聖母 −遠い2人−
会場に選ばれたのは、当然と言えるがコロニー"テトラポリス"。
パーティーはコロニーの都心部となる区画にある 行政管理の迎賓用ホテルで行われることになって
いた。
今回行われるそれは式典という堅苦しいものではなく、また集められた面々も年若い者が多い為か、
会場内はどこか楽しげな談笑の場と化している。
ただ、微妙に両陣営の間に空間があることだけが 皮肉にも最後の糸のように緊張感を守っていた。
その中で主役の1人である"歌姫"は、エスコート役の婚約者と共にステージに近い場所で時を待って
いる。
まだ、"聖母"と呼ばれる少女は姿を現していない。
彼女の方の準備が遅れているのだと 先程そっと教えられていた。
彼女が現れない―――
それに落ち着いていられないのが藍髪の美青年、もとい 歌姫の婚約者ことアスランだ。
今の状況に安堵する自分もいる。
今更会わせる顔がないから。
でも、もうすぐ会えると思えば、やはり胸は高鳴った。
「―――落ち着いて下さい。」
突然隣の少女にピシャリと咎められて、アスランははっと我に返る。
端目には分からない程度でも、洞察力に優れた彼女には気づかれてしまったらしい。
「すみません…」
申し訳無さそうに言えば、彼女は少し悪戯っぽく笑う。
「でも無理もないことですわね。もうすぐキラ様がいらっしゃるのですから。」
「……」
そんなところまでバレていたのはさすがに気恥ずかしくて。
アスランは決まり悪そうに視線を泳がせた。
「ラクス姫。」
それは言葉を発した少女の姿や声に似合わず どこか男性らしい呼び方で。
けれど気にすることなく ラクスは名を呼んだ少女の方に顔を向けた。
「すまないが もう少し待っていただけないか?」
やってきたのはオーブの姫…、もとい今はオーブ代表のカガリだった。
彼女は普段人前で見せる白い礼服ではなく、今日は若草色のドレスを身につけている。
長い裾を絡げて歩み寄る様は 豪快に見え、しかし"姫"としての気品は損なわれていないのはさすが
といおうか。
「"聖母"様はまだ?」
瞳と同じ澄んだ空色のドレスのラクスは、不快ではなく心配そうな顔をしてカガリに尋ねる。
「…ちょっと、事情が……」
対して彼女はどこか言いにくそうな、微妙な表情でそれに答えた。
それにはラクスだけでなく、隣に立つアスランも首を傾げる。
「「?」」
カガリにとってもそれは予想外のことだった。
聖母としての彼女ではない彼女の人となりを知っているからこそ余計に。
"ザフト"にここまで彼女が過剰反応するとは思わなかった。
参加者の名を聞いた途端、彼女は参加拒否を言い出したのだ。
いや、ザフトというよりこの―――藍髪の、歌姫の婚約者の名前を聞いた途端だ。
理由は知らない。
が、あれは"拒絶"や"嫌悪"というより… "恐怖"に近い気がする。
とはいえ、それはさすがに言えなくて、カガリは曖昧に言葉を濁した。
ふと 空気が変わった。
視線が1つの場所に集まっている。
いつの間にか開かれていた扉、そこに現れた少女に、人々は―――沈黙した。
腕に小さな男の子を抱いた少女は うす桃色のドレスに身を包み、燃えるような赤い髪と意志の強い
瞳でその視線を受けている。
地球側は予想と異なった姿に驚き、プラント側は聖母の姿は知らないが 声のイメージと違う姿に首
を傾げた。
プラントに声のみ知れ渡っている"慈愛の聖母"、けれど彼女は違う気がする と、誰もが直感でそう
思う。
姿を見知っているアスランやラクスに至っては 疑問に目を瞬かせている。
さらに彼女が誰であるかを知るカガリと、フラガとマリューは唖然とした。
そして、例の少女はひとつ息を吐くと、くるりとその場に背を向けた。
「キラ! いい加減観念して出てきなさい!!」
「だってこんなの聞いてない!」
彼女が叫んだ名と、聞こえた声に皆注目する。
様子が少し変だが それこそが間違いなく"彼女"の声だった。
「今更何言ってるの! 向こうはもう待ってるのよ!?」
どうしても踏み止まろうとするキラの手を引き、無理矢理引きずりだそうとする。
「キラっ!!」
フレイにはキラが何故そこまで嫌がっているのか理由が分からない。
さっきまでは本当にいつも通りだったのだ。
相手の歌姫にエスコート役の男性がいるから こちらはサイにその役をやってもらおうと、控え室で
そんな話をするまでは。
「そんなこと言われても…!」
キラはなおも逃げようと フレイの手を引きはがそうと躍起になっている。
ここまで来れたのも、フレイが手を引きサイが背中を押して逃げられないようにしていたから。
