はぢめてのおつかい




 少女はそこを行き交う人々全ての注目の的だった。



 緩やかにウェーブのかかった藍色の髪、よく磨かれたエメラルドをそのままはめ込んだよ
 うな大きな瞳、白磁の肌に薔薇色の頬、全てが完璧に整ったその容姿。
 そしてレースをふんだんに使った甘いピンクのワンピースとぴかぴかの黒い靴も可愛らし
 さを引き立ててよく似合っている。
 まるでお人形のようなその少女は人々の視線をものともせず、楽しげな様子でただひとつ
 の目的地を目指していた。


 とにかく彼女はよく目立った。誰もが振り返らずにはいられない。
 けれどそれはその容姿のせいだけではなかった。




「サラ!?」
 彼女がここにいることにギョッとして、紅服の青年―――シンは信じられないと思いつつ
 彼女に駆け寄る。
「なんでお前がここにいるんだ!? ここは… ザフトだぞ!?」
 …そう、ここはザフト軍本部。
 こんなところにひらひらレースの女の子、ましてや―――5歳児が普通いるはずがない。
 目立つのも当然だ。
 シンが自分の背丈の半分ほどしかない少女を抱き上げると、いつもの挨拶のキスを頬に受
 ける。
 それについほだされそうになったけれどすぐに思い直した。ここをうやむやにするわけに
 はいかない。

「1人で何してんだ? キラは?」
 来てるんだろ?と当然のように尋ねるシンに、彼女は違うと首を振る。

「きょうはわたし、ひとりできたのよ!」

「…え、」
 元気に爆弾発言をした少女は 眩暈に襲われるシンをよそに、とても誇らしげににっこり
 と笑った。
















 <だからッ 無理なものは無理。>

 何度言えば分かるのかと、画面の向こうのキラは深いため息をつく。
 家にいるキラと軍本部の執務室にいるアスランが通信を始めて早数十分。2人の会話はい
 まだ平行線のままだった。

「何が無理なんだ。データを渡しに来るだけじゃないか。」
 キラの言い分も最もだが アスランの方だってまだ納得はいっていない。行儀悪く自身の
 デスクに頬杖をつき、不機嫌な顔を隠しもせずに不満を漏らす。
 <今日は来客があるって言ったじゃないか。そっち行ってたら間に合わないの。>
 さすがのキラも少々疲れ気味だ。
 お互い強情で譲るということをしないから 話はいつまで経っても進まない。
「待たせておいても問題ないだろ。」
 <大アリだよ!>
 しれっと言うアスランに怒鳴って返してから、もう何度目になるか分からない溜め息が出
 た。

 <…とにかく、僕は君の妻としてやらなきゃいけないことがあるんだ。>
「ザラ家のだろ。」
 ボソリと返した言葉にキラはきょとんとした顔になり、次いで反論の口を噤む。
 不機嫌な理由もわざと忘れていったのもなんとなく理解したキラは妙に子どもな彼に呆れ
 た。

 <―――そうだよ。僕のせいで君の信用が落ちるなんてごめんだよ。>
「軍での信用は落ちるだろうがな。」
 <それは自業自得じゃないか…とも言ってられないからね。データは届けてもらうことに
 したよ。>
「誰に?」
 軍事機密のものを他人に任せたのかと眉根を寄せるアスランにキラはカラッとした様子で
 答える。
「ああ漏洩の心配なんかの方は信用して良いよ。まず心配ない。」

 きっぱりと断言できるほどの人間とは?
 思い当たるのは執事のロバートくらいだが、彼がキラを置いて外に出るのも有り得ない。
 キラがそこまで信頼する相手は誰だとさらに機嫌は急降下。

 <そろそろ着くと思うんだけど…>
 それに気づかないキラは手元の時計を見下ろして呟く。


 ―――その時だった。




「隊長ー お届け物っすー」
 それがシンの声だと気づいたのと同時に了承の返事も待たずに扉が開く。
 まさかアイツが…?と顔を上げたアスランの目に飛び込んできたのは 全く予想外のもの
 だった。


