、と小さく息を吐いて、キラは夜空へ視線を移した。


 月が無い夜は星が明るい。
 もっとも、今は室内の方が明るいからそれすら見えないけれど。
 眼前に広がるのは果てしない闇。
 月があれば揺れる波間が見えるだろうか。

 愛しい人の輝く髪より濃い闇。
 まるで僕が進む道の先のようだと思う。
 僕はこの道を選んだ。
 全てのものから逃げて、全て捨てて。
 伝えない 君への想いだけを持って。
 闇に還る、それが僕の願い。
 選んだ道の先にあるもの。
 それは無と絶望と、果てしない闇。



 長い沈黙が続いた。
 キラは決して食事に目を向けないし、イザークもそこから動かない。
 彼が読む本はもう終わりに近づいていた。

「――――…」
 ボケっと外を見ていたキラが、突然何かを思い出したように入り口へと目を向ける。
 ぼうっとした目で、何処となく焦点は合っていないようで。

「……今、鍵 開いてますよね。」
「そうだな。」
 キラの呟きに本を読みながらも律儀に応える。
「止めておけ。死ぬぞ。」

 いくらこの周囲が彼らの専用区画だとしても、逃げ出すには共用区画へ出なければならない。
 そして、逃げ出そうとする者を放っておくほど甘い所ではないことは 誰にでも考えなくても
 分かることだ。
 丸腰どころか体力すら落ちている今のキラにどうにかできるわけがない。

「―――それも良いかもしれませんね。」
「っ!」
 弾かれたようにキラを見ると、目が合って 彼は微笑った。
 満開の花のような美しい笑顔、でもそれは背筋が凍りそうなほど冷たい嘘の微笑み。
 愕然として、イザークは言葉を失った。
「冗談ですよ。だって僕、立てませんから。」
 笑顔を向けたままで自分の足を指差す。

 精神的なものだと医者は言う。
 治そうと思えばすぐに治るもの、けれど治療法が無いもの。
 キラはこのままで構わないと思っている。
 立って歩くことすら キラにはどうでも良いことなのだから。

「そんな顔、しないで下さい。」
 息を呑んで僅かに青褪めたように見える彼に 可笑しそうに笑いながら。
「大丈夫ですよ。こんな風に言っているうちは まだ。」
「……」

 何を言えば良いのか、イザークには分からない。
 自分が魅せられたアメジストの双眸は今はとても穏やかで。
 釘付けになった強い眼差しは影を潜めている。

 けれど、今もそれと似たようなものをイザークは感じていた。
 遠回しに拒絶されているような、目の前に分厚い壁を置かれたような。
 全てを否定する笑顔は 睨みつけるよりも相手を寄せ付けていなくて。

 それでも目が離せないのに、無邪気で冷たい微笑みは心を抉る。

「…僕が逃げたら 貴方は僕を殺してくれますか?」
「っ!? 何を馬鹿な…」
「そうですか? それが貴方の仕事じゃないんですか?」
 事も無げにキラは問いかける。
 正しくは"彼ら"の仕事であるのだが。


「―――そんなものはアスランの奴にでも言え。」
 冗談じゃないといった様子で 吐き捨てた。
 それにキラはきょとんとして、しばしの後に納得した表情をする。
「…それもそうですね。じゃあ今度頼んでみます。」
「…!」
 さらりと言った言葉に、またイザークは言葉を失った。
 それを見ながらクスッと、キラはまた微笑む。

 普通に見ていれば見惚れているだけで良いけれど、彼のそれには深い裏がある。
 場にそぐわない楽しげな笑い声は、イザークの心の奥に何か不快で嫌な予感のようなものを
 いつまでも残していた。







---------------------------------------------------------------------


管:アスラン相手並に態度黒いね。
キ:あ、ごめんなさい。つい…
イ:つい、で お前はあんな風になるのか。
キ:だってみんな優しすぎるから。僕、目的忘れそうになるんだ。
管:良いことじゃない。
キ:ダメだよ。
イ:強情なヤツだな(呆れ)
キ:ごめんなさい…
イ:謝るなら改めろ。
キ:う゛…っ
管:それはやっぱり嫌なのね…(苦笑)



BACK

NEXT