ふたり宛てにカードが届いたのは10月の初旬。差出人はラクス・クライン。
 花柄の、彼女らしい上品な封筒。
 彼女から手紙という前時代の物が届くのは珍しく、ふたりで首を傾げた。

「開けてもいい? アスラン」
「ああ。何事だろうな」

 内容は……。

「アスラン、パーティだって!! きみの!!」
 はしゃいだ声で浮かれ気味のキラ。
「勘弁してくれ…」
 その横で頭を抱えるアスラン。

「嬉しくないの? せっかく皆が祝ってくれるのに」
「嫌なんだ、ああいうのは」
 くぐもった声で返事をする。
「なんで?」
「なんでって…」
 幼年学校時代さながらに小首をかしげる目の前の人物に、アスランは嘆息するしかなかった。

 母が亡くなるまでのプラントに居た時代。
 評議員だった父に連れられ、幾度となく顔を出した晩餐会や舞踏会。
 父の顔色ばかりを窺うような連中との、世辞と噂話にまみれた時間。
 どちらかといえば社交的とは言い難いアスランにとって、パーティは苦痛でしかなかった。

「そんなに堅苦しい物でもないと思うけどな」
 事を理解したキラが、ソファに寝転がりながら呟く。
「どうしてそれがわかる」
 行儀が悪いと目線を送りながら尋ねるアスラン。
「だって、ラクスは解ってると思うよ、きみがそういうの嫌いだって」
「あの人は解ってても自分のスタイルは崩さないんじゃないか?」
 伊達に一時期婚約者だったわけじゃない。
 彼女のペースにはいつも嵌められてしまって、思うとおり行動できた例はなった。
「そうかなあ……。アスラン、行きたくないの?」
 起きあがって大きな瞳で見つめてくる眼前の幼馴染。
 昔から彼の懇願には敵わなかった。
「……その目で見るのはやめろ」
「ねえ? 行きたくない?」
 キラは尚も視線を逸らすことはしない。
「………わかった。行くよ」
 長い逡巡の後、諦めたように言った。
「良かった。イザークやディアッカたちも喜ぶよ、きっと」
 嬉々としてアスランに抱きつくキラ。
「は?」
 驚愕とはまさにこの事だ。思わず体を離してキラの顔を見やる。
「あいつらも来るのか!?」
「うん。そう書いてある」
 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、キラが答えた。
「……おまえ、わざと言わなかっただろ、それ」
「あ、ばれた? でももう行くって言ったからね、アスラン。前言撤回とかはなしだよ?」

