「キラさんが休暇取ったってマジですか!?」

 ノックもなしに飛び込んできた紅服の少年は、第一声にそう叫んだ。
 よほど焦っていたのだろうとこの部屋の主人は気にしなかったが 秘書はそう思わなかったら
 しく、彼女に怒られたシンは慌てて謝っている。

 ―――ここは、プラント最高評議会議長の執務室。
 プラントを統べる才色兼備の女王がいらっしゃる場所だ。
 礼儀を弁えねば、上層部の頭の固い連中だけでなく彼女のファンまで敵に回してしまう。
 …最も、回したところで気に止めるような性格の少年でもないが。


「ええ。今日から一週間、キラはオーブで過ごす予定ですわ。」
 静かに見つめるプラントの女王の瞳は、彼女の後ろに見える空と同じ色をしていた。

 今までの執務室は暗くて嫌だと引っ越した彼女の部屋は 窓を大きく取ってあるおかげで眼下
 にプラントが見渡せる。
 緑と水の都、そう呼ぶに相応しい首都の情景はここの窓から眺めるのが最高だ。

 その開放的な空間は、異常な高ささえ気にしなければ落ち着く場所だった。


「けど 何でまたこの時期に?」
 5月も終わり間近のこの中途半端な時期にどうして。
 休暇が一週間と短いのは、キラの能力と それに比例する仕事量のせいなのだろうけど。
 そんなシンの疑問にラクスはくすりと微笑む。

「誰よりも大切な方と誕生日が一緒に過ごせなかったから と。リベンジ、ですわね。」
 彼女があまりに普通に言うものだから、思わず聞き流してしまいそうになって。
 その言葉の奇妙さに首を傾げた。
「アン――…じゃなかった、議長より大切な人…?」
 ついいつもの口調で話しそうになって秘書に睨まれたシンは慌てて訂正する。
 でもそれで自分の疑問が解決するわけではない。
「いるんスか? そんな人。」

 キラと議長の仲は公然と認められている。誰が見たってラブラブの恋人同士だ。
 それなのに、その彼女より大切な人がキラに存在するというのはどういう意味だろう。



「―――私でも敵いませんわ。あの方はキラにとっての"特別"ですから。」

 悲しむでもなく妬いた風でもなく、彼女はそう言って、ただ柔らかく微笑んだ。














 本当は自分が迎えに行くつもりだったのに、相手はポートまで来ると言って聞かなかった。
 約1時間の押し問答の末、根負けしたキラが引いてその場が収まったのはほんの数日前。


「キラ!」
 キラの姿を認めた待ち人が手を振る。
 それに笑って返すと、その相手は軽やかな足取りで駆け寄ってきて。

(あ。)
 自分がそれを認識したときにはもう手遅れだった。

「久しぶり!!」
 勢いのままにキラに突進してきた"彼女"は、相変わらず力の加減なしに抱きついた。

 ゴン

 素敵な音を立てて後頭部が近くの柱に激突するが、これがなかったら今頃床に押し倒されてい
 たので、それに比べればまだマシかと思う。
 わりと頭痛はひどいが、そんなものも彼女の笑顔を見れば一発で吹き飛んだ。



「…カガリ、」
 彼女の頬を包み込んで上向かせる。
「また、綺麗になったね。」
 キラにしてみればただ素直に言っただけだったのだけど、カガリは途端胡散臭そうな目を向け
 て、さらに深くため息をついた。
「相変わらずタラシだな、お前。」
「は?」
 そう言われるのは心外だ。
 怪訝な顔をすると、彼女はもう良いと疲れたように言ってから、ふと表情を変える。
「…キラは背が伸びたな。もう背伸びしても追いつかない。」
 悔しそうに、でも嬉しそうに。彼女は笑む。


