緑の森に夕陽は落ちる -11-
「桜ってこんなに鮮やかだったんだね。」 風に舞う薄紅色を見上げてキラが呟く。 寝転んで眺めていると遠くまで飛んでいく花びらが見えた。 今日は4人でまたあの桜を見に来ている。 バスケットに詰め込んだランチを持って、木の下にそれらを広げてから各々楽な姿勢で 花見を楽しんでいた。 あの日から世界の色が変わった。闇は溶けて消えて、今は光で満ち溢れている。 世界がこんなに綺麗だなんて、すっかり忘れていた。 「この色、好きだな…」 キラの隣で同じ色が風に揺れる。 座った彼女はちょうど背を向けていて、カガリにクッキーの味を聞いていたところだっ た。 「――――」 衝動的に一房手にとって指に絡めると、気づいたラクスが振り向いて困ったような顔を する。 「どうなさったんですか?」 「同じ色だなぁって。綺麗な桜色。」 何気なく呟いたそれに、ラクスが息を詰めたように見えたのは気のせいだったのか。 「…ありがとうございます。」 すぐにいつもの笑顔で返されたから、見間違いだったのかは分からなかった。 「明日雨が降ったら散るな。」 残念だとカガリがボヤく。 来る前に天気読みの上手な庭師に聞いたらしい。それで今日ここに来るのを決めたのだ と。 「―――最後にやるか?」 アスランが聞いてきて、キラは答えの代わりに笑って立ち上がった。 「おっ やるのか?」 カガリが嬉しそうに身を乗り出す。 ラクスが不思議そうに首を傾げているのを見て、キラはカガリの方を振り返った。 「カガリ、ラクスに見せても良い?」 「ああ、もちろんだ!」 むしろ見せろと言わんばかりでアスランと笑う。 ―――カガリのために2人で練習した剣舞。 この場所で舞うのは恒例だが、今年舞うのは特別なもの。 本来は"カガリにだけ"捧げる剣舞だ。 その意味が分からないのはたぶんラクスだけで、でもキラは言う気はなかった。 (…君に感謝を、) それは後から言えば良い。 「これで良いよね。」 キラが自分の腰に佩いた剣を抜くとアスランも同じように抜いて構えた。 「音は…」 「要らないだろ。」 「まあね。」 曲は頭の中にある。タイミングもアスランとなら問題はない。 普通の剣じゃ飾り気はないけれど、代わりにこの薄紅色の花びらがある。 「「クロス」」 カンッ 下方で十字を作り、頷きあって離れる。 2人の間を風が吹き抜けて、同時に地面を蹴った。 重なり合いすれ違い、けれど最初の時以外は剣はぶつからない。 風が吹き、花びらが舞う。 淡いピンク色の世界を2つの剣が音もなく切る。 「…いつもながら絵になるな。」 カガリが小さく笑った。 2人の息はぴったりで、いつ見ても何度見ても視線が惹きつけられる。 今は散りゆく桜も相まって、とても幻想的な光景に見えた。 今年の花の終わりを惜しみ、送り出す美しい舞。 来年もまたこの花が咲く頃にここに来ようと、それは約束のようだった。 隣をちらりと見ると、ラクスはただ黙って舞に魅入っている。 それにこっそり笑って、カガリはまた2人へと視線を戻した。 フレイ、待たせてごめんね。 長い間、君の願いに気づかなくて、君を縛り続けてた。 僕は幸せになるよ。君の分まで。 『こんなんで良いのか?』 対価を告げたニコルに、カガリは耳に付けていたそれを外すとそのまま彼に渡した。 琥珀のイヤリングは彼女の一番のお気に入りだ。 けれどキラのためだからとそこに躊躇いは微塵もなかった。 『はい。ありがとうございます。でも、本当に良いんですか?』 ニコルの手に乗せられたそれは彼女にとっては母親の形見の品。それを知っていてニコ ルは対価に選んだ。 琥珀はニコルを表す宝石。 さらにキラのことを想う気持ちの強さが必要で。 そして一番適当だったのがこのイヤリングだったのだ。 『キラのためならお母様も許してくださる。』 カガリはあっさりと言って笑った。 『良いんだ。思い出はちゃんと心の中にあるから。』 幼い頃に亡くなった王妃との思い出はそんなに多くないだろうに。 それでもそう言える彼女の強さと優しさにニコルは微笑んだ。 (キラ、貴方は愛されていますね。) 貴方は1人ではないと、何でも1人で背負う必要はないと。 貴方はそれにいつか気づくでしょうか。 剣舞を舞う少年達とそれを見守る少女達。 「良かったですね。」 遠くの木の上からニコルはそれを眺める。 そうして"誰か"に声をかけると、隣には次第に光が集まって人の形を作った。 『そうね。』 光は女性の形になり、紅い髪がひらりと揺れる。 「…貴女はこれで良かったんですか? 貴女の魂は時が来るまで上には行けません。」 対価はカガリからだけではなかった。 半分はフレイから対価をもらうことにしたのだ。 彼女達の願いは同じで、1人で抱えるには対価が大きかった。 だから2つに分けたのだ。 『良いわ。私もキラが幸せになるのを見届けてからの方が良いもの。』 フレイが光り輝きながら優しく笑う。 『それに、私や貴方に時間は無意味でしょう?』 「そうですね。」 緑の中に桜色の風が吹く。 夏の前、最後の花が空に舞った。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- ここまでで第1部終了です。間を開けまくってすみませんでした。 2話分は一気に書き上げました〜 10話が長過ぎたのでニコルとカガリの会話は11話に入れてみたり。 次回から第2部で、そちらにはアスカガも入ってきます。