--Emerald Green-- 「翡翠、マラカイト… あ、ガーネットも緑があるんだ…」 「―――何を見てるんだ?」 「!?」 ソファで膝を抱えて分厚い本を捲るキラの後ろから突然腕が伸びてきて、その長い指先が本に 触れる。 足音も気配すらなかったから 瞬間キラの肩がビクンと跳ねた。 「…え、あ、アスランか。びっくりした。」 ホッと腕を撫で下ろして顔だけ上に向ける。 朝からずっと部屋に籠りっきりだった彼が出てきたということは、仕事の方は一段落ついたの だろう。 「俺の他に誰がいるんだ?」 「まぁ そうだけど。突然だったからさ。」 それはすまない とアスランは苦笑いして額にキスを落として。 顔にかかる髪を軽く引っ張ったら、もう一度小さく笑って 彼は身を離すとソファの前に回り 込んだ。 アスランが隣に腰を下ろすのを見計らって、膝の上にころんと寝転がる。 完全な甘えの態勢だがそれを咎めもせず、彼は触り心地の良い髪を指に絡めて梳きだした。 「キラ、それ何の本?」 ページを開いたまま 胸の上に伏せられた本を指して、アスランが再度尋ねてくる。 それを立てて彼に見えるようにして。 「ほら、キレイな石がいっぱい載ってるんだ。この前借りたやつ。」 開いたページには数種の宝石のカラーの写真と簡単な説明文。 その一つにキラは目を止めて、その後見比べるように今度はアスランの方をじっと見上げた。 「…やっぱりエメラルドだよね。」 「?」 キラの視線に気づいてアスランも見返してくるが その表情は少し困惑している。 けれどそれを気にも止めず、キラはただじっと覗き込むように見ているだけで。 「―――宝石言葉は"愛のパワーを増す、幸福"。」 ポツリと呟いて。 「だから僕は幸せなんだ。」 さらにふんわりと微笑んだ。 それが不意打ちだったようで、アスランはの顔がわずかに赤くなってはいるが。 それ以上に困惑の方が強いのか いつものように動けないでいる。 「キラ、言っている意味が……」 「だって、目の前にこんな大きなエメラルドがあるんだから。」 そして両の手を伸ばして彼の頬にそっと触れた。 「だから君といる僕は幸せ。」 ふふ と嬉しそうに笑うキラに、やっと合点がいったアスランも表情を緩ませる。 キラの手に自分の手を重ねて その手に誘われるままに唇を寄せて。 長くて甘い、優しいキスに溺れた。 息苦しくなったキラがアスランの背中を叩くまで続いたそれを、最後キラの唇を舐めて終わら せて。 彼とソファの間に落ちた本をひょいと取り上げる。 そしてしばらくパラパラと捲っていたそれをあるページで止めた。 「―――じゃあキラはアメジスト、かな?」 「どうして?」 まだ残っている余韻で頬を紅潮させたまま キラが見上げると、その頬に冷たい手が下りてきて 思わず肩を竦ませる。 片手で器用に本を持って 降りた方の手は擽るように触れながら、アスランは"アメジスト"の文 を目で追った。 そうして、ほら と言わんばかりに笑う。 「"恋人を呼ぶ、誠実、心の平和"。お前にぴったりじゃないか?」 「どこが?」 「特に"恋人を呼ぶ"、とか。」 俺はいつでも呼ばれてるよ、そう言って今度は瞼に口吻けた。 "呼ばれて"る。 どんなに離れても引き合うから。 何があっても 2人は出会うから。 遠く離れてしまっても。 運命が2人を敵同士に引き離してしまっても。 たとえ――― 自分の意志で離れていても。 「痛いなぁ…」 言ってキラは苦笑う。 「あの時のこと、まだ怒ってる?」 半年前のある出来事。 僕の勝手な我儘で、彼を傷つけてしまったこと。 責められている気がした。 自分の意志で離れるのは僕の方。いつも。 あの頃も、その時も。 「怒ってはいないが… 同じ思いはもうしたくないと思っている。」 言った途端 その表情が苦しそうに顰められて。 しまったと思った時には遅かった。 「2度と離れるな…」 触れた指先がかすかに震えているのに気づく。 冗談でもこの話題は禁忌。 また思い出させて傷つけたと 胸がずきんと痛んだ。 