聖母 −終わり−


「貴方とアスラン・ザラさんは、月にいた頃 大変仲が良かったそうですね。」


 ……どこからそんなことを聞き出してくるんだろう。

 最初にキラが思ったのはそんなことだった。




 強引でしつこくて、だから断り切れなくて。要は根負けしてしまったのだ。
 おかげで現在 こんなインタビューを受けている。
 もらった名刺の会社は聞いたことのない名前。雑誌名も同じく初めて聞いたような感じで。
 単に有名じゃないのか まだ新しいだけなのか。

 幸か不幸か、キラの頭には「タチが悪い」という分類が存在しなかった。



「ええ。母親同士が仲が良かったので。」
 質問には にこやかな作り笑顔で素直に答える。
 聖母として培った技がこんな場面でも使えるというのは 少し複雑だけれども。
「別に隠していたわけではなかったんですけど。特に言う必要もないことでしょう?」

 これは本当のことだ。
 隠していたわけじゃない。聞かれなかったから言わなかっただけで。
 今も隠し続けているのはアカツキの父親のことのみで、それ以外でウソをついたことはなかった。


「本当にそれだけですか? お二方は当時恋仲であったとの噂もあるんですが?」
 どこの噂だよ、と思わず心でツッコミを入れる。
 もちろん表面上は笑顔を張り付かせたままで。

「―――ご冗談を。」
 そしてその一言で、キラは彼の言葉を一蹴した。
「幼馴染で兄弟のように育って、いつもそばにいればそんな誤解も受けることでしょう。」

 事実、互いの気持ちにはなんとなく気づいていたし 良い雰囲気になったりしたこともある。
 でも告白というはっきりした言葉をもらったのは別れ際で、想いを通わせたのはヘリオポリスでの
 再会時だ。
 恋仲と呼べる時期はそれから1週間程度のものではないだろうか。



「ですが。」
 なおもしつこく食い下がる彼に、不意にキラの空気が変わった。

「…貴方は何をお望みなんですか?」
「え?」
 硬化させた空気を身に纏い、笑みを消した冷えた表情で。
 睨むわけではないけれど 威圧感のある視線を彼へと真っ直ぐに向ける。
「僕と彼にそういった関係があったとして? あの2人の間に波風を立てろとでも?」
「そ、それは…」
 さらに畳みかけるキラに 相手は言葉に窮した。
 彼としては予想外の指摘。
 そういう風に言われるとは思っていなかったのだ。
 彼は単に"歌姫の婚約者"のことを記事にしたかっただけで。
 だがそれは、そうとも取れることに気づいて青褪めた。

「彼は大切な幼馴染です。その彼を貶めるような発言は止めてください。」


 彼との関係を隠していたわけじゃない。
 ただ、知られることで起こることを恐れていた。

 …恐れていたのは、中途半端に広まってしまうこと。
 不特定多数に誤解を受けてしまうこと。
 そしてそのことで 真実が捻じ曲げられてしまうこと。

 1つを知ったなら10まで知って欲しい。
 けれどそんなことは事実上不可能だ。
 だから 上層部に無茶な要求を飲んでもらった。
 そうすることで守ってもらっていた。

 …できればこうなることは避けたかったのが本心ではあるけれど。
 でも、僕は君の枷にだけはなりたくないから。


「―――貴方はプラントの方でしたか。でも、約束は約束ですからね。」
「…な、何のことです?」
 何か嫌な予感がしつつも 首を傾げる相手に、けれどキラは遠慮など必要ないと それはもう極上の
 笑みで微笑む。

「…いえ。後でたっぷり後悔してください。」

 その壮絶な美しさが怖くて、記者は青褪めた表情のまま背筋を凍らせた。




 それからしばらくして、聖母は表舞台から姿を消した。
 当然彼と、彼の会社が各上層部から圧力をかけられたのは言うまでもなく。


 彼らがその後どうなったかはキラも知らない。
 知る気もなかったけれど。




*******




 ―――そのことに アスランが気づいた時にはもう全てが遅かった。


「キラは!?」

「…いないわ。もう戻ってこない。」
 姿が見えないと 駆けつけたアスランに、フレイは静かな声で告げる。
「契約なの。自分のプライベート、過去に触れる者が出た場合、聖母は表舞台から姿を消すって。」
 表舞台―――すなわち、このテトラポリスからも。
 言葉の通り、彼女はここから消えてしまった。
「……馬鹿がいたのよ。」
 語尾を履き捨てるように言う彼女も かなり悔しそうだ。
 それは彼女もまた、キラを守りたかったのに守れなかった1人だったから。

「あの子は守りたかったの、たった1つのものを。」
 ぴたりと、その唯一をフレイは指さす。
 長く細い指の 磨かれた爪の先。そこにいた自分に アスランは言葉をなくした。
「自分のせいで"貴方"の立場が脅かされないこと、その為だけに軍上層部にあんな契約させたのよ。」
「……っ」

 何も告げずに姿を消した最愛の人。
 そのことはやはりショックだったけれど。
 けれど、それ以上に…

「…キラ……」

 プロポーズじみた言葉はことごとく却下された。
 甘い雰囲気になりそうになっても、彼女にいつもはぐらかされていた。

 でも、知らないところではこんなにも…


「これがキラの貴方への気持ちよ。貴方はどう応えるつもり?」
 彼の表情を見て、フレイはふふと笑った。
 それが あまりにもスッキリしていた様子だったから。
「…ずるいな キラは。」
 アスランもくすくすと笑って返す。
「一方的に告白したまま言い逃げするなんて。」

 こんな"告白" 夢のようだ。
 彼女の想いが嬉しすぎて仕方ない。

 キラがこうして示してくれたのなら、自分も応えなくてはならない。
 会ったところで否定されてしまうかもしれないけれど。
 それは今更のこと。


「どう応えるか? ―――もちろん迎えに行く。今度は堂々と迎えに行ける立場で。」


 今度こそ、本気で

 彼女に、想いを






 数ヵ月後、アスランもテトラポリスを去り プラントへと戻った。
 ―――それから彼が最短記録で最高評議会議員から議長に選ばれるまでの、

 それはまた別の話。







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ラクスという婚約者がいる彼に、自分という存在は危険でしかないことをキラは知っていました。
だから表舞台からは降りようとしていた。
けれど平和のためには聖母が必要だったから、かなり無茶な条件を飲ませて残ったんですね。
軍上層部はたぶん必死で守ってたんじゃないでしょうか(笑)
戦後のキラの行動は基本的にアスランの為なんです。
償いにも似てますが、結局キラはアスランが一番大事なんですよ。(以上DIARYコメントより)



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