 頭を抱えるのは二度目だった。





A Birthday

 10月29日当日までの日々。  忙しい生活の合間を縫ってパーティ参加への準備を整えていった。  服を新調して、美容院に予約を入れて。  そんなことは必要ないと言うアスランを説得して色々な店を連れ回す。  どっちが主賓なのだか分からないくらいだ、とアスランがこぼした。 「誕生日ってさ、当日も楽しいけど、それに近づくまでもワクワクするよね」 「おまえは、な」  リビングでお茶を飲みながら、買ってきた物を所狭しと広げる。  呆れるアスランをキラは無邪気に笑って抱き締めた。 「だって大好きな人の誕生日だもん」       そして当日。  ――――はしゃぎ過ぎた。  それまでの疲れが一気に出たのか、体に妙にだるさを感じた。  でも今日はアスランの誕生日。  いつまでもベッドにいるわけにはいかない。  顔を洗って、重い体を引きずるようにリビングへ向かう。  キッチンではアスランが朝食を作り終えたところ。 「おはよう、キラ」 「…はよ」  その声に眉を顰めるアスラン。 「キラ、おまえ体調悪いだろ?」  ダイニングテーブルで向き合ってすぐ、アスランが言った。 「う…」  どうしても分かってしまう顔色。小さな頃から隠し事などできなかった。  とはいえ、あの戦火の中、アスランはキラの心をなかなか見抜けなかった。  それはふたりの心に距離があったせいだ。  キラはそう思っていた。    どこかにあったはずの隔たりがようやく消えてきたのは最近になってからのように思う。  多分お互いに笑えるようになったのも、そんなに遠い過去のことではない。  軽めの朝食を済ませ、追いたてられるようにしてベッドへ逆戻り。  間近で見るアスランは、いつもながらに格好良くて、体温計を見る姿にまで見惚れてしまう。   「7度8分。微熱の範囲だが…朝は皆体温低いからな。薬飲んで寝てろ。夕方の熱次第で出かける か決める」 「ん…」  いつもなら駄々をこねるはずのキラにアスランが苦笑した。 「やけに素直だな」 「だって…」  前々から楽しみにしていた当日に体調が悪いなんて、恥ずかしい。  とりあえず同居人の命令どおり、薬を飲んでおとなしくしていることにした。  夕方までには熱を下げなければならない。  しかし。  夕方になっても、体調は戻らなかった。 「大丈夫、行けるよ。別に運動しに行くわけじゃないんだから」  リビングで言い争うパジャマ姿のキラと普段着のままのアスラン。  新調した服は、ベッドルームでハンガーに掛かったままだった。 「おまえの『大丈夫』ほど当てにならないものはないからな。信用できない」  ソファに腰掛けたキラの前に立ちはだかっての、高圧的な言葉にむっとする。 「それ、何気にひどくない?」  見上げる目線をきつくするキラ。 「ひどくない。早くベッドに戻れ。熱も下がってないくせに」  アスランの言う事はもっともだった。  体はだるいし立っているのも辛いくらいだ。  でも。 「だって今日は…」  言葉の語尾が掠れる。 「キラ、もういいから…」  隣に座ったアスランに、そっと抱き締められた。 「せっかく招待してくれたのに…それにきみは主賓だよ!?」  自分の不甲斐なさに語調を荒げ、キラは目元をアスランの胸に押し付けた。 「そんな体で行く方が迷惑だろうが」 「だから平気だって!!」  顔を上げて睨みつけようとするけれど、後頭部に添えられたアスランの大きな優しい手がそれ を阻む。 「風邪は万病の元って言うだろ。おとなしく寝てろ」 「………いじわる」 「何とでも」  自分でも論理がめちゃくちゃなのは分かっていた。  でもあんなに楽しみにしてたのに。  アスランだって言葉では嫌がっていたけれど、行く気になっていたのに。  こぼれた涙は、アスランのシャツを濡らした。 「…きっ、とラクスた、ちも…」  嗚咽が混じって言葉がうまく出てこない。  アスランがそっとキラの顔を覗きこんだ。 「おまえがいてくれるだけで充分」  優しい声と表情。  それだけで頬が紅潮するのが、キラ自身にも分かった。  更に熱が上がったみたいだ。  涙も引っ込んでしまう。 「……さらっと腰砕けるセリフ言うのやめてくれる?」 「生憎こういう質なんで」 「昔はそんなに積極的じゃなかっ…」  台詞の最後は合わせられた唇で消えていった。   結局、ベッドの中で過ごす誕生日の夜。  熱は朝より上がってしまった。  ラクスにはアスランが断りの電話を入れた。  手を握っていて欲しいと、子どもっぽいと呆れられることを承知で頼んだにも関わらず、 アスランはしょうがないなとキルトの中に手を入れてくれた。   その手を握り返すと、病気のときにいつも付き纏う不安が消えていった。 「…ごめん」  熱で潤んだ瞳で、キラが呟いた。 「何が」  そっけなく尋ねるアスラン。でもその瞳は優しい色を含んでいた。 「…パーティ」 「もう気にするな」  いつまで言ってるんだと、アスランが苦笑する。  空いている手でそっとキラの髪を梳いた。 「それにプレゼント…」  アスランを驚かせようとラクスたちと示し合わせ、プレゼントは会場に用意してあった。 「もうもらった」 「?」  なにを言い出すのだこの人は。  そんな視線だけでキラがアスランに尋ねる。 「キラが一緒に過ごしてくれる。それで満足だ。それがプレゼント」 「アスラン…」 「おまえが隣にいなかった時間が嘘みたいだ」  過去を思い出したのか、アスランの表情が曇る。  再会した後の誕生日は、停戦のごたごたで祝うこともままならなかった。  そして、共に過ごすことさえ出来なかった3年分の誕生日。 「……アスラン」  握られる手に、力がこもった。 「おまえはここにいるのに。……いつこの手からいなくなるのか不安なくらいだ」  ―――――ああ、やっぱりこの人は。  滅多なことがないと、弱みを見せないんだ。  僅かながらでも距離があると感じていたのは自分だけじゃなかったんだ。  表情が翳ったアスランを励ますように、キラは言った。 「いるよ。ずっといる。きみが嫌って言っても!! ずっとずっと!! 僕からは絶対にいなくなった りしない」 「キラ…」  驚きに目を見開き、そして俯いたアスランの瞳から、雫がこぼれた。 「…それが聞けて、本当に、嬉しい…よ」 「うん、アスラン」  キラがアスランの頬を拭った。      「久しぶりに見た。きみが涙溢すところ」  まだ手はつないだまま、キラが笑う。 「……」  きまりが悪そうに、アスランが視線を逸らした。 「貴重だよね」 「茶化すな」  アスランが睨む。 「そんなつもりないよ。…わかってる。きみが泣けるのはここでだけだって」  笑顔で返した。 「……大した自信だな」 「付き合い長いからね」  体を少し起こして、今度はキラから軽く唇を合わせた。  今日何度目か分からないキス。  でもいちばん、お互いを感じたキスだった。 「一緒にいられれば充分だって、満たされてるって思ってたけど。実際そうなるとだんだんそれ だけじゃ満足出来なくなっちゃうね」 「お互いに対しては欲深いからな」 「きみが好きだよ。心の底から」 「……おれもだ」 「あ、忘れてた。誕生日おめでとう。アスラン」 「…ありがとう」
--------------------------------------------------------------------- <後書き抜粋> ――― 20041029   Kayoko Sarashina ぎりぎりで出来あがりました。 いつに無く密着度高いです。 私には珍しいです。 甘過ぎて途中で何度も放棄しそうになりました。 私の中でのアスランはそれなりに恥ずかしがりやさん(死語)なので、 あんまり愛を囁いたりはせずに、行動で示します。 私のお話にベッドで愛を語る物が多いのは、 私が寝ながら話を考える人だからです。 では。 アスラン.ザラさん。誕生日おめでとうございます。 あなたのおかげで、私の人生はどうにか明かりが付いています。 愛する方と、末永くお幸せに…………そして、生きててください。 ――― <コメント> い、生きててくださいってそんな怖いことを…っ(苦笑) それはともかく、時間が無い中 ありがとうございました! そして本当に遅くなってしまってスミマセンっ せっかく誕生日に頂けたのに… 冒頭の、アスランの習性(?)をよく理解した誘い方はさすがです キラ(笑) 主賓を抜きにしたパーティーはどんな風なんでしょうね。 2人で仲良くやってるだろう なんてみんな納得してるんでしょうか?(^▽^) キラがいてくれれば良い なんて…v 欲しい言葉を貰って泣くアスランがツボでした。 自分にだけ涙を見せてくれるのは、それだけ信頼してるということで。 それを見れるのは嬉しいことですよね。 これからもアスランを応援してあげてください☆ ☆感想を送りたい方は、私宛にメールを送ってくだされば責任を持ってお届けします。


BACK