聖母 −始まりの言葉−


 "ラクス・クライン結婚!!"

 でかでかとその文字が画面に出た途端に消そうと思ってしまった。
 テレビに映る会場では、現在記者会見のセッティングが行われている。


 もうすぐあそこに彼女と、―――"彼"が座るんだな、と思って。
 腹立たしいのか悲しいのか分からない気分になる。

 けれど、彼の幸せを願って離れたのは自分だ。
 こんな気分になる方がおかしいことは分かっている。

 …ただ 感情が納得してくれないだけで。



『そろそろ時間です。あ、入ってらっしゃいました。』

 ぐるぐる考えてるうちに 画面にラクスの姿が映る。
 そして、その後ろから現れた男性に、…キラは目を疑った。

「―――え?」


 ピンポーン


 固まってしまった彼女の耳に 不意にインターホンの音が届いて。
「っはーい!」
 その音に急に現実に引き戻され、キラは慌てて応えを返す。

 視線を戻した画面には 満面の笑みを浮かべて会釈するラクスの姿。
 そして、隣の彼のことはキラもよく知っている。彼はテトラポリスの同僚だ。

「でも… どうして……?」


 ピンポーン


「! すみません! 今行きます!!」
 もう1度鳴らされたチャイムに再度慌てる。
 内容は気になるが 玄関先に相手を待たせるわけにもいかず、キラはテレビの電源は入れたままで
 踵を返した。







「……!?」
 玄関のドアを開けたキラは その場で再度固まってしまう。
 いるはずのない人が そこに立って笑っていた。

「どうして君がここに!?」

 …そこにいたのは紛れもなくアスラン、その人で。

 少しだけ長くなった髪を後ろで軽く束ねて結び、スラリと伸びた長身に 良く似合う黒のスーツ。
 悔しいけれどやっぱり見惚れるほどにカッコ良い。

 手には溢れんばかりのバラの花束。
 それを手渡され、キラが目をぱちくりさせていると、彼の手が髪にそっと触れた。


「―――キラに会いたくて、だから会いに来たんだ。」

 キラは別に居場所を隠していたわけではないけれど。
 それでも、オーブといえど 多忙なアスランがそう簡単に来れるような所でもなくて。
 キラ自身も今でこそ落ち着いているが 最初の頃は地球上を飛び回っていた。

 …キラがテトラポリスを去って1年以上。
 2人が会うのはそれ以来だ。


 彼の手が髪から頬に流れる。
 どうして良いのか分からず動けないキラはアスランにされるがままで。
 上を向かされ 穏やかな瞳とかち合うと、変わらず深く美しい翡翠色に目を奪われた。

「ラクスとの婚約も無事破棄されて、彼女も好きな人と結ばれた。」
 思わず見惚れたキラに アスランが微笑う。
「だから俺も素直になろうと思って。」
 そして 躊躇いなく彼女の頬にキスを落として。
「……っ !?」
 けれどそれで我に返ったキラは 慌てて身を離した。
 花束に隠れた顔は花の色に負けないほど赤くなっていて。

「っ でも僕は…!」
 真っ直ぐに彼を見ては言えない。
 だからバラに隠れて。

 けれど。

「知ってる。誰とも結婚する気はないんだろう? それで構わない。」
 彼の気持ちはもう揺るぎ無いもののようだった。

 不意に手を引かれ ばさりと花束が下に落ちる。
 咄嗟にもう片方の手を付いたおかげで 胸に飛び込むまではいかなかったけれど。
 それでもすぐ近くに彼の顔があって、キラの顔が再び真っ赤に染まった。

「受け取ってくれないなら振り向かせるまで。」
「アスラン…っ!?」


 それは彼からの宣戦布告。

 今までも何度かプロポーズじみたことを言われたことはあった。
 けれど これは今までのとは違う。
 今までのように 断ったらすぐ引いてくれるような、そんな甘いものじゃない。
 これが彼の、本気のプロポーズ。

 婚約という足枷がなくなったからだろうか 彼の言葉に迷いはない。


 驚きで絶句しているキラに、彼はさらに不敵に笑ってみせた。
「お前の頑固さは俺が1番よく知ってる。決めたことは絶対に曲げないことも分かってる。」

 アスランは、月にいた頃も 再会した後も含めてのことを言っているのだろう。

 自分の意志は意地でも曲げなかった。
 いつだって最後に折れるのはアスランの方。

 敵対した後だって。絶対アスランの言葉には従わなかった。
 彼を1度壊しかけてまでも、彼より世界を選んだ。


 アスランに負けたことなんて、1度もなかったのに。


「だったら俺はその上をいけば良い。」
「!?」


 でも。

 僕は彼の本気を知らなかっただけかもしれない。


「お前が応えてくれるまで、何度でも言うよ。」


 甘い声に身体が震える。
 真っ直ぐに射抜いてくる翡翠から目が逸らせずにいた。


 …これが 彼の本気。

 ―――今度は、負けるかもしれない。



「愛してる、キラ―――」



 きっとこれが、始まりの言葉







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アスラン・ザラ、本領発揮。
これは夏の話なのでアカツキは5歳になる直前ですね。(アカツキは10月生まれ)



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