 姉でもあって、妹でもあって。同じ存在で、でも違う存在。

 腕の中にすっぽり収まってしまった小柄な身体。
 いつの間にこんなに差がついてしまったのだろう。

 けれど、だからこそ大切にしたいと思う。
 その気持ちは日増しに強くなっていて。



「今日はアスランも置いてきちゃったの?」
 こんな風に双子でべたべたしていると、いつも呆れた顔でいい加減にしろとツッコミを入れる
 彼がいない。
 他の護衛は置いて来たにしても、彼くらいは無理矢理にでもついて来ると思っていたのだけれ
 ど。
「当たり前だ。2人っきりが良いと言い出したのは私だしな。」
「よく許可が下りたよねー 仮にも君は一国の女王なのに。」
 それでなくてもあの過保護なアスランがよく許したものだと思う。
「キラがいれば大丈夫だろ?」
 自信たっぷりに言われれば、もちろんと笑顔で返す。
「うん、君のことは絶対に守るよ。」
「じゃあ無敵だな。」

 絶対的な信頼の言葉。
 くすくすと笑いあいながら、2人は今回の目的地に向かうべくポートを後にした。

















「うわー いい眺めだなー」
 リビングの奥にある大窓に一直線に進んだカガリは、早速バルコニーに飛び出して眼前に広が
 る海を堪能している。

 2人が今日から3日間滞在するのは、国内屈指のリゾートホテルの 最上階のロイヤルスイー
 ト。
 中央のリビングには大画面のテレビと5、6人は座れそうなふかふかのソファ。
 ここを挟んで寝室は2つあり、一方はキングサイズのベッド、もう片方はゲスト用にツインの
 部屋。
 簡単な食事が作れるキッチンまで備えてある。
 担当のコンシェルジュの話によれば、ここがこのホテルで1番広い部屋なのだという。
 そもそもこの階はロビーすら一般客とは別になっていて、ここに来るまで他の客とすれ違うこ
 ともなかった。
 カガリはすんなり受け入れているようだけど、庶民感覚のキラから見ればここはランクが違い
 過ぎる。

 ちなみにホテルの手配はアスランに頼んでいた。
 理由は プラントにいるキラよりも適任だと思ったから。
 その際に「カガリの好きそうな部屋を選んで」と1つだけ条件を付け加えて。

(…けど、まさかロイヤルとは思わなかったな。)

 2人しかいないのに、こんな広い部屋をどうしろというのだ。
 代表首長としてならともかく、今回はお忍び旅行なのに。


「…カガリがこの部屋を選んだの?」
「いや。海がよく見えるならどこでも良いって言っただけだ。」
 隣に並んでキラが問うと、振り返ったカガリからの返事は予想通りというか。
「……ベタ甘だね、アスラン。」

 おそらくここは、国内で最も美しい海が最高の条件で見れる部屋なのだろう。
 部屋数やランクとか絶対考えてない。
 アスランは彼女の願いの最上を叶えただけ。非常に彼らしい甘やかし方だ。

 まあ、誰にも会わないというのは有難いのだけど。
 カガリが喜んでいるから別に良いかと思うキラもまた、彼女にはとても甘いのだった。



「なーキラ、あれって観覧車だよな?」
 砂浜のある海岸を挟んだ向こう側をカガリが指差して尋ねる。
 もちろんこの辺の情報はリサーチ済み。
「あ、そうだね。確か近くにテーマパークがあるって言ってたよ。」
 途端彼女に瞳がきらきら輝く。
 何も言わなくても言いたいことはすぐに分かった。
「…行く?」

 もちろん返事は即肯定。
 今日の予定はそれで決まった。


















「人が多いね。」
 すっかり失念していたが、今日は週末で大抵の人は休み。
 さらに国内で1番大きなテーマパークとなれば仕方のないことだ。
 家族連れ、カップル、友達同士らしき団体、ゲートに入る前からどっちを向いても人だらけ。
「―――カガリ。」
 少し考えた後、キラはカガリを振り返る。
 そうしてはぐれないようにと差し出された手をカガリは躊躇わず取って繋いだ。

「そういえば、前にもあったな こんなこと。」
 そう言ってカガリは楽しそうに笑う。

 あれはまだキラがマルキオ導師の家にいた頃だった。
 あの頃より大きくなった気がするけれど、変わらず安心できるキラの手。
 お父様みたいだと言ったら、キラは怒るだろうか笑うだろうか。

「やっぱり今も恋人同士にしか見えないのかな?」
 腕を組んだり手を繋いだりしているカップルと見比べてキラを見上げる。
「試してみる?」
「へ?」
 きょとんとするカガリを連れて、キラはそのカップル達と同じ方向へと向かった。




