聖母 −一時の友情−
彼女と出会ったのは戦艦の中。
そこで僕達は一時の友情を交わし合った。
とても短い―――、けれど この先長い間僕らの目標となる願いを話した、それは大切な一時。
「ご苦労様です。」
夢を見ているようだった。
この場にはあまりに不似合いな、鮮やかで柔らかい色彩。
ふわりとたなびくドレススカートの裾。
ふわふわと漂って 目の前を通り過ぎて行く様は、どこか非現実的なものを感じさせて。
「…って…!」
はっとしたのは彼女が通り過ぎてすぐ。
そのままどこまでも流れて行きそうだった彼女の手を引いてすとんと降ろしてあげた。
「ありがとうございます。」
にこにこと少女は微笑んで礼を言うと、逆にキラの手を握ってくる。
それ以上は何を言うでもなく、ただしっかりと握ったままの手を離そうとしない彼女に戸惑っ
た。
「あ、あの…?」
彼女の意図が掴めない。敵意は無さそうだが、彼女の笑顔は考えの裏を不思議と読ませない。
この後どうすれば良いかキラは思いあぐねてしまい、周りもまた声をかけれずにいた。
その沈黙を破ったのもこの少女。
キラの軍服に付いていたものを見て、あら、と少女は呟く。
「あらあら? ここはザフトの艦ではありませんの?」
「え"。」
彼女の爆弾発言のおかげで、その場の空気が一瞬で固まった。
「…名はラクス・クライン。プラント最高評議会議長 シーゲル・クライン氏の娘であり、プラ
ントの歌姫。今回はユニウス・セブンの追悼慰霊団代表としてこの宙域に来ていた……で 間
違いないな?」
「はい。その通りですわ。」
空いている士官室を利用してナタルが話を聞いている間も ラクスと名乗った少女は腕を組ん
でキラを離さなかった。
その為仕方なく2人はベッドに腰掛け、椅子に座ったナタルと話をする形になっている。
キラは困り果てて引きつった笑みを浮かべていたが、相手が女の子では強くは出れなくて。
ひとしきり話を聞いた後、ナタルは大きく溜め息をついて席を立った。
続いて自分も立つべきかキラが迷っていると そのままで良いと手で制される。
「…彼女はお前に任せた。」
「え? でも」
人手不足のこの艦ではできることは自分でやらなくてはならない。
そのため キラにも仕事は山のようにあった。
「お前を気に入って離さないのだから仕方ないだろう。これも仕事だと思え。」
「まあまあv では女の子同士楽しいお話をしましょう♪」
ラクスは無邪気に喜び、逆に仕事だと言われてもキラの方はまだ納得いかない様子。
「ストライクの整備とか、早くしないといけないんですけど…」
「それは大尉と軍曹に任せれば良い。…話し相手にでもなってやれ と、艦長からも指示されて
いる。」
「は、はぁ…」
話は勝手に進んでいたらしい。
それ以上反論する理由も見つからなくて、キラは分かりましたと答えた。
「―――貴方がキラ様?」
ナタルが去った後、やっと腕を解放してくれた少女は向き直って表情を改めた。
スッと彼女の雰囲気が変わったことに気づいてはいたが、それよりキラには驚いたことがあっ
て。
「え? どうして僕の、名前…」
誰も彼女の前でキラの名前は呼んでいないはずだ。
ナタルは民間人相手でも情報を漏らさぬようにと、今のところ「お前」としか呼んでいない。
答えてしまった後にそれを思い出してハッとするけれど、彼女は確信を得たという風ににこり
と笑った。
「あぁやっぱり。見間違いではありませんでしたのね。」
それにしてもおかしい。
彼女と自分は今日初めて会ったはずで、なのに彼女は前から自分を知っていたように言う。
「あの、だから どうして…」
「アスランがお話して下さったんですわ。自分には最愛の女性がいる、と。そして写真も見せ
ていただきました。」
…紡がれた名前に 心臓がはねた。
「想像していた以上にお美しくなられてましたわv」
3年間会えなかったのだから 写真が幼年学校のものまでなのは分かる。
あれから背も伸びたし髪も伸びた。随分大人びたとも言われた。
でも今はそんな自分の評価よりも、
「アスランが? アスランを知ってるんですか?」
思わず身を乗り出してしまう。
今の彼に繋がる人。
今は敵対する立場の恋人と、この人はどんな関係なのだろう?
