聖母 −将来の夢−


「じゃあよろしくね。」
 そう言って彼女はアカツキを下ろすと自分の愛車で飛ぶように去って行った。

 彼が下ろされたのは街の中心街に程近い行政府御用達のホテル玄関前。
 今日はここで"あの人"が仕事をしているらしい。

 母からのお願いは、その彼に忘れ物を届けて欲しいということなのだけど。




 カガリの屋敷はともかくその他の場所ではさすがに顔パスとはいかない。
 まず先にフロントの受付へ向かうと そこに座っている女の人に声をかけた。

「あの、アスラン・ザラに会いたいんですけど。」
「どんなご用件ですか?」
 相手が子どもであろうと、彼女は丁寧に対応してくれて。
 さすが一流ホテルだな〜 と子どもらしからぬ感想を抱きながら、アカツキは手に持っていた
 ディスクを見せる。
「えっと、これを…」


「―――アカツキ?」


「あ、兄さん。」
 呼ばれた声に振り返ると、今まさに会いに行こうとした本人―――アスランが立っていた。
 ここにいることが予想外だったのか一瞬だけ驚いた顔を見せた彼は、けれどすぐにいつもの顔
 に戻る。
 そして出口に向かっていた進路を変えてアカツキの所までやって来ると 少し残念そうな表情
 をしながら頭をぽんと撫でた。
「…こういう時は冗談でもお父さんと言って欲しかったな。」
「後が大変だから嫌だ。」
「残念。」
 アカツキの即答に苦笑いしながら 可愛い幼子を軽々と持ち上げる。
 これは昔からの彼の習慣みたいなものだけど、今もまだこんなにあっさり持ち上げられてしま
 うのは少し悔しい。
 抱き上げられるのは嫌いではないけれど、そこはアカツキも一応男の子。いろいろと複雑な思
 いがあるのだ。

「ご兄弟ですか?」
「いや。俺の想い人の子だよ。」
 傍にいた付き人らしき女性に問われたアスランはにこりと笑ってそう答える。
 相手が固まったのにも構わず補足も何もしない彼に アカツキはこっそり溜め息をついた。

(そういうことをさらりと言うから母さんがここに来れないんじゃないのかな…)

 本当の理由は忙しいからなんだろうけれど、渡すくらいそんなに時間がかかるわけでもないの
 にわざわざアカツキに任せた理由はその辺にあるのかもしれない。
 この人には自覚がないのだろうけど。



「そういえばどうしてここにいるんだ? キラも来てるのか?」
 こんな所に1人でいる理由が分からずアスランが尋ねると アカツキは持っていたディスクを
 はいと言って差し出す。
「これ。"どうしてたまに抜けてんのかなあの人はっ しかもこんな大事な物を!"って言いなが
 ら渡された。」
 アカツキには分からないけれど たぶんとても重要な物なのだろう。
 だから落とさないように大事に手に持っていた。
 渡されたものを見たアスランはホッとしたような顔をする。
「良かった。今からそれを取りに行こうとしてたんだ。」
「自分で?」
 普通 部下とかに頼むものなんじゃないの?
 けれど アカツキの最もな疑問はこの人には通じないらしい。
「俺が会えない時間にキラが他人に会っているのは癪だ。」
 キッパリと言われてしまい、アカツキは思わずガクリと肩を落とした。
「…独占欲 強過ぎ。」
「俺は心が狭いんだ。余裕がないからな。」
「それ 自分で言うかな…」

 ま、それが兄さんだから今更だけど。







「で、これからどうするんだ?」
 アカツキの用事はこれで終わりだ。今日は一般的には"休日"だから 時間が余ってしまうはず。
 それに気づいたアスランからの問いに、アカツキは漠然と思い浮かべていた予定を正直に打ち
 明けた。
「お昼食べたらカガリ姉さんにも挨拶しに行って、ついでに車を手配してもらおうかなって。」
「昼食? まだ食べてなかったのか。」
 時間的にはお昼を少し過ぎた頃。ロビーが少し騒がしいのは今がお昼休みだからだ。
 アスランもその休憩時間を利用してキラのところへ行こうと思っていたのだから。
「おつかいのお駄賃に兄さんに奢ってもらえって言われた。」
「はいはい。ついでに一緒に帰るか?」
「ヒトの家を自分の家みたいに言うし…」
「違うとは言えないだろ?」
 確かに 彼がオーブを訪れる度に毎日を過ごすのはあの家で、今日も朝から当たり前のように
 出勤している。
 すっかり勝手知ったる何とやらという感じで、アカツキもそれが日常的な光景になっていた。
 だから「一緒に帰る」のも間違いではない。

「ま、良いけど。じゃあその間邪魔しないから仕事場見せて。」
 あっさり完結させてついでのお願いをしてみたら、え?とアスランに再び驚いた顔をされた。
「あまり面白いとは言えないが?」
 どう考えても子どもが見て楽しい場所ではない。
 それはアカツキもよく知っているはずだ。
「分かってる。でも将来はこういう所で働きたいから。母さんはいい顔しないだろうけど。」
「お前がこの世界に?」
 意外だと思われたのだろう。彼はまだ半信半疑だという雰囲気だった。
 でもこれはただの思いつきで言ったんじゃない。
「小さい頃から見てきたし、興味もあるんだ。」

 母がかつていた世界、兄さんや姉さん達が今もいる世界。
 他の子より身近に見てきた世界だ。
 だからこそ 興味を持ったのもごく自然な流れだと思う。

「将来を決めるには早すぎないか? まだお前8歳だろう?」
「まぁね。でもきっと、ここにいると思うよ。」
 自信たっぷりに返される言葉は年相応ではない。
 それを聞いたアスランは 面白いとでもいう風に笑った。


「―――楽しみに待ってるよ。」


 








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アカツキの口調が微妙に違うのは昔のデータだからです。
そして、これはアスキラじゃないんかいというほどメインが違ってる…



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