雨の休日 −彼氏's編
少し遅めの短い昼休み、食堂には2人の他にほとんど人がいない。
…休日だから当たり前なのだけど。
壁の一面を占めるガラス窓の向こうはどこまでも灰色で。
窓際に座っていても景色は楽しめない。
静かなこの空間は 光が少ないせいで少し暗かった。
「ごちそうさま」
普段からあまり食べないくせに、それすら急いで飲み込んで彼は席を立つ。
でもその様子はどこか楽しげで。
先行くね。と隣の親友に告げると、相手は不思議そうな表情をして呼び止めた。
「って、そんなに急いでどうするんだ?」
休みが短いと言っても ゆうにあと10分はある。
急ぐ作業もないし、それ以前に仕事に取りかかるような様子でもないし。
そんな満面の笑顔で一体何をする気なのか。
「今頃部屋に一人で退屈してるだろうお嬢様のご機嫌取りをしなくちゃいけないんだ。」
クスクス笑いながら携帯を手に取る。
「君があげたハロもいるけどさ、電話したら喜んでくれるかなって。」
せっかくの約束をふいにしてしまったのはこちら。
許してくれてても、せめてこれくらいはするべきだと思って。
「しかたないじゃないか。仕事なんだから。」
真面目な彼は至極当然のようにそう言った。
2人が今日呼び出された理由はシステムの不調。
他の所なら別の人にでも頼めたけれど、メインが不調となるとそうはいかない。
これを扱えるのは2人だけだったから。
今日来ているのは彼らの他に手伝ってもらっている数人だけだ。
「まぁそうなんだけどね。」
不調といってもほんのわずかなもので、あとは最終チェックくらい。
これくらいで予定を潰されたことに納得いかないのも事実だけど。
「でもやっぱ喜ばせたいし。」
笑って言って、バイバイと手を振った。
それを相手も見送る。
そのまま軽やかな足取りで出て行くつもりだった。
けれど。
「あ、」
数歩進んだところで思い出したように振り返る。
「君も電話じゃなくて良いから、せめてメールくらいはしてあげてよ。」
もちろん誰とは言わずもがな。
彼の恋人で自分の片割れでもある彼女のことだ。
「今頃部屋で寝てるんだろうし。」
「え… 俺は…」
「何でも良いんだよ。送っただけで喜ぶって。」
戸惑いの理由まで見透かして彼は答える。
「でも あんまり考えすぎないようにね。」
言っても同じなんだろうとは思いつつ、一応念を押して今度こそ出ていった。
…何を送れば良いんだよ……
さっき言われたことを忘れたわけではないけれどやっぱり考えてしまう。
彼女が喜ぶ言葉なんてそうすぐに考えつくほど器用じゃないし。
ブツブツ考えながら彼も食堂をあとにする。
出て少し先にある自販機のそばからは、親友の楽しげな声が聞こえる。
きっと自分が呼ぶまで話していることだろう。
会話は届かないけれど、アイツなら自然に気の利いた言葉が出てくるんだろうなと、羨ましく
感じた。
「…」
そしてさんざん悩んだ挙げ句送った言葉は。
"元気か?"
たったこれだけでも精一杯で。
本当に喜んでくれるのか分からない。
呆れてるかもしれないと思った。
今更後悔してもどうしようもないけど。
アレコレ考え込んでいるうちに返事はすぐに返ってきて。
"うん。元気出た。"
素っ気無いメールの返事はやっぱり素っ気無い。
でも、とりあえず喜んではくれたようでホッとした。
「しかし… 元気なかったのか……」
帰りに寄ってみるか。
そんなことを考えた。
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