「ええ。あの方は私の婚約者ですから。」
「こ、…」
聞かなければ良かったと、今更思っても遅い。
すぅっと熱が引いていくのを感じた。
「親同士が勝手に決めてしまった相手ですけれど。」
あぁ、こんな可愛い人が君の… やっぱり君は遠い人なんだね。
「キラ様?」
「あ、いえ…」
突然暗くなったキラの表情で、ラクスは彼女が何を思ったか気づいたようだった。
「勘違いはなさらいでくださいね。私達の間に特別な感情はありませんわ。」
そう言って誤解を解こうとするけれど。
キラの気持ちが傾いだのは、誤解をしたからではなくて。
…うん。そうかもしれない。
君の言葉に嘘はないのだろう。
あの時 必ず迎えに来ると言った彼の言葉も疑ってはいない。
―――でも、周りはそれを望む。きっと。
人の意志を置き去りに。
分かっていたはず…
「―――ところで。」
「え…」
沈んだ気持ちで俯いていたキラはラクスの声に顔を上げる。
「何故キラ様は地球軍の、しかも軍艦に乗ってらっしゃるのですか?」
彼女の言葉には純粋な疑問が浮かんでいた。
*******
時折部屋を無断で抜け出して展望室に遊びに行くくらいには互いに気を許す仲になれた。
そしてナチュラルとコーディネイターが共存する世界 なんて、幸せな夢物語を語り合って。
いつかくる日の約束を交わして。
…優しい歌声と人を癒す雰囲気や言葉。
彼女と過ごすことで、キラにも笑顔が少しずつ見えるようになっていた。
けれどそんな日は本当に短く―――
突然 艦内にアラートが鳴り響き、続いて間を置かず 第一戦闘配備の放送が入った。
「またあいつらか!」
談笑に包まれていた食堂にも一気に緊張感が走り、皆食事も中途半端にバタバタと飛び出す。
「月はすぐそこだってのに!」
格納庫で愛機の整備をしていたフラガも独りごちて着替えのために機体の外へ出た。
「…このまま行かせてくれるなんて思ってなかったけどなっ」
あぁもう本当にしつこいと気が重くなりながらも出ないわけにはいかない。
機体の上から飛び降りたそのまま駆け出し、、
<フラガ大尉! 至急ブリッジへお願いします!!>
「…は?」
待機室へと向いていた足が思わず止まった。
放送が入ったその時も キラはラクスの部屋にいた。
聞いて立ち上がり、ハロを手に収めてこちらを見ている彼女を見て 知らず唇を噛む。
「ここには君がいるのに…っ」
そこにあるのは憤りと彼女に対する申し訳なさで。
アークエンジェルを追っているのはザフト、……アスラン達。
そしてラクスはそのアスランの婚約者。
ラクスは自分とは違う、完全にあちら側の人間だ。
そんな彼女まで危険な目に遭わせるわけにはいかない。
キラはしばらく考え込んだ後、何かを決心した顔でラクスに手を差し出した。
「行こう、ラクス。」
「キラ…?」
どこへ と、ラクスが首を傾げて聞く。
「ここは危険だから。アスランの所に君を返す。」
「え?」
大好きな君の大切な人、
君の幸せを彼女に託すから。
彼女を、君の所へ。
ガモフとの合流から数刻。足付きを補足したヴェザリウスもまた緊張感に包まれ、アスランも
パイロット待機室で隊長からの指示を待つつもりだった。
しかし何故かイザーク達3人と一緒にブリッジへ呼び出され、不思議に思いつつも向かう。
その後、予想もしない再会があるなどと思いもせずに。
「隊長、これは一体…?」
アスランだけではなく共に呼び出された他の3人も同様に疑問を感じていたらしい。
戸惑ったように尋ねるニコルに対してイザークとディアッカも何も言わなかった。
一方質問を受けたクルーゼはモニターに遠く映る白亜の艦から彼らへと視線を移す。
仮面のせいで表情は分からないが、雰囲気は困ったと言いたげなものだった。
「先程あの艦から通信が入ったのだ。―――保護しているコーディネイターの少女を1人返し
たい、と。」
「「「…は?」」」
アスラン以外の3人の反応は同じで、それぞれ軍には不似合いなほどの間の抜けた表情を返す。
クルーゼもそれが当然だという風に軽く頷いて。
「罠だと思うかね?」
「…普通はそう考えるでしょう。」
戸惑いつつも至極当然の返答をイザークが返すと、クルーゼはまた前へと向き直った。
「―――だそうだ。」
<やっぱりそうだよなぁ…>
!!?
