想いの欠片




「ありがとうございましたー♪」
 ラッピングされた箱を持ってキラはいそいそと店から出てくる。

「チョコはさすがに無理だけど…」
 一応店に入ってみたものの、女の子ばかりのあの売り場に1人で行くのはキラにもできなかっ
 た。
 せめて一緒に行く人がいたなら別だったけれど。
 ラクスは仕事だし、カガリだったら反対されるだろうし、ミリアリアは事情を知らない。
 でもせっかくのバレンタインだ。彼に何かあげたかった。
「アスランのことだから、チョコはたくさんもらうだろうし。」

 喜んでもらえると良いな。

 渡した時の彼の顔を想像してふふっと笑った。






*******






 朝から学園内はものすごい騒ぎだった。
 特に人気が高いアスランやイザークは避難と称して生徒会室に逃げ込んでいる。
 もちろん授業にも出れない状態だ。
 一方キラはというと、カガリという強力なバリケードのおかげで 本日も何も知らずに平穏に
 過ごし、10個程度の義理チョコをもらって喜んでいた。


 朝の次のピークはお昼休み。
 どこそこで告白大会が行われている中をすり抜けて、キラはアスランと一緒に昼食を取るため
 生徒会室に向かっていた。
 今日の水筒の中身はキラの母カリダ特製のホットココア。
 彼女からアスランへのバレンタインだそうだ。
 もちろん一緒にキラも飲むつもりだけど。

「…あれ?」

 中庭を抜けようとした時に、木の陰で一人の少女がうずくまっているのを見つけた。
 病気なのかもしれないと、キラは慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
 背中を摩りながら顔を覗き込むと、彼女は小さく頷いて顔を上げた。
 白い肌に大きな紫水晶の瞳。長い黒髪は腰まで伸びて、彼女が動くとさらりと流れる。
 とんでもない美少女にキラは言葉をなくして見とれてしまった。

「…貴方、いつもあの人といる子ね。」
「え?」
 少女はふんわりと笑ってキラに触れる。
「ずっと羨ましかったの。―――だから、それを少しの間貸して。」
「…え… ……っ…?」
 キラの視界がグラリと揺れる。
 そしてそのまま、キラの意識は途絶えてしまった。





「キラ、遅かったな。」
 今日はさすがに迎えに行くこともできずに やきもきしていたらしい。
 現れたキラをアスランは満面の笑みで出迎える。
 そのまますぐに抱きしめる体勢に入っていたのだが、キラはそれを素通りして奥にいるイザー
 クのところへ行ってしまった。
「…え?」

「イザーク。」
 いつもと違う行動にイザークもまた驚いていると、彼はにこりと笑って手に持っていた水筒を
 デスクの上に置く。
 普段は向けられることのない可愛らしい笑みにイザークが真っ赤になってドギマギしている間
 に、キラは中身をカップに注ぐとそれを彼に差し出した。
「これ、イザークにあげる。」
「キ、キラ?」
 カップから立ちのぼる甘い香りはどう考えてもチョコレート。

 それをアスランを素通りしたあげく俺に?
 ありえない事態にイザークはどうするべきか迷ってしまう。
 受け取って飲むべきか否か。
 いつもはキレる頭でも、今はフル回転させても答えを導き出せなかった。


「キラ! どうしたんだ!?」
 この事態に納得できないのはアスランも同じ。
 彼の肩を掴んで振り向かせれば、相手からは怪訝な顔で見られる。
「…えーと、確かアスラン・ザラ?」
 まるで初めて話した相手でも見るかのような。
 そこでアスランも事の異常さに気づいた。

