白い楽園 −≪01≫
夢を見た。
内容は覚えていない。
幸せだったのか、悲しかったのか。
一人だったのか、誰か隣にいたのかすら。
何も覚えていなかった。
ただ、目が覚めた時、僕は泣いていた。
感情の名前も知らないまま。
ただひたすら、涙を流し続けていた。
「どうぞ。」
朝食を下げられた後 いつものように紅茶を出された。
それをありがとうと言って受け取り、一口含む。
少し温めで多めに砂糖が入っているこれが僕はお気に入り。
「…さすがだなぁ。今日もいつもと同じ味だ。」
再び口にカップを運びながら、クルクル動き回る彼女を目で追った。
今度はこの部屋の花達の水やりを始めているようだ。
彼女の名前はリタさん。
黒曜石のような大きな瞳に、普段は纏めて結い上げているシルクのような長い黒髪、
ラクスのような華やかさはないけれど、はにかむような笑顔が美しい人。
彼女はこの屋敷に住み込みで働いてもらっているお手伝いさんだ。
人選はラクス、ついでに言えばこの屋敷もラクスのもの。
精神的にも身体的にも弱り切っていた僕の為に、静かで安らげる環境を彼女は用意してくれた。
それが農業プラントにあるこの屋敷、"白い楽園"。
そして世話をしてくれる人ということで、彼女を紹介してくれたのだ。
大抵のことは何もしなくても自動化されていても、こういった心配りは人にしかできないから。
彼女の仕事は僕の体調管理と話し相手といったところだろうか。
きっとこんな広い屋敷に独りでいたら気が滅入ってしまうだろうし。
彼女の存在が僕には救いだった。
「食欲が出てこられたようで嬉しい限りですわ。」
飲み終わったちょうど良いタイミングで戻ってきた彼女はそう笑顔で言う。
「来られたばかりの頃は小鳥のえさ程もお口になさいませんでしたもの。」
それを本当に嬉しそうに言うから、僕は苦笑いするしかなかった。
「今日は何をされますか?」
聞かれてちょっと考える。
窓の外を見ればさわやかな青空。
そういえば今日の雨は午後からだったと思い出して。
「うーん… 午前中はちょっと庭園に行こうかな。」
「顔色もよろしいようですからそれは良いことですわ。でも無理はなさらないで下さいね。」
笑顔でも言うべきことはきちんと。
彼女らしい言葉に苦笑いして立ち上がる。
「はい。お昼前には戻ってきます。」
迷路のように入り込んだ作りになっている垣根を迷いもなく進む。
庭園の中でもここが僕は1番好きで、それはいつの間にか全ての道順を覚えてしまうほど。
完全に独りの世界というのがとても心地良いのかもしれない。
それから周りを取り囲む青い香り。
心を落ち着ける深い緑の色も好きなんだと思う。
永遠に続くようなこの色は僕が好きな色。
その緑の中に白い蕾がところどころ現れて、もうすぐ花開き始めることを知らせていた。
この屋敷は元々の家主であるラクスが"白い楽園"と名付けるように白が多い。
屋敷の壁も目映いばかりの白、家具・食器、庭園の四阿さえも。
庭園の花もほとんどが白系統のもので、キラが今いるそこは白バラの迷路。
心が洗われるような、純粋で汚れることを知らない色。
彼女のイメージにぴったりだと思った。
そして、自分には1番似合わない色だと。
アスランはそれを否定したけれど。
「そうか。もうすぐ"夏"なんだっけ…」
蕾の一つに触れてポツリと漏らす。
ここへ来てそろそろ3カ月が経とうとしていた。
僕の身柄は現在 最高評議会に保護されているという形らしい。
そしてその僕の監視を任されているのがアスラン達5人。
弁護したその責任を持てということだそうだ。
彼らに義務づけられているのは、月に数回 誰かが僕に会いにくること。
大抵はアスランが来るけれどたまに他の人が来ることもあって。
そして1日話したり食事をしたり。
アスランは一晩泊まることもある。そんな日は遅くまで起きて昔話をしてみたり。
それは1番楽しみで、そして何より幸せな時間。
それ以外の日はリタさんと2人。
彼女が話し相手をしてくれることもあるけれど、忙しそうだからそんな時は1人でこの庭園で
過ごすか、部屋で本を読むか。
でも寂しいと思うことはない。
もし会えなくても特別回線で5人とだけは連絡が取れるから。
アスランとはほとんど毎日話してる気がする。
―――僕は幸せだと思う。
1度は死のうとして。
…1度 僕は死んだのかもしれない。
だから今は生まれ変わった気持ちでいる。
…もちろん、アークエンジェルの皆が今どうしているかや、戦争はどうなっているか。
自分だけがこんな穏やかな日々を過ごしていいのか考えることもある。
外部の情報が一切遮断されていることに不安はあるけれど。
それで困らせてしまうのは気が引けるし、これ以上迷惑はかけたくなくて。
何も言わないまま。
「綺麗に咲いてね。」
そう蕾に微笑みかけて手を放す。
そして再び足の向くままに歩きだした。
こんな日々が長く続かないことは分かってる。
きっと終わりは近いうちにくるだろう。
だから今は。
皆の願いのままに、この小さな幸せに浸っているよ。
いつか来る日の思い出の為に。
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管理人(以下 管):リタさんです。(御紹介)
リタ(以下 リ):はじめまして。キラ様のお世話係のリタです。
管:突然だけど キラについてどう思う?
リ:キラ様、ですか? お綺麗な方ですよね。それでいて優しい方。
時折愁いを帯びたような顔をされるのですが 随分元気になられました。
管:えと、あのさ。2人きりでしょ? 恋愛感情とか、は…?
リ:ふふ、ご安心下さい。私には最愛の恋人がいますから。
実はこれも採用条件の1つなんですよ。
管:さすがラクス様… 抜け目無いわ…
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