突然独り言のようなぼやきが聞こえて驚く。
どうやら先方と通信は繋がったままだったようだ。
「姿が見れないことには こちらも応じられない、ということだ。」
クルーゼの返答の後、相手側に再び沈黙が落ちる。
こちらに聞こえない程度の小さな声がボソボソと聞こえるから通信が切れたのではないだろう
が。
…それともう1つ、キーボードを叩くような音も。
<―――繋がりました。>
しばしの後 不意に聞こえた少女の声に皆何のことかと思った中、アスランだけは違う反応を
示した。
キラ…?
保護した少女とは彼女のことだろうか と。
だったらたとえ罠でも迎えに行きたい。
けれど アスランの予想は意外な結果によって破られる。
<クルーゼ隊の皆様、ご苦労様です。>
宇宙と白亜の艦の映像が消えて 現れたのは桃色の髪をたなびかせる少女。
画面の向こうでにこりと微笑む行方不明のはずの歌姫に、全員が驚愕して目を丸くした。
「ラクス!?」
「何故貴女がそちらに!?」
口々に疑問を飛ばす彼らの言葉を受け止め、ラクスは答える意味で朗らかに笑う。
<数日前にこちらの方々に助けていただいたのですわ。ですから 私はこうして元気でおりま
す。>
彼女には憔悴した様子もなく、言葉に偽りは無いようだ。
ホッとしたザフトの面々に対し、次にラクスは少し違う意味を含む笑みを向けた。
<それで お願いがありますの。>
「……交換条件、か?」
分かっていた、とでもいう風に答えたのはクルーゼ。
ラクスは笑顔のままこくりと頷く。
<言い出したのは私ですわ。彼らに戦う意思はありません。彼らはただ 無事に月に辿り着け
れば良いと仰っています。>
「しかし…」
相手が望むのは 今までのクルーゼ隊の行動を水の泡にしかねないもので。
さすがのクルーゼも返事を渋った。
「隊長。」
すると アスランが一歩進み出る。
「我々の第一任務は彼女の捜索です。彼女が無事に戻ればそれで任務は終了します。足付きを
討てなくとも問題は無いでしょう。」
その進言は誰の為のものか。
クルーゼはじっと自分を見据えるアスランをしばらく黙ったままで見、フ と笑うと彼に背を
向けた。
「―――分かった。条件を飲もう。」
<ありがとうございます。>
<では こちらからはストライクで近くまで送る。>
ぼやいた男性ともその後の少女のものとも違う、大人の女性の声がして、確認と少女の了承の
声が聞こえる。
そちらを向いていたらしいラクスが 今度はピタリと視線を画面の向こう―――こちら側の人
物に定めた。
<アスラン、お願いしますわ。>
その言葉の本当の意図を知る者はこの場にはいなかっただろう。
それを知るのは当の歌姫のみ。
「―――そうだな。やはりここは君に姫君を迎えに行ってもらうべきだろうな。」
"婚約者"として。
そう付け加えて クルーゼもアスランの出迎えを許可した。
ヴェザリウスに近い宙域で2つの機体は正面から向き合う。
互いに武器は所持しておらず、制止すると 同時にハッチを開けた。
「アスラン。」
ラクスが手を振ると アスランはホッとしたように肩の力を抜く。
彼がコクピットの前に立ったのを確認すると、キラは彼女の身体をそっと前へ押し出してやっ
た。
「さぁ、行って。」
ラクスは1度振り向いてにこっと微笑み、そのまま慣性に従ってイージスの方へと流れていく。
手に持ったハロも今は大人しい。
「ありがとう。」
辿り着いた彼女をアスランが手を引いて迎え、返事の代わりに騎士の如く軽く腰を折って礼を
した。
お似合いだな…
並んだ一対の男女の姿にずきっと胸が痛む。
2人が揃うと本当に誰も入る余地が無いような そんな気分にさせられて。
自分なんかとは住む世界が違う。そう言われてしまったようだった。
「キラ。ありがとうございます。」
キラの心情など全く知らず、アスランの隣に立つ少女は美しい笑顔を向ける。
「また、どこかでお会いできたらたくさんお話しましょうね。」
彼女の言葉は本心だ。本当に良い子で可愛いヒトなのだ。
卑屈にもさせてもらえなんて、本当にズルイ。
「できたら、ね…」
思わず苦笑が漏れて、するとラクスは約束ですわとまた笑った。