「……君は誰だ?」

 その問いに"キラ"は微笑った。





「―――じゃあ、イザークに近づきたくてキラの体を借りたわけ?」
「はい。」
 尋ねるディアッカの手にはキラが持って来たホットココア。他の全員も同じだ。
 ディアッカの他にもカガリとニコル、生徒会メンバー全員が集まって 一緒にキラの中にいる
 少女の話を聞いた。
 なんでも、病弱だった彼女はイザークに憧れてはいたものの その想いを告げることなく一月
 前に突然の発作で他界してしまったのだそうだ。
 彼女の望みはバレンタインに彼に想いを告げることだったから、たまたま会ったキラの体を借
 りたのだと。
 イザークの隣に座って嬉しそうにしているキラというのはなんとなく違和感があるが仕方がな
 い。
「名前はどうしても教えてくれないんですか?」
「言ってもきっと覚えてないだろうし。だったら言っても無意味でしょう?」
 そう言ってイザークの方を見てにこりと笑う度に イザークは顔を真っ赤にして固まる。
 あんな可愛い顔を直視すれば当然だとは思うが、その分アスランの機嫌は急降下していった。
 中身はキラじゃないと分かってはいてもあれは自分だけのものだったはずなのだ。
 感情の方が納得してくれない。

「でもさ、近づくって目的なら別にカガリでも良かったんじゃないのか? 一応これ女だし。」
「一応って何だよ。」
 ディアッカの言葉にカガリがツッコミを入れるが、それはさらりと受け流してどう?と聞いて
 みる。
 "少女"は少し考えて やっぱりこちらが良いと首を振った。
「…だってこの子、イザークの特別だから。この姿の方が喜ぶかなって。」
「!? な、何の話だ!?」
 驚いたのは他の誰でもなくイザークだ。
 思わず立ち上がってしまうのを 彼女は笑って見る。
「見てれば分かるもの。この子を見るイザークの目は優しかった。それがずっと羨ましかった
 の。見る度に何度も代わりたいって思ったわ。」
「―――だがその身体はキラのものだ。」
 姿はキラの少女を睨み据え、アスランは不機嫌さを隠さずに言う。
 彼からすればさっさとキラを返せということなのだろうが、彼女だってそのくらいのことは分
 かっていた。
 自分は決してこの子にはなれない。

「分かってる。だから一つだけ、私の願いを叶えさせて?」
 残り少ない時間を悔いないものにできるように。





「放課後デート?」
「はい♪」
 彼女が望んだのはイザークと過ごす放課後の時間。それだけだと。
 ただ さすがにそのままじゃ目立ち過ぎるということで、演劇部から借りた茶髪のかつらとカ
 ガリの制服を彼女…もといキラに着せた。
 案を出したのはニコルで、確かにこれならどこに行ってもおかしくない。
 どこから見ても違和感なく美少女に仕上がった"キラ"を ブスッとしているアスラン以外の3
 人は手放しで賞賛し、イザークは案の定一瞬固まった。

「…褒め言葉の一つも出ないんですか? モテませんよ。」
「う、あ、いや……」
 ニコルからキツイ一言が飛んでくるが、それでもイザークは何も言えない。
 彼女は無理しなくて良いよと言って笑った。
「それがイザークだもの。ちゃんと知ってるから。それよりも早く行きましょう?」
 手を差し出した"キラ"の姿に一瞬だけ別の姿がかぶる。
 イザークは必死で思い出そうとしたが 結局分からないまま。

 それが彼女だったかもしれないのに。





 場所を彼女に任せることにしたら まずは雑貨屋に入って行った。
 昨日はチョコを買い求める女の子達でいっぱいだったそこも、今日は常の穏やかさを取り戻し
 ている。
 レジの近くにはまだ昨日の売れ残りがあったけれどあとはいつも通りだ。

「あ、こっちの方が良いかも。」
 彼女は可愛い小物に目を奪われ、いくつか手にとって彼に見せて。
 そんな彼女を見るイザークの目も優しい。
「…欲しいなら買ってやろうか。」
 自然とそんな言葉が口をついて出ていた。
 この程度ならイザークにはなんでもない金額だ。
 けれど それを聞いて彼女は手に持っていた物を棚に戻す。
「いい、要らないわ。未練が残りそうだから。」
 笑っていたものの少し悲しげな顔をされて 思わず舌打ちをした。

「―――あ、ちょっと待ってて。」
 奥の棚の陰から手招きされ、イザークをその場に待たせてそこへ行くと そこにキラと交換し
 た男物の制服を着たカガリがいた。
 彼女は桃色とチョコ色のチェック柄の紙袋を少女に渡す。
 中を覗くとどう見てもそこにはチョコレートを包装した箱が入っていて。
 驚いた顔をすれば、カガリは悪戯っぽく笑った。
「悔いのないように。私からのプレゼントだ。」
 渡して想いを告げて来い と。

