鎮魂歌 -requiem- (6)




 導かれるままに入った展望室。その窓際に キラは佇んでいた。
 目を閉じ 何かに耳を傾けているようにも見える。

 その姿が闇に霞んで見えるのは気のせいだろうか。




 <―――キラが呼んでるの。あの戦いで死んだ人達を呼ぶの。>
 ラクスの横に立つフレイは痛ましげな表情で前を見る。

 <悲しみも憎しみも全部受け入れようとするの。キラのせいじゃないのに、自分のせいだって
 言って。>


 戦場に残る声。
 敵に対する憎しみや死ぬことへの恐怖・苦しみ。
 全ての負の感情をキラは受け止めて。
 魂が救われるようにと心で祈りを捧げる。

 それがどれほどの負担になるか知っていて。
 それでもなお。


 <私は護ることはできても気持ちは変えられない。私の言葉じゃダメだった。>

 哀しげに震える声音で彼女は紡ぐ。
 それから彼女は少しの間の後ラクスの方を向いた。

 <だから貴女に託すわ。貴女ならキラを助けられると思う。>

「フレイさん…」
 こんな風に言われるとは思っていなかった。
 彼の心に深く残る女性に、こんな風に托されるなんて 思いもしなかった。


 <…お願い。キラを助けて。>

 彼女の灰青色の瞳から涙が零れ落ちる。
 そして 助けてと何度も繰り返す。

 2人の想いは同じ。
 同じだから分かる、彼への気持ち。

 彼女に優しく笑いかけて、もう1度頷いた。









「キラ。」
 力強くその名を呼んで 彼の前にふわりと降り立つ。
 漆黒の宇宙に意識を囚われないように 彼の視界から奪うように。

 頬に手を添えるとびくりとして、キラは紫瞳を開けた。
「ラク、ス……」
「何をなさっているのですか?」
 甘さを消した厳しい声が闇に響く。

「…ッ」
 逸らされようとした瞳を逃がさないように捕らえて。
 怯える彼の顔を覗き込んだ。


「1人で背負い込まないで下さい。…無理をしないで下さい。」
「して、ないよ。」
 無理をして笑おうとする彼を無言で睨んで制する。
 息を飲んで彼は言葉を失った。
 余裕を失くした表情の彼を、ラクスはじっと澄んだ瞳で見つめる。
「キラ。私は貴方の支えになりませんか? 私では苦しみを分かち合うことはできませんか?」

「違うっ!!」

 ラクスの言葉をキラは力いっぱい否定した。
 目の前で大声を出されて驚いている彼女に一言ごめんと謝って。

「違う… 僕は君を巻き込みたくないだけ。これは僕の問題だから。」

 誰も巻き込みたくない。
 特に、一番大事な君だけは。


「―――でも フレイさんは巻き込んでもよろしいんですか?」
「え?」
 間の抜けた顔をした彼に 途端クスリと笑う。
「今のはただの嫉妬ですけれど。」
 先ほどまで見せていた厳しさを完全に消して、彼女は微笑んだ。

「私はキラの支えになりたいですわ。どんなことでも隠さず打ち明けて欲しいと思っています。
 そして分け合う苦しみはむしろ嬉しいことなのですわ。」
「ラクス…」


「…キラは彼らを救いたかったのですね。」
「うん… 彼らの声を聞いて、それで彼らの気が済むなら。」

 死者の声を聞ける人は多くない。
 だったら自分がそれを受けようと。
 1つでも多くの魂を救いたかったから。

 自己満足でも欺瞞でも、そうせずにはいられなかったから。



「けれど。これではキラの体がもちませんわ。」
 苦笑いして、ラクスはキラの前から離れた。

 彼を取り囲んでいる薄暗い靄のようなもの。
 ラクスには聞こえないけれどキラには今も聞こえているのだろう。

 彼の手を取って、ラクスはその隣に並んだ。


「―――鎮魂歌を。彼らに捧げましょう。」




 安らかに。
 その魂を鎮めて。
 この宇宙に、母なるものに還りましょう。





 透き通る声。
 穏やかで、悲しげな。でも力強い、歌。


 キラを包んでいた闇は小さな光となって1つ消え、2つ消え…
 声が響くたび 闇が晴れていく。
 同じ闇の中のはずなのに、さっきまでより随分明るい。






 そして歌が終わって。声が聞こえなくなった後。
 彼の前に彼女の姿が現れた。




 <キラ>

 微笑む彼女の表情は 昔憧れた彼女のそれ。
 あの頃より大人びて、それが一層眩しくて綺麗だった。

「フレイ…」
 眩しそうに目を細めて キラはその名前を紡ぐ。

 きっとこれが こうして話す最後だと気づいていた。


 <私は貴方の幸せを祈ってるから…>

 花咲くように明るく笑って。

 彼女は光の軌跡を残して消えた。
 目の前を零れ落ちる輝きは温かくキラを包む。


 そして。
 温かさが残るポケットに手を差し入れて。
 指先に当たったそれを手に取る。


「フレイ……」

 手元に残ったたった1つの彼女のもの。
 部屋で拾ってずっとそのままだった。

 彼女がいつもつけていた口紅。

 手のひらに転がったそれは、小さく温かい光を一瞬弾けさせた。





 < -END- >







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守護霊フレイ様、というネタタイトルで考えました。
最後の言葉通り「護って」らっしゃる彼女を書きたくて。
そして キラをラクスに托して欲しかったんです。
良い子なフレイちゃんが書けて良かったですv
…つかキラさん ヘタレさん…?(汗)
いえ、女の子を強くしたかっただけなんですが。
これってキラフレ? キララク? どっち??(汗)

本当は3人以外は書きたくなかったんですが〜(長くなるので)
無いと分からないので渋々。
そしたら思った以上にカガリが暴走しました。このブラコン・シスコン双子…っ
本当はディアッカもフレイに会ったことあるんですよね。
でもなんかミリィばっか見てて覚えてなさそうな気がして(オイ)
赤い髪=フレイとは結びつかないと判断。

実はこれ アスキラかキララクかで迷った話。
だからどことなく片鱗が見えてたり。
んで、なんでキララクにしたかというと、タイトルの通り。
アスランは歌を歌えないから☆



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