聖夜※お1人にのみ捧げたものなので、お持ち帰りはご遠慮下さい(いないとは思いますが…)
約束の時間まであと5分… 腕時計をちらりと見やって、キラはふぅと息を吐く。 今日はクリスマス・イヴ。 雪こそ降らないものの、その寒さは季節らしく寒い。 息を吸うと喉がちょっぴり痛くて、悴んできた手はコートのポケットに入れた。 彼の背中には大きなクリスマスツリー。 イルミネーションの光が 夕闇に近づいた街にその存在を示しだす。 どこからでも見えるこの木の下は絶好の待ち合わせ場所らしく。 キラの他にも相手を待つ人はけっこういて。 待っていた恋人に手を振り駆けて来る人、何度も時計を気にしてそわそわしてる人。 待つ方は遅れたことを怒りながら、でも笑って許している。 誰も彼も とても幸せそうで。 そんな中で、キラだけがどこか沈んだように見えた。 「来るはずがないよね…」 ぽつり、そう呟く。 それは彼の中で確信に近かった。 …彼を呼び出した。 これは一方的な待ち合わせ。 メールでただ一言、ここで待っていると。 期限は9時。 でも、見ているのかどうかも分からない。気づかれない可能性だってある。 時間まで気づかれなかったらそれで終わり。 ―――そして彼は、誰よりも忙しい人だから。 分が悪い賭けだと思う。 たぶん 彼は来ない。 彼を試したわけじゃない、ただ 自分に決心をつけたかった。 彼から離れる、そのきっかけが欲しかったから。 時間は刻一刻と過ぎていく。 笑顔で去って行く恋人達を眺めながら、時折時計を見て。 たった数分が、とても長く感じて。 そして、ついに。 「来なかった、ね…」 時計の表示は1分過ぎを指し、 キラは諦めの溜め息と共に 光溢れる空を見上げた。 時間は過ぎてしまったのに ここにいるのは未練。 彼が来ないことは分かっていたはず。 「行こうかな…」 どこか、少しでも期待していた自分がおかしくて。 最後、ツリーを振り返って、少し寂しげに笑う。 「一緒に待っててくれてありがとう。」 それじゃあね、と手を振って背を向けた。 光がだんだん遠くなる。 後ろ髪を引かれる思いに捕らわれつつ、それを振り切ろうと足を速めた。 ―――と、その時。 「キラ!」 かけられた声に耳を疑った。 思わず足が止まるけれど、振り向くことはできない。 2人の間にはすでに人の波ができている。 このまま動かなければ 彼は去ってくれるだろうか。 人波が この姿を隠してくれるだろうか。 できれば、そうなって欲しいと願っていた。 そうすれば、今のは夢だと思えるから。 せっかく付いた決心が たった一言で揺るぎそうになってしまったから。 呼び出したのは自分。 でも 彼は来なかった。 だから賭けは負け。 負けたら彼にはもう会わない。 自分がそう決めた… キラの腕が突然 後ろへ強く引かれる。 「―――えっ?」 抗う間もなく、彼の身体はすっぽり中に収まった。 後ろから抱き込まれた形だから相手の顔は見えない。 走って来たのか僅かに上下する肩と、耳元で聞こえる荒い息。 知っている感覚、途端鼓動が早くなる。 …信じられなかった。 「アスラン… どうして…」 「お前が来いと言ったんじゃないか。」 呆然として呟くと、おかしなことを言うとでも言いたげな様子で返してくる。 確かに彼の言う通りだ。 でも。 「でも、来れる状況じゃ…」 まだ安定しない世界で その先頭に立つ人が。 ただの学生に戻った自分と違って、彼は責任も立場も人一倍あるヒトなのに。 けれど、アスランは何でもないことのように微笑う。 「キラの願いなら。最優先で叶えるよ。」 さらりとそんなことを言って。 嬉しい、とても嬉しいけれど、その分キラの心は痛んだ。 「ダメだよ そんな―――…」 苦笑いでもなんでもなく、それは本気の言葉。 それに感づいたのか、包み込んでいた腕の力が少し強くなった。 「お前が、消えそうな気がしたんだ…」 「っ」 ビクリ、とキラの肩が震える。 「あんなメール遣すから…」 どうして彼には分かってしまうんだろう。 いつも通りにしたはずなのに。 声だとバレるからって、メールにしたのに。 「不安なんだ… だから、もう―――…」 待たない、と。 キラの手を取って 掌に四角い箱を乗せる。 「本当は明日、渡しに行くつもりだった物だけど。」 「……」 "それ"が何であるか、確認する前にキラも分かってしまって。 かつて望んでいた物だった。 とうの昔に諦めたはずの物だった。 だって彼には他に相応しい女性がいて。 立場も性別も何もかも、2人を阻むものは多過ぎたから。 だから僕は、彼から離れることを決めたのに。 驚きつつも、ゆるゆるとキラは首を振った。 「受け、取れないよ… それは…僕が貰うべき、物じゃない…」 もっと相応しい人がいる。 自分が彼からそれを貰う資格なんかない。 「―――これはキラ以外に贈る気はない。」 けれど、アスランはキッパリとそう言いきった。 そして箱からそれを取り出して 冷たい彼の指に通す。 1つだけ宝石が入ったその指輪は、キラの左手の薬指にピタリと嵌った。 「…キラ以外に、これが似合う人間が他にいるか?」 「……っ」 甘く、そして優しい言葉にキラは息を呑む。 どうして彼はこんなに優しいんだろう。 どうして全部見透かしてしまうんだろう。 僕は君から離れようとしていたのに。 どうしてこんな、 決心を鈍らせるようなことをするのさ。 「せっかく離れようって決心した意味がないよ これじゃ…」 こんなの貰ったら離れられない。 キラの呟きに アスランは満足したような笑みを返す。 「冗談。俺がキラを手放せるわけがない。」 包み込むように重ねられた手は、凍るような冷たさを溶かしていく。 冷ややかな色のはずのプラチナも何故だかとても温かくて。 「…チケット、無駄になっちゃったな……」 今から行ってもシャトルの時間には絶対間に合わない。 アスランから離れる機会は完全に失ってしまった。 それどころか、2度と離れられなくなるものまで貰ってしまって。 「良いじゃないか。うちに帰ろう?」 顔を上げたらアスランは微笑っていて。 久々に間近で見たアスランの顔はやっぱりキレイだな、と思いつつ。 「―――うん。」 さっき見送った恋人達と同じように、キラもまた幸せそうに頷いた。 終わってしまえ。 --------------------------------------------------------------------- <後書き抜粋> ――― クリスマス話を書こうとしたのになんでこんな暗いのか…(最後はラブラブでも…っ) 私のキラは何故いつもアスランから離れようとしているのだろうか… キラの言う"相応しい人"はラクス、かな?(カガリはシャレになりませんから) ――― いつもメールで感想を下さる某様に、お礼のつもりで押し付けましたv(迷惑だ) 途中まで書いていたのに過ぎてしまって、でも誰にも見せないのも寂しかったので。 完成させて贈りました。 本当に話を書く毎にお世話になっておりますo(_ _)o ご本人の助言により、公開しようと思いまして。 正月を過ぎたのにもかかわらずUPです(笑) …本当に、何故いつもキラは逃げてるんだろう……(汗) 連載は2つともそんな感じですしっ たまには逆も書きたいなぁ… となると無題G?―――はちょっと違うか…