第10話 − 嵐の後
カガリとウォルターの婚約は、もう1度同じ内容で勝負して カガリが勝てれば無効にするよう
にしてもらった。
「せっかく彼女が1番体調悪い日を選んだのに。」
そう笑って言った彼は、今回は全開だった彼女に当然負けてしまって。
でも、やっぱりどうでも良いような表情だった。
「…嫌いではありませんでしたよ。」
解消から1週間後には ウォルターとヴィオラは元の留学先に戻ることになって。
4人も空港まで見送りに行った。
そこでカガリが言った「好きでもない奴とよく婚約なんてできたなー」という言葉に対しての
返答がさっきの言葉。
ギョッとするアスランを見て、ウォルターは笑いながら"でも、"と続けた。
「最初から振り向かないと分かっている人を好きになるほど、僕は愚かではありませんから。」
「うん。私はアスランが好きだから、他の男を好きになる余裕はないな。」
「カガリっ…」
躊躇いのない告白に今度は赤くなる。
これが冷静沈着だと有名な生徒会長サマの本当の姿だと思ったら 少しおかしかった。
「本当に残念です。初めてヴィオラ以外に愛せそうな人に出会えたのに。」
それは本当のことだ。
結婚をして、子どもができて。ずっと長い時を共に過ごしたら。
いつか彼女を愛せたかもしれない。
そこまで興味を持てたのは彼女が初めてだった。
「それは残念だったな。」
けれど 遠回しに言い過ぎて伝わらなかったのか、どうなのか。
彼女からはいっそ清々しいほどに脈のない返答が返ってきて。
どうやら彼以外の男に割く余裕がないというのは本当のようだと知る。
「―――まぁ、僕にはヴィオラがいるから良いですけどね。」
そう言って、彼が視線を向けた先には、キラと笑顔で話すヴィオラの姿があった。
「キラ、最後にキスして欲しいんだけど。」
「ダメ。」
すっぱりきっぱり否定されて、ヴィオラはむっと膨れる。
「初恋の思い出に1回くらい良いじゃない。」
10年も片恋を続けた相手なのだからそれくらいは許されても良いと思うのに。
キラの態度は呆れるほど素っ気ない。
「それは次に好きになる人の為にとっておきなよ。今度こそ君だけを愛してくれる人の為にね。」
頑固なキラからキスをもらうのはやっぱり無理のようだ。
せっかくそれですっきり諦めようと思ったのに。
でも そういうところも優しくて好きだと思ってしまうワケで。
「〜〜〜もうっ 分かってないんだから!」
ぐいっとキラの腕を引っ張って顔を近づけさせる。
「この先いくら恋をしたって初恋は1人しかできないのよ!」
「あ、」
「!」
一瞬だけ、その場の時が止まった。
「…分かった? キラ。」
唇を離して彼女はにんまりと満足そうに笑う。
この先の未来を全部あげてしまうのだから、これくらいのお礼はもらわないと。
頬にキスしたのは最大限の譲歩だ。
「―――ラクス・クライン。」
次にヴィオラは彼女の方を向いた。
公衆の面前で恋人がキスをされても、表面上は顔色を変えないのはさすがと言おうか。
空気は氷点下を示しているが 目標を達成してすっきりしたから気にならない。
「早くアスラン・ザラと婚約破棄して キラを安心させてあげなさいよ。」
できない理由はもちろん知っている。
けれど、自分はキラが大好きで、彼が1番だから。
「次に会う時もまだこのままだったら、今度は頬じゃ済ませないから。」
ウィンクひとつで宣言して、時間が迫って名を呼んだウォルターの方へと駆けて行った。
「……ラクス…?」
何も言わない彼女に、隣のキラはおそるおそる声をかける。
纏う空気はいまだ氷点下のままで 何も言わないから余計に怖い。
「…いますぐに破棄しましょうか。」
一言ぼそりと呟いて。
本気で携帯まで取り出したから慌ててキラが止めて。
キラからキスをすることで、その場は許してもらった。
*******
「結局のところ、あの2人は血は繋がっていないのか?」
書類の束をキラから受け取りながら、ふと思い出したようにアスランが尋ねてきた。
嵐の日々から数日。
次の行事に向けて今日もアスランとキラは生徒会室で雑務に追われていた。
ちなみにカガリは先に陸上部の方に顔を出すから遅刻、ラクスは仕事で今日は休みだ。
