雨の休日 −Wデート編


 長い通路の両脇には身長の数倍もあるパネルが続いている。
 それと隔てられた向こうには、青い光の中で自由に泳ぎまわる魚達。

 可愛い恋人のために彼氏達が選んだ場所は水族館。
 前回行くはずだった映画はもう公開が終了してしまったから。
 それでも2人は喜んでくれたけれど。


「イルカのショーがあるんだって。」
 パンフレットを片手に見ながら隣の彼女を見る。
 片手にそれ、もう片方は彼女のために。
 絡ませた腕は絶対に離れることはないくらい しっかりと結ばれていて。
 そして彼女は少しだけ、彼に体重を預けている。

「見に行く?」
 それを聞くと彼女はキラキラと瞳を輝かせた。
「もちろんですわ!」
 イルカはここには居ないのかとがっかりしていたところですわ。
 そう言っていつもよりイキイキしている彼女がとても可愛いと思う。
「じゃあ 時間が来るまで近くをまわっていようか。」
 クスクスと笑って言った。

 本当は知ってる。
 彼女はイルカが1番好きだってこと。
 それでも訊いたのは、こんな表情が見たかったから。
 僕は君の笑顔が好きだから。

「他に見たいものとかある?」
「そうですわね… お土産を買いたいですわ。」
 ちょっと返答がズレているけれど彼は気にしていない。
「うん。分かった。」
 にっこりと微笑んで頷いたら、彼女も微笑んで 今度は両腕で彼の腕に抱きついた。



****



「……」
 前を行く2人の様子をボケっと見ていて、
 ふと、自分の隣で歩調を合わせて歩いてくれている彼を見上げる。
 並んで歩いてはいるけど、あの2人のように腕を組んでいるわけでもなく。
 お互いそういうのが似合わないというか、そういうことは分かっていたから。

 視線に気づいた相手は"ん?"と、こちらに極上の笑みを向けた。
 それはとても 優しくて甘くて。
 心臓が跳ね上がりそうで。
「な、なんでもない…」
 頬を赤らめ視線を逸らして、今度は水槽の中に視線を移す。

 恥ずかしくて言えるわけがない。
 "自分もあんな風にしたい"、なんて。

 似合わないって分かってる。
 でも、ちょっと寂しいな…って。そう思ったから。
 ガラス越しに映るのは、片割れとその恋人が寄り添って楽しげに語らう姿。
 あんな簡単に、そして自然にできる2人が羨ましい。
 私ができることなんて服の裾を掴むくらいで。

「どうしたんだ?」
「!?」
 投げかけられた問いに驚いて、伸ばした手を引っ込める。
「あ、いや…」
 なんでもない、と消えそうな声で呟く。
 その様子に彼は首を傾げた。
「疲れたなら休もうか?」
「やっ そういうわけじゃない、からっ」
 慌てて首を振る。

 気遣ってくれてるのは分かるけど。
 …私の気持ち、気づいてるか?

 気づいて欲しいような欲しくないような。
 今は そんな気分。
 …本当はきっと、気づいて欲しかったんだけど。


「――― 俺に遠慮するな。」
 それは突然の、予想外の出来事。
 優しくそれだけ言って、彼女の手をそっと、でも強く握る。 
 心臓が本当に飛び出るんじゃないかと思った。
「えっ!?」
「…行くぞ。」
 彼が見ているのは前で、引っ張ってもらっている形だったから。
 私からは後ろ姿しか見れなかったけど。
 でも、耳が赤かった。
 繋いだ手も なんだかとても熱くて。

「…うん……」
 気づいてくれて嬉しかった。
 そう言ったら、彼は無言でさっきより強く手を握ってくれた。
 言葉は無いけどそれが彼らしいな、と思う。

「私達も…イルカ見に行こっか。」
「そうだな…」
 ちょっとお互い気恥ずかしくなりながら見合って、苦笑いで頷いた。



 …振り向いた親友が、こっそり手を指して教えてくれたことは黙っておく。







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オチ付けんなよ、私…




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