「パパーッ!」

 自分にそっくりの少女が泣きながらというよりは怒りながら自分を呼ぶ。
 シンからほぼ投げるように寄越された我が娘は、お礼を言うどころか彼を睨みさらにはび
 しりと指差した。
「シンってひどいのよ! わたしよりママのほうがこのみだってゆーの!」
「ほぉ…」
 不穏な空気を纏ったまま視線を移すが、シンはアスランに睨まれているのに怯みもせず半
 眼でサラを見返す。
「当然だろ。隊長そっくりのサラかキラさんかって聞かれたら、キラさんのがそりゃ好み
 だよ。」
 俺の好みは可愛い系なの。と シンははっきりそう告げた。
「シン、お前…」

 アスランはシンが自覚する前からその想いを知っていた。
 それは予想以上に深かったけれど、あの一連の騒動の後 もう未練はないと言っていたは
 ず。
 だから今は"彼女"といるはずだった。
 でも 違っていたのか?

「…お前、まだ キラのことを……?」
「は? 変な誤解しないでください。今の俺はルナ一筋です。」
 けれど返ってきたのは、アスランの懸念を払拭する スパッと切り捨てるような発言。
 それは小気味良いほど堂々としたものだった。

 <おー 今の言葉彼女にも聞かせたいなー>
 思わぬところから聞こえた緊張感の欠片もなさげな言葉に、シンはぎょっとなるほど驚い
 て振り返る。
「って、キラさん!? いたんすか!?」
 <いたよ〜 さっきから。カッコいいねー>
 茶化すキラに シンは真っ赤になりながら画面にかぶりつく。
「ルナには絶対言わないで下さいね!」
 <どうして?>
「恥ずかしいからです! そんなん聞いたら絶対バカにされる。だから教えてなんかやらな
 いんです。」
 そんなことないと思うんだけどな〜 とキラが返すと、アイツなら絶対やる!との応え。
 まぁ彼がそう思ってるのなら仕方がないとキラはそれで諦めたようだった。


 <あ、そーいえばルナマリアの調子はどう?>
「今のところ順調みたいです。…今度は無事に産まれてくるのを願ってます。」

 ―――彼女は2年前に一度流産している。
 シンとの"相性"は悪くなかったから 原因は無理をいってギリギリまで前線にいたせいら
 しい。
 そのショックでもう無理かと思われたが、彼女はどうしても産みたいと言い張った。
 そして今回は妊娠が分かったと同時に"ゆりかご"に移り、プログラムを確実にこなす生活
 を送っている。

「俺はなかなか会いに行けないし、キラさんもたまには遊びに行ってやってください。」
 <うん。>



「…で? 届け物は?」
 シンとキラのほのぼのとした空気を遮って割り込んできたのはアスランだ。
 とりあえずシンの愛妻家ぶりは分かったが、肝心のものを受け取っていない。
 母親に可愛さで負けたと嘆く娘を慰めつつ聞けば、シンはえ?と不思議そうな顔をした。
「届け物はそのサラだけっすけど。」
「は?」

 <あ。サラ。パパにあれを渡して。>
 代わりにキラが娘を呼ぶ。
「…うん。」
 するとぴたりと泣き止んだサラは、肩から下げた小さなピンクのポーチからディスクを取
 り出すとアスランに渡した。
 間違いなくそれは、アスランがキラに持ってきて欲しいと頼んでいたデータ。

「……キラ?」
 <ね、心配ないでしょ?>
 引きつりながら画面に目を移すと キラはニッコリと笑って言う。
 いや、確かに漏洩の心配はないが。この場合の問題はそれじゃないだろう。
「お前ッ サラが襲われでもしたらどうするんだ!?」
 常識的な考えからアスランが怒鳴るが、キラは全く気にしていない様子。
 <誰も5才の少女が軍事機密持ってるなんて思わないよ。入り口までは運転手が付き添っ
 てるし、彼もサラは父親に会いに行っただけだと思ってるし。>
 キラ的には妙案だったのだろうが、アスランは頭痛を感じて頭をおさえる。
 上手くいったから良かったものの よく考えなくても恐ろしい方法だ。
「お前な……」





