ミーア襲来




「アスラーン!!」
 隣国から遊びにきたお姫様は馬車から降りてすぐ、他の何にも目をくれずにアスランに抱
 きつく。
 そこまでならまだ許せたものを、その姫君は挨拶と称して彼にキスまで迫ってきた。

「―――…」

 ピシリ、とまず一回。
 隣の空気に気づいたアスランが慌てて彼女を引きはがす。

「ミーア! 年頃の姫君がはしたない真似をするんじゃない!」
「…はーい。」
 渋々承諾する彼女に溜め息をつきつつ、気を取り直して隣に立つ自分の妃の背を押した。

「紹介する。俺の妃、キラだ。」
「はじめまして ミーア様。」
 内心はどうであれ、笑顔を張りつけたキラは 王族として完璧な挨拶をしてみせる。
 対する彼女はろくに挨拶も返さず睨むようにキラを見返してきた。
「あのアスランがヒトメボレしたって言うからどんな女かと思ってたけど……」

 じろじろと観察するように上から下まで眺め見る。
 そして顔を上げるとフンと鼻で笑った。
「確かに可愛いし 今の挨拶もなかなかね。でも、華がないわ。ねぇアスラン、こんなお人
 形さんみたいな子に王妃が務まるの?」

「……」
 ピシリと2回目。空気の温度がさらに1度下がる。
 あと1回何か言われたら何をするか分からないというところまでキラの限界はきていた。

「務まる務まらないなんて関係ない! キラはいるだけで良いんだ!」
 人を見下したように言うミーアにアスランはきっぱりと言い放つ。
 それは確かに惚気以外のなにものでもなかったし、本人も本気で思ったことをそのままに
 言ったのは分かった。
 けれど、彼は空気は読めてもキラの心情までは正確に読み取れていなかったようだ。

「……ッ!!」
 本人はフォローのつもりかもしれないが、今のキラには怒りを煽るものでしかないそれが
 決定打。

 ブツリと何か切れる音がした。


「他にも言い方があるだろ! っの馬鹿アスラン―――!!」


 この際人前だろうと何だろうと関係ない。
 力いっぱい振り切った平手が彼の左頬に見事に命中した。


















「ミーアは昔からアスランと結婚すると豪語してたからな。」
 新しく本棚から下ろしてきた本を机に置いて、イザークは苦笑いしながらキラの隣に腰掛
 ける。
 ひんやりとした空気の中にある静かな書庫はキラにとっては恰好の逃げ場で、こうしてイ
 ザークに話を聞いてもらうのもよくあることだった。
 冷えた空気のおかげか幾分か落ち着いたものの、怒りはそう簡単には収まらず 未だに不
 機嫌な顔のまま。

「ほぼ八つ当たりだろう。気にすることはない、キラは十分よくやっている。」
 ぽんぽんと優しく頭を叩かれ、言って欲しかった言葉をもらって。
 ささくれ立った気持ちはそれでずいぶん安らいだけれど、だからこそさっきそれを言って
 くれなかったアスランに腹が立つ。
「…アスランもこのくらいフォローが上手だったら良いのに……」


 あのとき言ってくれたなら、爆発することもなかったし彼女のことも流してあげられた。
 でも、口下手な彼にそれを求めるのは酷だろうか。


「―――で? ドアの向こうから何やら変な鳴き声が聞こえるんだが?」
 さっきからキラが背を向けて無視している、キラキラ煩い男の声。
 イザークに問われてキラもちらりとだけ胡乱げに視線を向けるがすぐそっぽを向く。
「半径3m以内に近づいたら実家に帰ってやるって言ってきましたから。」

 ここに来るまでもアスランは後ろで一生懸命弁解していたけれど。
 どれもキラが欲しい言葉じゃなくて、そのズレ加減にイライラしたから近づくなと怒鳴っ
 た。

「たまには良いんじゃないか? お前は少し遠慮し過ぎるところがあるからな。奴にも良い
 クスリだ。」
 ククッと笑って 後はいつも通り資料に目を通し出す。

 静かにページをめくる音、いつもならそんな静寂が支配する空間のはずだけれど部屋の外
 がいい加減煩い。

「…これ以上は王子に迷惑がかかってしまいますね。土下座させて仲直りしてきます。」
 彼女はそんな風に言うけれど、結局はキラもアスランに甘いだけで。
 それも分かっていながら イザークもあえて何も言わず、苦笑いだけで見送った。









「キラ!」
 彼女が現れるとアスランは縋り付くようにキラを抱きしめる。
 キラの言葉がよほど堪えたらしく、全身で反省しているように見えた。

「…政務はどうしたのさ。」
 本当はもう許しても良いやという気分になっていたけれど、わざと冷たく言ってみる。
「それよりも今はキラだと思ったから。」
 一瞬詰まって、それでもはっきりと彼は告げた。


 次代の国王様が何を言っているんだよ。
 そんな風に毒づきながら、でも選んでくれたことを嬉しく思う自分もいて。
 彼に見えないようにこっそり笑う。

 それから、許してるよ という意味を込めて彼の背中に腕を回した。



「……僕は 元々男だよ。」

 真綿に包まれた世界では気にしないでいられるその事実に ふとした瞬間気づかされる。

「知らないことも多くて、初めてのことも多くて。」

 ラクス姉さんやカガリ姉さんみたいに女性らしい振る舞いは何も習ってこなかった。
 みんなにどんなに"女っぽい"と言われても、キラはずっと男の子だったから。

「それでも一生懸命努力して、少しでも君に相応しい女性になろうって頑張ってるんだよ?」

 アスランは次期王位を継ぐのだと誰もが知っている。
 だから誰もがキラにその妃としての器を求めた。

 この前まで男だった自分が全く異なることを学ぶのは時には嫌になるほど大変で。
 でも諦めずにここまできたのは それがアスランの為だったから。

「他の誰でもない大好きな君の為だから頑張れるんだ。」



「……ミーアのこと、怒ってたんじゃないのか?」
 まだ勘違いしていた彼に 今度は怒ったりせずにクスリと笑う。
「君がモテるのは今に始まったことじゃないし。それでいちいちヤキモチ妬いてたら体が
 もたないよ。」
 そりゃほんのちょっとはソレでイライラもしてたけど。

「それに、アスランが僕だけしか見てないのもちゃんと知ってるから。」

 そして仲直りのシルシに 彼の頬へキスを送った。











--オマケ--
「つまんなーい。もう仲直りしちゃった。」
「あの2人には何をしても無駄だ。貴様もいい加減諦めろ。」
「イザークだってあの子が好きなくせに。」
「…何を勘違いしてるか知らないが、キラは妹としか思っていない。それに俺の想い人は
 もっと手に入れるのが難しい女性だ。」
「えー 誰? ソレ。」
「―――太陽のような人、とだけ言っておく。」






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8周年企画でも再録してましたが、消したのでこちらに移動。
行間をちょっといじりました。

イザ様の話も書きたいなぁ。…と思って早何年。



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