気を抜いたら走って逃げ去ってもおかしくない状態なのだ。
自分の義務を全うしようと、常に私情を押し隠してきた彼女が今更厭う理由。
"聖母"の職務を放棄してまで何を避けたがっているのか。
どこに原因があったのかフレイには分からない。
分からないから、こんなただの我儘を許す気にもなれない。
しまいにはプツンと切れた。
「っどこの子供よ アンタは! アカツキの方が良い子じゃないの! もうっ」
フレイの腕の中の幼子は最初の大声に一瞬驚いたものの その後はずっとおとなしく収まっている。
それは彼女の怒鳴り声に慣れているせいでもあるが、確かにこれではどちらが子供だか分からない。
よりによって我が子と比べられ、その子より子供だと言われてしまったキラは、さすがにぴたりと抵
抗を止めた。
「今日だけサイを貸してあげるって言ってるのよ? ―――サイに恥かかせないで。」
怯んだキラにフレイはさらに畳み掛けるように言う。
「……っ」
最後の…それはトドメの言葉。
他人に―――特に自分にとって兄同然のサイに迷惑をかけることが嫌いなキラに、それは1番効果的
なセリフで。
言葉を詰まらせたまま、葛藤しているのか固まってしまっていた。
頃合いだな と、そっとキラの後ろから離れたサイは今度は正面に立つ。
「キラ、観念しなよ。」
苦笑い気味に言って手を差し出せば、渋々ながら彼女はその手に自分のものを重ねた。
今度こそ人々の前に姿を現した"聖母"様に。
その場は再び 水を打ったように静まり返った。
ラクスと同じように瞳の色に合わせた薄い紫のドレス。
片手はサイに預けて、もう一方にはフレイから受け取った我が子を。
全ての視線を受けて その場に足を踏み入れた少女は―――
もう、子どもの顔はしていなかった。
*******
気づかなかったんだ。
彼がそこまで追いつめられていたこと。僕が追いつめていたこと。
そんな彼に、どんな顔をして会えっていうんだろう。
今更どうしてまだ愛してるなんて言える?
…だって僕は。
1度でも彼を捨ててしまったんだ。
顔を上げて、キラは1度だけ辺りに目を配る。
さっきは気が動転して感情を優先してしまった。
けれど今は頭の中を聖母としての自分に切り替え、私情より"聖母"がどうあるべきか 今どうすべき
かを最優先で考える。
そして結論に至ると、キラは真っすぐにラクス達の元へ向かった。
「遅くなって申し訳ありませんでした。」
すぐ傍まで来るとサイから手を離し、ラクスとカガリに謝罪の言葉を述べる。
その堅苦しい言葉に反して気安い印象の困った顔は それが上辺だけでないことを示していて。
2人は気にしないで良いと笑顔で返す。
そして それに対する会話はそれだけで終了し、他に何か言われることも聞かれることもなく。
深く立ち入ろうとしない彼女達にキラは心から感謝した。
準備ができたとカガリが壇上に上がり、キラはアカツキを下ろして手を繋ぐ。
2歳にして人前に慣れた子は大人しく母の足元に立ち、それに良い子だとサイが頭を撫でると嬉しそ
うにはにかんだ。
それらのやりとりに"彼"が無意識に傷ついたことに、見ていなかったキラが気づくことはなかったけ
れど。
「では、参りましょうか。」
2人の少女は笑顔で交わし、それぞれの男性の手に引かれて壇上へと足を向けた。
3人の少女と1人の少年が壇上に立つ。
太陽のように輝く金の髪の少女が中央、その彼女と向かい合い 皆に背を向けて並ぶのは桜と大地の
少女達。
そして2人の間には 小さな少年が1人。
―――それはまるで神話を描いたように非現実的な… 1枚の絵のような光景だった。
「…―――私達は永久の平和を願う。」
しんとなった会場で、カガリの声だけが高らかに響く。
壇上のみに注がれた光はその光景を神聖な儀式か何かのように感じさせ、人々は瞬きも忘れた様子で
それを見ていた。
「…私、カガリ・ユラ・アスハは永久中立国"オーブ"代表として、双方の未来を見届ける役を。」
そこまで言って、カガリが2人に目配せする。
すると2人の方も小さく笑って 手を祈る形に組むと頭を垂れた。
「私、キラ・ヤマトは"聖母"の名の下に、」
「私、ラクス・クラインは"歌姫"の名に誓い、」
「「共に歩む未来を選ぶと、誓います。」」
その宣言に笑むと、カガリは次に自分を見上げていた幼子の肩に手を置き 身を反転させて聴衆に向
けた。
そして 2人がその場に跪いて、きょとんとしているアカツキの手をそれぞれ取る。
「この子の未来が平和であるように。」
「この子の笑顔が続きますように。」
小さな手を自分の額に押し当て、目を閉じて祈る言葉は静かに溶け入り―――
