陽春 〜願っていた世界で〜
柔らかな陽射しと芝を駆け抜ける風と。 高く澄んだ青空を雲が流れていき、時は静かに過ぎる。 緑の中にその白い家は建っていた。 家からずっと下に見える門とそこからずっと伸びる柵も白く、永遠に続きそうな緑の芝に映える。 その中ほどに ぽつんとあるその家は、しかし近付くとわりと大きくて。 全ての窓が開けられ、淡い色のカーテンがはためいては たまに中から姿を見せる。 2階の部屋の1つからは幼い少女達の笑い声が漏れていた。 白い壁に影を落とす木々は風に揺られて涼しげな音を立て、その、1つの木陰に用意された木で 作られた大きめのテーブルと椅子には白いテーブルクロスがかけられている。 今日のお茶は外にしましょう、と言い出したのは自分。 人数分のティーセットを置いたところで、パタパタと走ってくるいくつかの足音に気づいて目を 向けた。 「ラクス母さま!」 彼女の姿を認めると数人の子ども達は彼女の元に駆け寄る。 その子達に視線を合わせるようにしゃがんで彼女は首を傾げた。 「どうかしましたか?」 「あのねっ この子、門の所に捨てられてたの!」 そう言った1人の少女の腕の中にいたのはまだ生まれて間もない子犬。 「まぁ…」 その言葉に少し眉を顰めて、ラクスは少女の腕の中で震える子犬を覗き込んだ。 そっと撫でるとその子犬は耳をピクンと動かす。 まだ保護しなければならない小さな命、放っておけばすぐに奪われてしまう。 見れば考えなくても分かること。 捨てる場所にここを選んだのは最後の良心だったのかもしれない。 「すっごく悲しそうな瞳で見てたからっ だからっ!」 少女は腕に力を込めて必死で訴える。 その表情は辛そうで、ラクスは胸が痛んだ。 …きっと、自分を重ねてしまっているのだろう。 次の言葉は決まっていた。 「ココに置いちゃ… ダメ?」 他の子達も期待するような瞳で見ている。 少し、考える仕種をしてみせた。 本当は言うことは決まっていたけれど。 「…まずはお父様に聞いてご覧なさい。良いと言われたなら私は何も言いませんわ。」 にこりと笑顔で。 そう言ったら彼女達はパッと表情を明るくして、一斉に家の中へと駆けて行った。 「キラ父さまー!」 奥で返事をする彼の声が聞こえる。 くすりと笑って口元に手を添えた彼女の左手の薬指―――、 そこにはシルバーのリングが眩しい光の下で輝いていた。 キラはどう答えるのでしょう? でも、きっと、彼のことだから… ここにいる子ども達のことを考えれば―――… あの子達は皆… いわゆる戦災孤児と呼ばれる子達で。 そんな子ども達が今この世界には溢れている。 このこと… そんな子ども達を引き取って育てること、それを言い出したのはキラだった。 ―――償いじゃないよ。そんな安い気持ちじゃない。 周りに反対された時に彼はそう言った。 ―――僕はアスラン達みたいに人をまとめるなんてことはできない。 ―――でも、何かしたいから。 それは自分の決めた道は絶対に譲らない彼らしい姿。 ―――かなり無茶だって分かってるけど… でも、やりたいんだ。 誰も止められないと分かっていた。 だから、止めない代わりに協力させろと3人は申し出たのだった。 中から不意にはしゃいだ声が聞こえた。 きっと彼が承諾したのだろう。 ラクスはもう1度微笑った。 ******* バタンッ 門の前に場に不釣り合いな高級車が停められ、中からやはり浮いた上質そうなスーツに身を包ん だ男女が現れる。 2人は慣れた様子で門から中に入り、途端近くにいた子ども達がわっと集まった。 「アスラン父さま!」 「カガリ母さま!」 口々に言って喜ぶ子ども達に2人も微笑みを返す。 アスランは1番近くにいた少女を抱き上げると 同じ目線にしてもう1度にこりと笑った。 「良い子にしてたか?」 「うん!」 「そうか。」 じゃあご褒美だと言って 軽く頬にキスしてあげる。 それを見たもう1人の少女が「私もー!」とせがんで腕を伸ばして。 その子も反対の腕に抱き上げて同じようにしてあげた。 両腕に抱えられたまま、2人はきゃっきゃっとはしゃいでいたが、目配せを交わして不意にアス ランの頬に両側からキスを返す。 「お帰り 父さま!!」 急なことでアスランは一瞬呆けてきょとんとした。 ちょっと驚いたようだったけれど、すぐに笑顔に戻して。 「―――ただいま。」 と、優しい笑顔で返した。 「お前等、相変わらず元気そうだな。」 一方のカガリは腰にまとわりつく男の子達の髪をぐしゃぐしゃに撫でる。 力任せだから痛いのかもしれないけれど 彼らは嬉しそうな表情でそれを受けていた。 それは愛情表現だと知っているからだ。 その、彼女の薬指にキラリと光る物。それは同じくアスランの指にも嵌められている。 ―――2人が嵌めているのも、ラクスと同じデザインのシルバーのリングだった。 4人の証。 共に育てようと決めた時、キラがラクスにアスランがカガリに贈ったもの。 2組とも結婚をしているわけではなくて。 子ども達の親になるのだから、最初の誓いを忘れないようにと。 4人共に同じなのは全員がこの子達の親なのだから、と。 これはその誓いの指輪。 