「キラ、」
「え?」
今呼んだのはラクスではない。
キラを真摯に見つめるアスランが 耐え切れないという風にもう1度名を呼んだ。
「キラ! お前も一緒に来い!!」
…言うと思ったよ。
優しい君なら、そう言ってくれるだろうと。
でも、、
「ごめんね。」
返した答えはNoだった。
「向こうに残してきた人達がいる。僕のせいで巻き込んだ人達を、置いては行けない。」
サイ達だけじゃない。僕が拾った救命ポットに乗っていたヘリオポリスの人達も。
あそこには守りたいたくさんの命がある。
それを放って 君の元へ行けるはずがない。
「ごめんね、アスラン。」
今にも泣きそうな笑みだったけれど。
それを聞いたアスランもとても苦しそうだったけれど。
「キラ!!」
そんな風に呼ばないで。
決心が鈍ってしまいそうになる。
…それを押し留めたのは隣にいる少女の存在。
「僕は行かない。」
君の隣にいるべきは僕じゃない。
だから、僕の居場所はあっち。
…大丈夫だよ みんな。必ず戻ってくるから。
「―――ね、アスラン。ラクスさんと幸せになってね。」
「…っ!?」
アスランの表情が驚愕に染まる。
きっと知られたくなかったんだろうな、と。
漠然と思ったことはたぶん正解。
「好きだったよ、君が。」
本当に好きだったんだ。
いつかこんな日が来ると、ずっと前から知っていたけれど。
「さよなら、アスラン…」
さよなら、僕の―――…
これ以上何も聞かずに済むように、ハッチを閉じる。
伏せた瞼から流れた涙には気づかないフリをした。
ビーッ ビーッ
アスランもラクスも言葉を発することなくいた為 静かだったコクピット内に警告音が鳴り響く。
驚いて前方を見ると 隊長のジンが1機で出撃しているところだった。
続いて、まるでこの事態を予期していたかのようにメビウスゼロもアークエンジェルから飛び
出す。
<な!?>
突然の事態に驚いたようなキラの声が聞こえる。
「どういうことだ!?」
けれど驚いたのはアスランも同じで。
こんな話は聞いていない。
交わした約束を裏切るなんてことを、真面目なアスランが理解できるはずもなかった。
どうするべきか思案しているアスランを余所に、ラクスがおもむろに計器に手を伸ばす。
ピ、と音がして 回線が開かれた。
「クルーゼ隊長。約束を破るおつもりですか?」
癒しの歌姫とは違う どことなく威圧感のある声。
覚えのない態度に目を瞬かせているアスランとは違い、問われたクルーゼは平然とした態度で。
「我々は軍人です。あれは見逃すわけにはいかないものなのですよ。」
軍人ではない貴方には黙っていていただきたい、と。
けれど彼女は引かなかった。
「それをおっしゃるなら私は平和の歌姫ですわ。この私の前を戦場になさるのならそれ相応の
ご覚悟を。それでも聞き入れていただけないのなら、私はアークエンジェルに戻ります。」
どうやって、とは聞かないが、彼女なら本当にやりかねない。
自ら人質になることを進み出たラクスには クルーゼの方が引かざるを得ず。
「―――分かりました。」
プツリと画面が消え、ジンは後退を始める。
それを見届けて メビウスゼロもくるりと方向を転換させた。
<ラクス、さん…?>
呆然としたキラの声がする。
「大丈夫ですわ キラ様。私がいる限り、貴方方の安全は保障します。」
声だけしか伝わらないのに、彼女はモニターの向こうのストライクに微笑みかけて。
元に戻った優しい声音をキラに向けた。
「助けていただいたお礼です。」
<…ありがとう……>
「私達の描いた夢が、いつか叶うことを祈っていますわ。」
<…うん。そのときまた。>
2人が最後に交わした言葉の意味を、アスランは理解できなかったけれど。
*******
連れ帰ったラクスを部屋へ案内すると、外へ出れない不満を彼女は漏らす。
それを仕方がないと素っ気ない一言で返して、アスランはそれよりもと自分が聞きたくて仕様
が無かったことを切り出した。
「ラクス。キラは俺達の関係を知ってるんですか?」
「ええ、知ってらっしゃいますわ。私がお教えしましたから。」
確信に近い問いだったとは言え、さらりと答えられるとそれはそれで癪に障るところがある。