「…分かってるよ。もう突然いなくなったりしない。」 だから安心させるように微笑んで。 「大丈夫だよ。」 誓いを立てた。 あの時、 僕を見つけた時の君を見て、 離れたことを後悔した。 僕と違って強い人だから大丈夫だと思っていた。 でも、それは間違いだった。 小父さんも小母さんもいなくて… 戦争で奪われてしまって。 アスランには何も残っていなかった。 …その分の感情がすべて僕に向けられていたこと。 気づいていなかったわけじゃないのに。 その頃の僕は押し潰されそうになる自分を保つのに精一杯で。 自分しか見ていなくて。彼のことまで考えられなくて。 だから、後に残される彼のことも考えずに 自分を知るすべての人の前から姿を消して。 それが彼を追いつめた。 アスランは、弱くもないけど決して強い人じゃない。 とても繊細で 脆い心を持った人だから。 それにその時初めて気がついたんだ。 「アスラン、コーヒー飲む?」 詫びも兼ねて 唐突に殊更明るい声調で提案する。 アスランは驚いたようだったけれど、おかげでいつもの穏やかな表情に戻って。 「そうだな。」 さっきの表情は嘘のように優しく微笑った。 「じゃあ…」 起き上がろうとして、けれどそれはアスランの手によって遮られる。 引き戻された頭はソファのクッションの上に降り、いつの間にか抜け出していたアスランの 足はすでにキッチンに向かっていた。 「俺が淹れるから。キラはそこにいて。」 本当はここで折れるわけにもいかないんだけど。 すでに相手は行動を起こしていて、口調も有無を言わせないものだったから。 「…うん。」 少し悩んで素直に甘えた。 ―――自然な動作…周りから見ればいつもの光景だけれど、本当はこれも無意識の傷の表れ。 自分から離れるのは構わないけど、僕の方から離れることをアスランは無意識に拒む。 必要以上に触れてくるところも、僕の甘えを咎めないのも。 それに僕は気づかないフリをしてるけど。 彼は"僕が離れる"ことに対して心的外傷があるから。 次に僕が消えたら彼がどうなるか分からない。 それは僕が残した彼の傷。 消せない罪。 「―――やっぱりアスランはエメラルドだね。」 写真を指で撫で、その指を下にずらす。 「…モース硬度は7.5〜8、比重は2.68〜2.78。 ただし強度はかなり弱く、ベリルの中でも エメラルドの強度はさらに低い…か。」 添えられている一文を軽く読んでキラはくすりと苦笑う。 「…硬いのに弱いなんて、アスランにぴったりだよね。」 ひび割れたガラスのような、虚ろな瞳を知っている。 輝きをなくした新緑に後悔した苦い思いを覚えている。 この人を独りにしてはいけないと、その時強く思った。 ―――ごめんね。大丈夫だよ。 僕はここにいるから。 [END] --------------------------------------------------------------------- タイトルはSee-Sawの曲から。雰囲気全然違いますが。単に使いたかったのです(死) リクエストは「甘々アスキラ」「微シリアス」「互いの瞳を宝石にたとえる」というものでしたが… (資料まで提供してくださってありがとうございます☆) 上手く消化できてない気がします(汗) 精進精進… 最初に書いたのが甘すぎて、書き直したら何故かどシリアスになってしまって。 もう一度書いたらこんな風に収まりました。無駄に甘… なんだか無理やりこじつけ感もありますが。 …ごめんなさい(素直) さらにアスランがなんか弱くてすみません… "とある事件"については大したものでもないので「キラが失踪してアスランが壊れかけた」とだけ認識しておいてください(オイ) ネタはあるのですが話にするほどでは無かったので… ―――というわけで。綾部様、少し遅れましたがお誕生日おめでとうございます。 あーんど、あの時は大変お世話になりました! こんなものですが、もらってやってください。もらった後はどうなさっても結構ですので。