「母さまこそ。」 ぼさぼさになった頭は後でキラに眉を顰められそうだが。 それを直そうとはせず、彼らはにっと笑った。 …そう、悪戯を思いついたときの笑顔で。 「男勝りにますます磨きかかったよね。」 「…ほぉ。」 ピクリとカガリの眉端が上がる。 「どういう、意味だ?」 一応抑えてはいるらしく、でも言葉は少々震えていて。 爆発はすぐだな、と隣のアスランは溜め息をつく。 この悪戯盛りの少年達はそれを分かっていてやっているようだが。 「もっと女らしくなりなよ〜」 「アスラン父さまが苦労するよ〜」 「母さま 実は男なんじゃねぇ?」 「ああ、じつはそうかも? ねぇ、カガリ"父さま"?」 ぶちっ 「余計なお世話だ!!」 案の定あっさり爆発は訪れて。 「「「わ〜 逃げろ―♪」」」 楽しそうに逃げ出す。 それを相手が子どもだからとかお構い無しに本気でカガリは追いかけていった。 「カガリ! 気をつけろよ!」 そんなアスランの呼びかけもおそらく全く聞こえていない様子で。 「ったく…」 本気で追いかけるなよ… しかもスーツにピンヒールで… こけて足を挫かないことを祈るばかりだ。 はぁ、と溜め息をつく彼を見て、抱き上げられた少女達はクスクス笑う。 「久しぶりに会えて嬉しいのよ きっと。」 「不器用なの♪」 それを聞いてアスランはあぁ、と気がついた。 「そういえば半月振りになるのか。」 忙しくて時間の感覚をつい忘れがちだ。 自分には先日別れたばかりだという認識があった。 でも、どおりで少し重くなったと感じたはずだ。 子どもの成長は早いものだな、と少し年齢らしくないことを考えてしまった。 「キラは?」 「キラ父さまはケーキを焼いてくれてるの♪ ラクス母さまも昨日から帰ってるよ。」 嬉しそうに彼女達は言う。 「そうか。珍しく全員揃ったんだな。」 ラクスは今も平和の歌姫として活躍し、アスランとカガリは統一国家として歩みだした世界を率 いる立場にある。 キラは在宅でコンピュータ系の仕事をしている為 家を空けることはほとんど無いが、他の3人は 滅多にここへは帰って来れない。 子ども達の世話は大部分キラ任せだ。 そもそも言い出したのは自分だからと、キラはそれが当たり前だと言って笑うけれど。 そのせいか、久しぶりに会うと子ども達は喜んでくれるが 1番信頼されているのはきっとキラだ と思う。 なんだかんだでキラの言うことだけはみんな聞く。 あの悪戯盛りの少年達もキラに対しては素直だ。 まぁ それは本気でキレたキラに遭遇したからだとか後から聞いたけれど。 「焼けたよー」 キラの声が高らかに響いて、アスランが降ろしてやると彼女達は足早にテーブルのもとに跳ねる ように駆けて行く。 カガリに捕まって"制裁"を受けていた彼らも その声にパッと顔を上げて走って行った。 「…遊ぶのは着替えてからにしろよ。」 途中で合流したアスランとカガリは並んで道を登る。 「怪我しなきゃ良いんだよ。」 暴れてぼさぼさになった頭に頓着した様子も無く言葉を返して。 呆れた彼の声にカガリは反省の色も見せない。 けろりとして言った彼女にもう1度疲れた息を吐いた。 「もう少し自覚を…」 「お帰り。アスラン、カガリ。」 講義の言葉を続ける声を遮って、笑顔のキラの声が届いた。 それに2人は顔を上げる。 子ども達に囲まれて、幸せそうに笑っている。 みんな、キラもラクスも… そう、これがずっと願っていた世界。 誰もが笑っていられる場所。 ここは願う世界の縮図。 自分達が目指す世界の姿。 ここは何度も願った場所。 欲しかった世界。 そして、帰る場所。 「「ただいま。」」 声を揃えて言うと、キラはその笑みを深めて返してきた。 「では お茶にしましょう♪」 ティーポットを持って彼女が言うと 子ども達はわーっと喜んで各々の席に着く。 「アップルパイにプリン、シフォンケーキにレーズンクッキー。他にもいろいろあるけどどれが 良い?」 キラが聞くとみんな口々に言ってきて。 クスクス笑いながらキラはリクエストに応えていった。 絶え間無い笑い声。 曇りの無い笑顔。 あたたかな陽射し、穏やかに流れる時。 願っていたもの、失いたくないもの。 ―――守りたいもの。 絶対に失くさないよ。 今度こそ。 おわりますー --------------------------------------------------------------------- 「種のタネ」内にあった戦後妄想。 よく考えればキラを除く3人も戦災孤児みたいなもんですが。 まぁそこは深く考えず。(待てコラ) 4人とも同じ結婚指輪(マリッジリング)vv 某セ○ラ○ム○ン(コミック)のネタ。実は密かに萌えだった設定。 ほたるを育てる時 はるか・みちる・せつなは同じ指輪をしてたのです♪ はるかにだけ「パパ」と呼んでいたのにも萌えv 全員17、8くらい? だから実子はいません(いたら怖いね!) 子ども達の年齢は3〜10歳くらいかな? 場所は地球の欧州辺りで。 1番好きなシーンはご褒美にキスをしてあげるアスランパパv ちなみに何を書きたかったかって「父さま」「母さま」と呼ばれる彼ら(オイ)