「え? 正真正銘の双子だよ?」
自分のデスクには戻らずコピー機の方に移動して、作業はてきぱきと進めながらキラは不思議
そうな顔をして答える。
どうしてそんなことを聞くのか、と。
「じゃあどうしてあんな風に……」
それに答えず ぶつぶつと独り言を呟くアスランを見て、何のことを言っているのか分かった
キラはピッとスタートボタンを押して振り向いた。
「…それについてはこんな話があるよ。」
聞く? と聞いて頷かれたキラは、コピー機を背もたれに お決まりの昔話の文句から話を始め
た。
昔、あるお金持ちのお屋敷で働く 1人のメイドがいました。
彼女は真面目で気立ても良く、明るくて誰にでも好かれるような人でした。
そんな人柄に若君が惹かれないわけもなく、また誠実で勤勉家な若君に彼女も惹かれ―――
やがて2人は恋に落ちてしまいます。
けれど 彼には婚約者がいて、、、
「…あとは分かるでしょう?」
「ああ…」
御曹司と使用人の恋が実ることはそうない。
本人達は構わなくても周りがそれを許さないからだ。
そのことはキラもアスランもよく知っている。
聡明な彼女は彼の為に、身籠ったことも知らせず屋敷を出ました。
そして産まれた子は双子。2人も育てる余裕がないと、彼女は兄の方を泣く泣く施設に預けた
のです。
それから数年が経ち… ある日彼女の元へ若君がやってきました。
家を継いだ彼は婚約者と別れ、諦めきれなかった彼女をずっと探していたのです。
再三の彼の求婚についに彼女も折れ、娘と共に屋敷へ招かれました。
さらにその一月後には施設に預けていた息子も引き取り、それから親子は4人で仲良く暮らし
ました。
「―――おしまい。」
コピー機の音はとっくに止んでいる。
次の紙をセットし直して キラはまた作業を再開させた。
「…ところで。どうしてキラがそんなことを知ってるんだ?」
アスランも書類の確認を再開させ、目と意識の半分はそれに向けながら聞く。
仕事中の会話は互いに慣れたものだ。
「噂好きな人はどこにでもいるでしょう? だからどこまでが正しいのかは知らない。」
お伽話のようなラブロマンスが女性達は大好きだ。
身分(?)違いの恋なんて話は、特に彼女達の憧れと興味を持たせてしまうもの。
だから物語をより美しくしようと脚色したって何もおかしくはない。
「でも現に、彼はアスハ家のあのパーティーには出席していないんだ。」
2人の母親が元は使用人だったことも事実だ。
真実がどこまで語られているのかは分からないが、正しいのならあの双子が初めて会ったのは
6歳前後。
引き離されてもずっと一緒に育ってきたキラとカガリとはその辺りが違っている。
「…どうしたの? アスラン。」
「いや… 同じ境遇だったらキラとカガリもそうなってたのかなと思って。」
考え込むように黙ってしまった彼に声をかけると、彼はそのままの仕草でそんなことを言って。
「んー どうだろうね?」
アスランは本気で考えていたのだが、当のキラは軽く笑っただけだった。
「本当に、もう少し早く出会っていたら… 僕の隣にいる少女は彼女だったかもしれないね。」
別れ際に笑顔で手を振った少女の顔を思い出す。
彼女のことは嫌いじゃなかった。
ただ、自分にはラクスがいたから応えてあげられなかっただけで。
「キラ… だが、」
顔を上げたアスランが真面目な顔をして言おうとした言葉を笑って遮って。
「うん、だから。そういう運命なんだろうね。」
出会った時も、再会した時も。
運命が選んだのはラクスの方だった。
全て偶然のはずだけれど、それは運命という名の必然だったのかもしれない。
「僕の運命はラクスだったんだよ、きっと。」
「……キラ。くさい、ソレ。」
「煩いな。」
窓の外
嵐が去った後の空は 快晴
END
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終わりましたー 個人的には満足した終わり方です。
お暇な方はあとがき(↓)へ。
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