【世界でいちばん甘いキスを】(アスキラ)


 2月14日

 プラントの人々にとっては忘れ得ない悲しみの日


 その日、アプリリウスでは追悼式典が行われ、壇上では今やプラントの最高指導者となっ
 たラクス・クラインが歌うように優しい声で言葉を紡ぐ。
 会場では地球からの来賓やプラントの議員達が、そして映像では多くのプラント市民が見
 守る中で、彼女の声だけが響き、静かに人々の心へと染みていく。

 そして最後に、彼女はこんなことを言った。

「これ以上の悲しみを増やさないためにこの日を忘れてはなりません。ですが、今日は愛
 の日でもあることを思い出してください。」
 列席していたカガリが途端に微妙な表情になったのを視界の端で見つけながら、ラクスは
 慈愛に満ちた微笑を浮かべる。
「悲しい日だからこそ、今傍にいる愛しい人の大切さを思い出してください。そしてその
 方に素直に愛を伝えてください。」


 そしてこの日、その言葉によって、2月14日は悲しみを悼む日と同時に愛を伝える日に
 なった。




「…ラクス……」
 周りが感動の拍手を送る中、カガリは1人で何とも言えない気分になってため息を漏らす。
 オーブで現在も行われているこの日の風習になぞらえていることが分かったからだ。

 それと、もうひとつ。

「あいつらに向かって言ってるんだろうなぁ…」
 オーブの風習とは違う点を考えてもたぶん間違いない。
「お節介なんだか面白がってるのか焦れてけしかけているのか…」
 今だ彼女はよく分からないと、カガリは誰にも聞こえない声で1人ぼやいた。






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「何なんだ?」
 事態が飲み込めずにアスランはさっきから何度も同じ言葉を呟く。
 2つの箱を手にして、彼はその部屋の前に立っていた。
 赤い包装紙に金のリボンが巻かれた細長い箱はカガリに渡されたものだ。
 それを渡された一連の会話からしてよく分からない。


『お前とキラの分だ。キラにはお前から渡しておいてくれ。』
 本当にそれはポンと突然渡された。
『会うのは明日だが…』
 今日は式典の護衛があったから、母の墓参りは明日行こうと思っていた。
 キラもそれに付いていくと言っていたのだ。
『ああ、お前は今から明日の夜まで休みだ。』
『は?』
 あっさり言い放った友人兼上司は、本当にそのままアスランを追い出した。


 とりあえず着替えだけを済ませてキラが1人で暮らすマンションを訪れた。
 キラはまだ仕事かもしれないが、部屋のカードはもらっている。
 中で待っていれば良いかと手を伸ばしたところで、何故か中から扉が開いた。

「…あれ? アスラン??」
 多少間の抜けた声だったのは相手も驚いたからだろう。
 出てくるのは当たり前なのだが、まさかいるとは思わなかったキラがそこにいた。
「どこかに行くところだったのか?」
 目の前にいるキラはマフラーにコートまで羽織っていて、完全に出かける格好だ。
 用事があるなら帰ろうかと思ったが、キラは手間が省けたと言って笑った。
「君のところに行こうかと思ってたんだ。…アスラン、仕事は?」
「夜から明日の夜まで休みだと追い出された。」
 そう言いながら、彼女の意図が読めた気がして、嬉しいよりも微妙な気分になる。
「あはは、僕も同じだよ。ラクスから明日はイザークに任せるから大丈夫って言われた。」
 やっぱり。
 あの忙しい中でいつの間に口裏を合わせていたのか謎だが、彼女達は本当に仲が良い。
「…お節介なやつらだ。」
「というか、単に面白がられてるんじゃないかな。」
 苦笑いで返されて、それも否定できなくて黙った。





 キラの部屋へと上がりこみ、コーヒーを用意してくれたキラとソファに並んで座る。
 カガリに頼まれた箱を渡すと、キラからもラクスに頼まれたとピンクの包装紙に包まれた
 箱をもらった。
「何だ?」
 同じものが2つずつ。その意味はまだ分からない。
 するとキラが呆れた顔をしながらカガリからのそれを手にとって言った。
「バレンタインだからに決まってるじゃん。」
 ああ、とようやく納得する。そういえばオーブでは毎年もらっていた。

「わぁ! 美味しそう!」
「…甘ったるいな。」
 嬉しそうにはしゃぐキラと対照的に、アスランはその香りだけで苦い顔をする。
 キラは甘いものは嫌いじゃないが、アスランはどちらかといえば苦手な方だ。
「こんなに美味しいのに勿体無いよねー」
 早速一粒口に入れて、キラはその味を楽しんでいる。
 たぶんキラの分はあっという間になくなってしまうだろう。
 そしてアスランのは全く減らない。それもお決まり。
「一粒くらいは食べてあげなよ。」
 毎年同じことを言われながら、それでもやっぱり渋い顔しかできない。
 キラが食べるのを見ているだけでお腹いっぱいになりそうだ。

「……」
 ふと思いついてキラの方をじっと見る。
 これも"食べる"ことには間違いないよな。
「アスラン?」
 返事はせずにキラの頬に手を伸ばす。
 きょとんとするキラの柔らかく指通りの良い髪をかき上げて、さらにその手を首の後ろに
 回した。
「一口でも食べれば良いんだろ?」
「へ?」
 ぐいっと頭を引き寄せて唇を奪う。
「んぅ…!?」
 驚いたのはキラで、思わず逃げそうになるが、それは強く引いて留めた。
 そうして抵抗する間もなく深く味わえば、口の中にチョコレートの味が広がる。


 今日は悲しみを悼む日であると同時に愛の日だとラクスは言った。
 今傍にいる愛しい人に愛を伝える日だと。

 ならば、言葉の代わりにこの甘いキスで伝わるだろうか。


「…甘い」
 散々味わってからようやく離しても、まだ口の中は甘く痺れていた。
 しばらくはこの甘ったるい味と香りが離れそうもない。
「……そりゃ、そうだろうね…」
 照れているのか酸欠なのかよく分からない顔の赤さでキラは呟く。
 まあ、怒られはしなかったので、キラも今日という日には寛大になってくれたようだ。

「…これならまだ食べれるか。」
 だったらと、その寛大さに甘えてもう少し求めても良いだろうか。
 小さく笑うとキラがさっと青褪めた。
 だが、今更抵抗されたところでもう遅い。

「え、ちょっ、」
 待ってと言いかけた言葉ごと飲み込んで。


 世界でいちばん甘いキスを、もう一度―――







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タイトルは『2月14日』でした。
甘いのかギャグなのかほのぼのなのか。
バレンタインだったので、これだけ長くなりました。

Date:2011/2/14(Mon) 



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