 本当に羨ましいと思った。
 体を借り手いるこの子もだけど、イザークも。
 だって、彼の周りの人はこんなにも優しくて暖かい。



 次は近くのカフェでチョコケーキと紅茶を注文した。
 イザークはコーヒーをブラックで。

 ―――飲む時の彼のクセ。
 少し目を伏せてカップを軽く傾けて一口飲む。
 こんなに間近で見れるなんて夢にも思わなかった。
 死んでから叶うなんておかしなことだけど。

 本当に綺麗な顔だなって じっと見てたら不意に顔を上げた彼と目が合った。

「楽しそうだな。」
 ふ と柔らかく笑って、彼はカップをソーサーに戻す。
 かなり幸せそうな顔をしていたらしいけれど、それは確かにその通りだったから。
「ええ。私って本当に病弱だったから、こんなところ友達とも来れなかったし。」

 何もかも ずっと憧れてきたこと。
 好きな人とこんな風に過ごせることができるなんて。
 もっと早く勇気を出せていたら… そう思う気持ちもあるけれど。

「楽しいわ。…このまま時が止まってしまえば良いのにって思うくらいに。」
「……っ」

 残された時間はあと僅か。
 気づいていたから。




 カフェを出た頃にはもう日が傾いて、空は色を変え始めていた。

「最後に、これ…」
 カガリに渡された紙袋を彼女はイザークに差し出す。
「私は貴方が好きよ。貴方は覚えてなくても、私はずっと貴方を見ていたわ。」

 生きている時は遠くで見ているだけだった。
 あの頃は想いを告げることさえ夢のまた夢で。
 けれど、こんなに近くで貴方と過ごすことができた。
 もう それだけで十分すぎるくらいだったのに、最期の望みさえこうして叶えることができる
 なんて。

「―――悪いが応えてやることはできん。だが、その気持ちとそれは受け取ろう。」
「十分よ。」
 紙袋が彼女の手から彼へと渡る。
 もう思い残すことはない。

 でも、最後にもう一つだけ…

 渡す直前に彼の頬へひとつ、軽いキスを贈った。



「な…っ!!…むぐっ」
 叫んで飛び出しそうになったところを アスランはディアッカに抑え込まれる。
 本気で抵抗されたら勝てそうにないが、その時はカガリが参戦してくれるだろうってことで解
 決させた。
「確かに見た目はキラだがあれはキラじゃないから。我慢しろよ。」
 せっかく良いところなのに、ここで邪魔されたら全てが無駄になる。
 イザークへの想いだけで留まってしまった少女の、些細な願いくらいはディアッカも叶えてや
 りたかった。



「…我儘に付き合ってくれてありがとう、イザーク。」
 ふわりと キラから離れた彼女の姿が見える。
 長い漆黒の髪に大粒の紫水晶の瞳、透けるような白い肌の美しい少女。
 イザークは目を見張った。

「セリーナ・キャロライン…?」
 そして 口をついて出た名前はかつてのクラスメートのもの。
 彼女の顔が喜色に笑む。

 けれど、紡いだ言葉は音にならず 彼女の姿は光となってかき消えた。







*******







「…全部見てたよ。」
 彼女を通して。
 アスランと2人で家に帰る途中、キラは今日のことをポツンポツンと話しだした。
 カガリはディアッカに引きずられて行ってしまったためここにいない。
 ついでにいうなら服もそのままなのでキラは女装したままだ。
「彼女の気持ちが流れ込んできた。彼女、本当にイザークが好きだったんだ。」

 強い強い恋する気持ち。
 泣きたいくらい切ない気持ちも、収まらない胸の鼓動も、……そして、残された時間の少なさ
 に後悔する気持ちも。

 全て彼女と一緒に感じていた。


「気持ちは後悔する前に伝えないとダメだよね。」
 いつ自分がどうなるかなんて誰も知らない。
 キラだって、いつ彼女みたいなことになるか分からない。
 そして言わなかったことを後悔するんだろう。
 …でも、そんなのは嫌だ。