「―――おい、アスラン。」

 今度はイザークがノックも無しに入ってきた。
 今さら何も言う気はないが、普段人に礼儀だなんだと煩いのはどこの誰だと思う。
「貴様そっくりの子どもが施設内にいると今そこで…」

「イザークさま〜ッ!」
 ぴょこんと父親の膝から降りたサラは そのままイザークの膝に飛びついた。
 突然のことに彼が驚いたのは一瞬で、すぐにいつもの彼に戻る。
 この場合の"いつも"はサラの前でのという意味で、その表情はいつもの数十倍柔らかい。
「やっぱりサラだったのか。」
 抱き上げて視線の高さを合わせれば、いつも笑顔の挨拶が来る―――はずなのだが。
「イザークさまはわたしのこと かわいいとおもいますか!?」
「…は?」
 今日の少女はいつもと違っていた。
 なんだか鬼気迫るものを感じるのは気のせいだろうか。
「サラはいつでも可愛いと思うが?」
「じゃあママよりも!?」
 続いて畳みかけられた質問に、今度はピシリと固まる。
 さっきと同じようにサラリと返すにはちょっと無理な質問だった。

「…止めてやれ サラ。ジュール隊長の片想い歴は半端じゃないから。」
 不憫に思ったシンが隣から助言を入れるが、それはサラの機嫌を損ねただけだ。

「どーしてみんなママがすきなのーッ!!?」




 <それは誤解だと思うんだけどな〜…>
 困ったように呟くのは画面の向こうにいる当の母親。
 目の前に座るアスランは不機嫌顔だがどれが理由かもう分からないのでキラも放置してい
 る。

 その時 彼女の後ろから向こうで「奥様!」と執事が呼ぶ声が聞こえた。
 <あ、今行く! ―――ごめん、アスラン。お客様が来ちゃったみたい。終わったら迎え
 に行くからそれまでサラのことよろしくね。>
 慌てだしたキラは早口で言うと プツッと一方的に通信を切ってしまう。




「…その必要はない。」
 消えた画面に一言零すと 彼はおもむろに立ち上がる。
 そしてイザークからサラを浚うように奪い取ると出口に向かった。

「どこ行くんですか?」
 シンの問いに振り返ったアスランは完全に感情を消した表情で、久しぶりのそれにシンは
 軽く引く。
 なんだか相当怒っている様子だ。
「サラを家まで送ってくる。そのデータは技術班に渡しておいてくれ。」
 データディスクを投げて寄越され 慌てて受け取ったは良いものの、彼が何をしようとし
 ているのかシンには分からない。
 分かるのは ただアスランの様子が尋常じゃないということくらいだ。
 ここで彼を止めないと よく分からないが血を見る気がする…

「ちょっと待ってくださいよッ! ジュール隊長からも何か言って」
「…害虫駆除だろ? 会議の時間までには戻ってこい。」
 イザークに咎める気は全くないらしい。焦っているのはシンだけだ。

「分かった。」
 1つ頷くと、アスランはサラを抱いたまま部屋を出て行ってしまった。







「…アレ、放っておいて良いんすか?」

「キラがいるなら死ぬことはないだろう。」




===了===



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あとがき最後のメモ欄にあった話のひとつです。その後のみんなという感じで。
シンはルナと結婚してますし、イザークは今も1人です。
アスランは変わらずあんな感じで、キラもあいかわらずです。
サラはきっと将来はパパ似の美人さんに育つのでしょうねー
シンvsイザークが書けなかったのが心残りです。
サラのことでお互い内心妬いてる2人が書きたかったんですけどねー 流れ的に無理でした。
ちょっといろいろ詰め込みすぎた感がありますが、個人的には楽しかったです。



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