「そんなに怒らないで下さい。ちゃんと理由も説明しましたわ。」
無言で睨まれても平然とした様子でラクスは言葉を続けた。
政略であること、互いの意志は無視されていること。
そしてキラをいつか迎えに行くのだとアスランが言った話も。ちゃんと話したつもりだ。
…ただひとつ、ラクスにも想い人がいることだけは伝えなかったけれど。
「じゃあ何故キラはこちらへ来なかったのですか。」
キラの言葉と拒絶をアスランはそういう意味で取ったらしい。
ラクスの存在故に、キラは身を引いたのだと。
けれどラクスはそれを軽く一蹴する。
「自惚れないで下さいな。それだけの理由でキラが貴方の言葉を拒むわけがないでしょう。」
彼女の想いはそんな簡単なものじゃない。
それくらいの理由ならば、ラクスと会う前でも いつでもアスランの元へ行くことができたは
ずだ。
「……あの艦には民間人の方も多数乗ってらっしゃいます。」
それをしなかったのは、彼女には背負うものがあったから。
「!?」
「ヘリオポリスの方々ですわ。トラブルを起こした救命ポットをキラが回収なさったそうです。」
キラが背負ったたくさんの命。
捨てていくにはあまりにも多すぎて重すぎて。
だからキラはアスランを選べなかった。
「…優しい、方なのですわ。私を助けたのも同じ、ただ目の前にいる人を助けたかっただけで。」
優しいひと。
護るために奪った命、それを悔いて泣いていた。
何もできない自分にできたことは歌を歌ってあげることだけ。
少しでも癒されますように、と。
彼女の笑顔が見れますように、と。
そのおかげで彼女は心を開いてくれたのだけれど。
「あの方にとってナチュラルやコーディネイターの違いは本当に些細なこと、」
「っ 分かってます!」
これ以上は聞きたくないと遮るように アスランは声を荒らげた。
それで驚くラクスではなかったけれど、彼女は続ける言葉を胸に収める。
「キラは…、キラは昔から馬鹿が付くくらいお人好しで、それで俺がどんなに…!!」
誰にでも等しく優しくするキラはいつもアスランを後回しにした。
それがキラの甘えで、アスランもそれを知っていたから。
その苦労をキラは分かっていたのだろうか。
いや、分かっていなかったから 今また甘えているのだ。
きっとそうだ。
…そう 思わなければ、
「アスラン。」
切れるほどに握りしめた拳を労わるように ラクスはその手を包み込。
「彼女がいなければアークエンジェルは沈むでしょう。そして 彼女はきっとそれを一生悔やみ
続けますわ。」
そして自分だけ生きていることを嘆くのだろう。
誰も恨まず、自分を悔いて。
「そうでしょうね… アイツは人を責める前に自分を責める…そんな奴ですから……」
力を抜いた掌には爪の痕が赤く滲んでいる。
それを無感動に眺め下ろしながら 呟く声色には諦めの色が見えた。
「貴方の気持ちも分かります。けれど、キラ様の気持ちも分かって差し上げてください。」
彼も分かっているはずなのだ。
幼馴染の名は伊達ではない。きっとラクスよりも彼女のことを理解しているはず。
納得してしまうことを 心が拒絶しているだけで。
「…… それで、アイツが同胞を殺し続けるのを黙って見ていろと?」
「そうは言っていません。キラ様にはキラ様の事情があるということですわ。」
そんな事情は知らないと 閉ざすアスランに苦笑いする。
一体いつ、彼は彼女の"想い"に気づくのだろうかと。
「…戦争は本当に難しいものですわね。味方でなければ敵、とても悲しいことですわ。」
去る前に彼女が言ったその言葉が 何故だかずっと心に残っていた。
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すっごい誤字発見しました… ラクスは軍人じゃない……
こういうとき削除ができないのは困ります。
本編でいうところの「敵軍の歌姫」から「分かたれた道」まで。
この辺の話は元から大好きなのですよ〜vv 今回は聖母仕様に捏造。
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