Punish
目の前で失われたもの、それが代償。犯した罪の償い。
もしこれが罰だというのなら、一体 誰の罰なのだろうか…
ある晩、目が冴え寝付けなかったアスランは ふらりとキラの部屋へと立ち寄った。
理由が分からない漠然とした不安があって、目を瞑っても何も考えずにいようとしても、
意識は全く落ちていってくれなかったのだ。
ただ寝顔だけでも見ていれば安心できるかもしれないと、そんな気持ちでキラの所へやって来た
だけだったのだけれど。
「……キラ……?」
キラがベッドに居なかった。
普段そこから動くことがないはずの彼が、忽然と姿を消していたのだ。
シーツに遺された皺が、彼がそこに居たことを示しているだけで。
「何処ヘ…!?」
感じていた不安の正体はこれだったのだろうか。
胸騒ぎを覚えて 彼は辺りを見回す。
「――――?」
その時、風が部屋に入り込んでいることに気づいた。
レースのカーテンが音無く揺れている。
不思議に思ってそこから外を見ると、1人夜空の下で佇むキラを見つけた。
「キラ…?」
さくっと芝を踏む音を立てながら アスランはキラに近づく。
キラは相変わらず何の反応も見せず、無言で何も無い空を見上げていた。
プラントの夜は光が無い。
庭に備え付けられた明かりだけが影を作ることができ、空に自然の光は存在しない。
「…無いんだ。」
「え?」
突然の言葉にアスランは当惑する。
キラは開いた両手を宙に伸ばして 何かが降ってくるのを期待するようにじっと手の先を
見つめた。
「地球では見えたのに、ここには無いんだ…」
アスランに応えたわけではないけれど。
キラは初めて口を開いた。
記憶より少し低めの、でも変わらないキラの声。
「あそこにアスランが居るんだ… ―――アスランは月に居るんだ…」
キラが見たいのは 月。
2人の想い出の、幸せだった場所。
「僕は行けないから、だからせめて見ていたいのに…」
キラがいつも遠くを見ていた理由。
キラは月を見ていたのだ。
月に在る、自分とアスランとの想い出を見ていたのだ。
彼の意識は遥か遠く、だからどんなに呼んでも応えない。
「アスランは月で待っているんだ。だから 僕は…」
「キラ…」
後ろからその細い肩を抱きしめる。
折れてしまいそうなほど強く、それにすら応えてくれなくても。
「会いたいよ… アスランに会いたい…っ」
「キラ……っ」
俺はここだよ。
お前のすぐ傍に居る。
月じゃない、ここに居るんだ。
だから… お願いだから…
俺を見てくれ…
昔の俺じゃなく、今の俺を……
ぽたりと落ちた雫がキラの服にシミをつくる。
それは1つではなく、消えては落ち、消えてはまた落ちてそれを繰り返す。
「キラ……」
悔しくて泣いているのか、悲しくて泣いているのかも分からない。
ただ泣きたくて仕方が無かった。
俺は"俺"に敵わないのか…?
今の俺じゃお前を救えないのか?
…こんなに紅くなった手ではお前に触れられないのか?
腕の中の温もりだけは本物なのに。
凍った心は俺を見てはくれない。
思い出の中で笑っているキラも偽りではないかと思うほど それは広がった心の傷を抉っていく。
「キラ… 俺はどうしたら良い…?」
―――どれくらいそうしていただろう。
枯れない雫はアスランの頬に道筋を作って未だに流れていた。
不思議なくらいに涙が止まらない。
自分がこんなに泣けるなんて知らなかった。
「……」
その時突然 今まで全く動かなかったキラの体が動いて、アスランの頬に温かいものが触れる。
「アス、ラン…?」
「え…?」
身体をわずかに離すと キラが瞳を覗きこんでいた。
振り返ったキラはアスランの腕の中で ただじっとこっちを見ている。
「泣いてるの…?」
濡れた頬を両手で包み込んで、キラは軽く首を傾げた。
紫色の大きな瞳が自分の姿を映し出している。
「…アスランなの……?」
「キラ、お前…」
驚き呟いて、アスランは恐る恐るキラの手に自分の手を重ねる。
キラが見ている。
焦点を結んだ目はしっかりと自分を向いていた。
「……そうだよ キラ。」
ふわっと微笑むと、キラは安堵したように笑って瞳を滲ませる。
「声が聞こえたんだ、アスランが僕を呼ぶ声。」
そんなはずないって思いながら、でもその心地良い声を聞いていた。
「ずっとずっと聞こえてた。でもすぐには信じられなくて…」
目を覚ましたら消えてしまいそうだったから、意識を閉ざして現実を見ないようにしていた。
でもアスランの涙に触れて、泣いてるのを知って、涙を止めて欲しくて。
「ゴメン、僕……」
謝らなきゃいけないことはたくさんあり過ぎて、どれから言ったら良いのか分からないけれど。
君からたくさんのものを奪った僕には そんな権利も無いかもしれないけど。
「ごめん……」
「―――良いよ。戻ってきてくれただけで…」
キラを今度は正面から抱きしめる。
そんな彼に、キラもそっと腕を回して抱きしめ返した。
今は何も要らないよ キラ。
やっとお前を取り戻した。
今はそれだけで良い。
「キラ… キラ……」
何度も呼んで、瞼に頬に、キスの雨を降らせる。
「ちょ、ちょっと待って、アスラン…っ」
耳まで真っ赤になって言うけれど、相手は全く聞く様子もない。
しっかりと抱いた腕の中にいるキラに 何度も何度も口付ける。
「待てないよ。」
「ん…ッ」
最後は柔らかい唇に。
長く、優しく… キラも静かに瞳を閉じた。
いつの間にか空は白み始め、闇色の長い夜が明けようとしていた…
END
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プラントに夜とか夜明けとかの感覚があるのかはともかく。
…夕焼けがあるからあるかなぁと思って勝手に設定しました。
私にとってのアスキラ的ドリー夢展開がコレ…
キラはとっくに生まれ変わって性格変わってますけど。
それでも書きたかった話なのです。難産だったけどこういうシリアス好きなんです。
姫は王子の涙によって目覚めるのです〜(笑)
私はキスよりも涙のが好み☆ なので。
でも最後のラブ甘には撃沈… 書けないって……
てか5cm差って良いよね! この微妙な差が!!
あー 言葉遣いが嘘っぱち〜(汗) 特にラクスさんが…
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