「カップルチケットをお願いします。」
「はい。」
 2人を見てにこりと笑った受付のお姉さんはあっさりそのチケットを渡す。
 え、と声を上げたカガリの手を再び握って、キラはそのチケットを今度は入り口のお兄さんに
 渡した。
 その彼も手を繋ぐ2人に特に疑問を感じずに、「行ってらっしゃいませ」と声をかけてゲート
 を通してしまう。


「ね。」
「ええ!?」
 本当に誰一人疑問に思わなかった。
 同じ顔のはずなのに… そりゃキラはぐんぐん大人っぽくなって最近は随分男らしくなったけ
 ど。
 それでも本当に誰も気がつかないなんて。
 だって、さっきのスタッフの2人を見る目は完全に微笑ましいカップルに向けられたものだっ
 た。

 手を繋いでただけでOKなのか。
 双子でもこの年でそんなことはしないからなのか?

 ぐるぐる考えるカガリにキラはくすくす笑う。
「言い出したのはカガリだよ。」
「だってまさか本当にそう見えるなんて思わないじゃないか。」
 いくらアスランにべたべたし過ぎだと言われようとも、互いにそんな感情がない相手なのだ。
 なのに他人からはそうは映らないらしい。
「まあまあ、得したと思って楽しもうよ。カップル限定の特典多いんだよ、ここ。」
 今度はアスランとおいでよと言われて、それって私軽い女じゃんと返すとああそうかと笑われ
 る。
 そもそもアスランとじゃなかなか「遊園地に行こう」とはならないから関係ないし。
「だったらここは僕とのデート専用だね。」
「…そうしとくか。」
 まあいいかと拘らずに切り替える。
 そしてとりあえず絶叫系を網羅しようと提案すると、キラは良いよと言って手を引いた。













 


 閉園時間まで遊び倒して、疲れたから夕食はルームサービスを頼んで。
 順番にシャワーを浴びた後は、2人でソファに並んでお菓子を食べながら大画面のテレビを観
 た。
 アスランがいたら絶対に怒られそうだと2人で笑って、今頃くしゃみでもしてるんじゃないか
 なーとまた笑う。


 一緒に暮らしたことはないのにまるでずっと一緒にいたような感覚。
 きっと一緒に育っていたらこんな感じだったんだろうなと思った。

 この旅行が終わったらまたしばらく離ればなれ。
 だからこの旅行の間だけはできるだけ傍にいたいな。

 そんな風に思いながら身を寄せるとキラも寄りかかってきて、重いと言いながらもそのまま2
 人は動かなかった。


「―――明日もあるし、もう寝る?」
 番組の区切りの良いところでキラが隣のカガリを見る。
 明日はホテルのプールでひとしきり泳いでから、歩いて5分とかからない場所の水族館に行く
 予定だ。
 聞かれたカガリがうんと頷いて、じゃあとキラはテレビのスイッチを切った。




「それじゃ、おやすみ。」
 ベッドルームの入り口でキラはカガリの手を離す。
 広い方を彼女に明け渡し、キラはもうひとつの寝室を使うつもりだった。
 けれど、背中を向けたキラのパジャマの裾をカガリが掴む。
「一緒に寝ないか?」
「え?」
「今日と明日だけ。…ダメか?」

 きょうだいらしいことをしたい。
 今までできなかった分だけ。

 それは前にもカガリが願ったことだ。
 そして普段傍にいない分、いる間は傍にいたいと願ったのはキラも同じ。
「いいよ。」


 アスランには内緒ね、とくすくす笑いあって2人でベッドに潜り込む。
 どちらともなく手を繋いで、向かい合っておでこをくっ付けて。



「おやすみ、キラ」
「おやすみ、カガリ」



 夢でも会えそうな気がするけど、と囁きながら、2人は同時に深い眠りに落ちた。


 
==FIN==





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またも構想から書き上げるまで数年かかってしまった…
しかも書き上がったのが3月というまた微妙な時期。
なので5月までUPを待っていました。

以前WEB拍手で書いた双子ネタ(双子でデート!)と微妙にリンク。
まあ、続きじゃないのでこれだけでも読めますけど。
今回は運命後設定です。ラブラブ双子大好きです。
ラブラブすぎてどうしようかなというくらいが良いvv

キラ&カガリ 誕生日おめでとー!



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