白い楽園 −≪02≫
連絡した時間通りに門の前に車を滑り込ませる。
名前と用件と、それからいくつかの認証をパスしてやっと入ることが許される門はもちろん彼の
為のもの。
早く会いたいと思えば面倒でもどかしいが、彼を護る為だと思えばこれでも足りないと思う。
―――ここは、キラの為に用意された緑の中の楽園。
穏やかな風が通り抜け、人通りもほとんどない静かな場所にそれはある。
緑の大地と澄んだ青の空と真白き雲と、そして降り注ぐ白い光と。
それらは限りなく自然に近い人工物。
ここは… 母がいた、あのプラントによく似た場所。
そんな景色を見ても、それほど痛みを感じなくなったのはいつからだろう。
「いらっしゃい、アスラン♪」
サンルームで1杯目の紅茶を御馳走になっているとパタパタと足音が聞こえ、ひょっこりと顔
を出したキラが笑顔で言った。
「キラ」
返事の代わりに名前を呼んで。
持っていたカップを置いて両腕を伸ばせば、合図とばかりに腕の中に飛び込んでくる。
それは基本的には甘えたがりのキラが取り戻した習慣の一つ。
―――ただし、2人きりの時限定の。
「…キラ様とアスラン様は本当に仲がよろしいのですね。」
傍に控えていたリタがくすりと笑って、そこで初めて気づいたキラが急に耳まで真っ赤になった。
「リ、リタさん…っ?」
アスランは当然知っての行動だったのだが、キラの方は第三者の目があるとは考えていなかった
ようで。
「あ、あの、これは…!!」
急いで身を離したものの、見られた後では何の誤魔化しも弁解も効力はない。
アスランはキラの慌てふためく姿に思わず吹き出した。
それすらも可愛いと思ってしまう自分は 相当重症なのだろう。
随分と自然に笑うようになったのが嬉しい。
けれどまだアスランに対してだけだと、リタは言う。
それは少しだけ複雑な気分で。
キラが笑顔を取り戻したことは嬉しいけれど、それを他の誰にも見せたくはないと。
その気持ちは昔からある小さな独占欲。
「―――ねぇ。それは?」
リタは気を遣ったのか部屋を出て行き、向かいに座ったキラは ふとテーブル脇の大きな花束を
指さす。
自然と置かれていたそれを用意したのがアスランだということはすぐに気づいたようだ。
「ん? あぁ、これはキラに。」
無造作に手にとってキラの腕にポンと乗せる。
え、と驚いたキラは次いで赤くなり、それから誤魔化すように花束へ視線を落とした。
「…なんで、バラなんて……」
…それは真っ赤な真っ赤な、真紅のビロードのような。
この家には無い色の花。
「…? 来る時、ちょうど目に入ったからなんだが。」
キラの予想外の反応に首を傾げつつも、正直な答えを返す。
実際 本当にそれ以上の意味はなかった。
来る途中にあった花屋でふと目に入って、衝動的に買ったもの。
他に理由を上げるなら、自分が赤が好きだから、だろうか。
「―――なぁんだ。」
拍子抜けしたようにそう言ってキラが笑った。
それがどこか残念そうに見えて、アスランにはますます意味が分からない。
「…告白でもしてるのかと思ってドキドキしたのに。」
「え?」
不覚にも驚いて出てしまった変な声。
するとキラは、暇つぶしに読んだ本に それぞれの花の意味が書かれたものがあったという話を
してくれた。
その中でも赤いバラは意味が意味だけに印象に残ったのだと。
「赤いバラはその人を"愛してます"って意味があるんだって。」
そういえば花屋の店員に「恋人へのプレゼントですか?」などと聞かれたことを思い出す。
どうして分かったのかと頷きながら思ったのだが。
そう言われるはずだ。
「ふーん。じゃあこの数じゃ少なすぎたな。」
20本程度の花束は普通に考えれば大きい部類に入るのだろう。
けれど、その意味を知ってしまえば少し小さすぎたと思う。
「今度はもっと大きな花束にしよう。俺の気持ちがこの程度だと思われたら困る。」
大真面目に言ったら、再びキラは真っ赤になって。
「そうやってすぐからかうんだからーっ」
掴んだ花束を投げ付けようと振り上げた。
もちろん相手も本気じゃなかったから 簡単にその腕を捕まえることはできる。
引き上げて傍まで彼を引っ張ると、額をコツンと突き合わせた。
「からかってはいないさ。この目が嘘を言ってるように見えるか?」
目の前の紫玉が数回瞬く。
そして沈黙が落ちて。
赤くなるかと思われたキラだったが、意外にふわりと微笑んだ。
「ありがとう、アスラン。」
「…?」
今度はアスランが瞬く番で。
「僕は君の言葉で生きてるんだ。」
言葉の真意を測りかねているアスランに キラはもう1度微笑む。
それがあまりに美しくて言葉を失った。
でも、輝いて見えるはずのそれは、消える前の灯のように儚く 逆に不安を感じさせて。
衝動的にさらに腕を引いて 彼の身体をかき抱いた。
ぱさりと花束が落ちる音がする。
自由になったキラの手がそっと背中に触れた。
「君が"好き"を1つくれる度、僕はまた今日も生きようと思えるから。」
「―――愛してる」
「アスラン…?」
「俺は、キラが好きだよ」
「…ありがとう」
「本当なんだ、キラだけがずっと大事なんだ…」
「…ね、どうしたの?」
どこか照れたように聞こえる声。
クスクスと笑う気配もする。
「愛してる、キラ…」
それでももう1度、熱くなっている耳元で囁いた。
―――俺の言葉で生きているのなら。
ずっと言い続けるよ。
声が枯れようとも、たとえ喉が潰れても。
何度言っても言い足りない、決して飽きない愛の言葉を。
「―――今日は泊まっていけるんだよね?」
ふ とさり気なく離れたキラが次に見せた表情は 昔の無邪気なキラだった。
もちろんだと頷けば 嬉しさを隠しもせずに満面の笑顔を見せる。
けれど。
それはたぶん、無意識の演技。
さっき見せたような儚い笑顔を見せる方が きっと本当のキラだろうから。
"俺"の前だから 知らないうちに月のキラを演じている。
…俺に 心配をかけないようにと。
―――それが分かってしまうから。
そんなときは少しだけ、胸が痛くなる。
キラには気づかせないようにしているけれど。
俺達が作り上げたこの小さな楽園は、キラにとっても楽園なのか。
…それとも、ただの檻なのか。
答えは誰も知らない。
俺も ラクス達も。
そしてきっと、キラさえも……
---------------------------------------------------------------------
管:バカップルがいる…
ア:ありがとう。
管:だから褒めてないってば。
管:…なんかえらい仲良いけど。結局気持ちは通じてるわけ?
ア:さあ? 改めて聞いたことはない。
管:……。それで良いの?
ア:今更 無理に聞いても答えないだろうし。
反応を見てる限り 嫌われてるわけじゃないから別に構わないさ。
管:じゃあまだプラトニックな関係なワケね?
ア:そういうことになるな。…不本意だが。
BACK
NEXT