 さっきから何も言おうとしないアスランが何を考えているかは分からないけど。
 僕が伝えるべきは"今"だから。

「…遅くなったけど。」
 掴んだ彼の手を返させて、小さな箱をアスランの手のひらに乗せる。
 コロンと手の中でそれは転がった。
「チョコじゃなくてごめんね。」

 付き合い始めて 初めてのバレンタイン。
 去年までは自覚もしてなかったから、これが最初の本命。

「…キラ?」
「うん?」
 ポカンとしたままその箱をまじまじと見つめるアスランが少し間の抜けた声で呼ぶ。
 予想以上に驚かせてしまったのか、なかなか次の言葉が繋がらない彼にキラは苦笑いした。
「期待するほどの物じゃないと思うけど、一応ほんめ…わっ!?」
 突然ギュッと後ろから強く抱き込まれてしまう。
 反射的に逃げそうになるけれど、それも無理矢理抑え込まれた。
「…嬉しい… ありがとう。」
「……う、うん……」
 今更ながら恥ずかしくなって 顔に熱が集まる。
 なんだか大胆なことをしてしまった気がする。
 本当に今更なんだけれど。

「―――でも、コレ何?」
 手のひらに乗るほどの本当に小さな箱。
 アスランが不思議そうに軽く振ると鎖が擦れる音がした。
「開けてみて。」
 キラを腕の中に収めたまま、アスランは言われるままに箱のリボンを解く。

「…これ……」

 そこに収められていたのは 先の尖ったクリスタルの形をしたペンダントトップ。
 その石は紫と緑が半々に交じり合った色をしていた。
 アスランが中から取り出すとシャランと音を立てて鎖が落ちる。
「ペンダント…?」
「フローライトっていうんだよ。プレゼントを探してる時に偶然見つけたんだ。」
 2人の瞳と同じ色の石。気が付いたら手にとっていた。
「いつも身につけろって意味じゃなくって、ただ君に」
「もちろん毎日付けるよ。」
 にこにこと アスランは上機嫌でそのペンダントを見ている。
 そこまで喜ばれるとは思わなかったからなんだか恥ずかしかった。

「…そうだ、キラ。これまだ売ってある?」
「? 多分まだあると思うけど…」
 数は多くないけど 昨日の今日だからそう簡単になくなりはしないと思う。
 キラが答えるとアスランはますます嬉しそうな顔をした。
「明日買いに行こうか。お揃いにしよう。」
「え!?」
 突然何を言い出すんだとキラは目を丸くする。

 お揃いって!? 2人で一緒に制服の下に付けとくの!?
 何か恋人同士みたいだ。って、恋人なんだけど。
 でもなんか…っ

 軽くパニックを起こしているキラの心中を知らず、アスランは器用に自分でペンダントを身に
 つけるとまたキラを抱き込んだ。
 キラの顔は変わらず真っ赤だ。
「離れても一緒、って意味で。嫌か?」
「嫌じゃない! …けど……」
 でもー…と小さな声で唸るキラに小さく笑う。
 要は恥ずかしいのだと気づいたらしい。
「じゃあ決定。明日楽しみにしてるよ。」

 買ってもらうのはこっちのはずなのに なんでアスランが楽しみなのか分からないけれど、プ
 レゼントを喜んでもらえただけまぁ良いかと思うことにした。








END...





 そして翌日、生徒会メンバーが早々に帰ってしまったことでチョコを渡し損ねた少女達が校門前で待ち構えていることなど、
 2人が知る由もなかった…(笑)




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ベタベタなネタですみません。でも書きたかったんです。
本当はオリジナルで考えていたネタだったんですよ。
でもその元となる話(長編)を書けなくて…
おお、三角関係ならこいつらがいるじゃーんってことで。
…でもなんか、アスキラ←イザと見せかけて イザーク×オリキャラ状態…
最後のアスキラはなんかもうノリです。
書きながらいろいろ考えてました。フローライトを使えたので良かったです。



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