それっきり音が消えた。
パチパチ…
それを打ち破ったのは1人の拍手。
紅髪の少女が発した音を皮切りに その輪は徐々に広まり、やがて会場を埋め尽くしていった。
「―――やっと平和になりましたわね。」
拍手の中、立ち上がったラクスは隣のキラに言って微笑む。
「貴方のおかげですわ。」
「そんな… プラントは貴方の力でしょう?」
キラが恐縮すると、首を振って彼女はさらに笑みを深める。
「けれどきっかけを作ったのは貴方です。私は機に乗じただけですから。」
「…僕には何の力もありません。みんなが平和を望んだから 戦争を終わらせることができたのでしょ
う。」
"聖母"や"歌姫"の言葉はほんのきっかけに過ぎない。
本当に終わらせたのは人の心。
自分達は少しその背中を押しただけだ。
「争いを始めるのが人ならば、止めるのもまた人、ですわね。」
「そう。時間はかかってしまったけれど、こうして貴方と話せる日が来て とても嬉しいです。」
3年前、初めて会ってそれきりだった2人。
言葉を交わしたのもたった数日のことだった。
あの時の約束が今こうして実現していることに、1番驚いているのは自分達かもしれない。
当時は本当に夢物語だったから。
「……可愛らしいですわね。」
言ってラクスは 今はカガリに抱き上げられている子に優しい目を向けた。
"戦争を終わらせた幼子"は今現実となって人々の前にいる。
これでプラント側の疑いも払拭され、また1歩 双方の距離は縮まることになるだろう。
幼い身で大きな役割を持つ子ども。
けれど 本人はその存在の重要さを全く知らない。
生まれた頃から他人に囲まれて過ごした彼は、母親以外に抱かれても見知らぬ者が目の前にいても
いつも通りで。
たくさんの視線を浴びても気にしない様子でカガリの言葉に喜んで笑っている。
「子どもは愛しいです。僕がここまでこれたのはアカツキがいたからなんですよ。」
母親の瞳で子どもを見つめて言うキラに、ラクスは無償の愛の存在を確かに感じることができた。
「愛してらっしゃるのですね。」
「はい。この世で1番大切な宝物です。」
はっきりと言い切る姿は"少女"ではなく。
その気持ちはいずれ自分も知ることになるのだろうかと、ラクスは心でそっと思った。
「あの子が作り出す未来は、平和なものであって欲しいですわね。」
さっきも願った言葉。
あれは全てが心から出た言葉だ。
「そうですね。その為にも僕達が頑張らなくては。」
互いににっこり笑って キラとラクスは手を取り合う。
その瞬間、待っていましたとばかりに多くのフラッシュがたかれた。
*******
どこを見ているのだろうと思った。
それは自分の婚約者を見るような優しいものじゃなくて。
何かに耐えるように苦しげで、何かを切望するように切ない、そんな表情。
自分達は照明の外にいたから それを見たのは多分俺だけだろう。
そして。
その先にいるのがキラだと気づいた時、…俺は、何故か妙に納得してしまった。
彼が、"彼"であること。
キラが今も想い続ける、あの"月の恋人"だと、不思議と確信してしまった。
「―――…イ。…サイ!」
「!?」
呼ばれて意識を現実に戻した時、件の少女が目の前にいた。
それに驚きはしたものの、思考はすぐに今度は別の場所に引き込まれる。
…どうして気づかなかったんだろう。
恋人がプラントにいるなら、その可能生だってあるはずだったのに。
アスラン・ザラ… ザフトでも屈指のエリートで あのイージスのパイロット。
最後の戦闘では隊長の身でありながら自ら戦闘に参加し アークエンジェルをあわや撃沈の危機まで
追いつめた人物。
その後は一転して 婚約者である歌姫と戦争終結に向けて尽力したと聞いているけれど。
―――キラはそのことを知っていた?
彼が彼女の"アスラン"だということを知っていた?
いつから…?
まさか 最初から―――…?
「…サイ? 大丈夫?」
あまりに反応しないことに心配になったのか、彼女が目の前で手を振り心配そうに覗き込んでくる。
そんな表情をさせるつもりはなかったから、それまでの思考を断ち切り 苦笑いと共に"大丈夫だよ"
と返した。
「……ごめん。何?」
「いや、あのさ。僕は良いからフレイのとこに行きなよって言おうと思ったんだけど。」
そのせいでボーっとしてたのかな なんて、と言ってキラは笑う。
「…え、でも艦長から頼まれてるし……」
頼むわよ と、念を押されたのはそんなに前じゃない。
有無を言わせない、ある種強制力のある口調とあの笑顔でもってすれば、彼が断れるはずもなく。
それに今日この身はフレイからキラに"貸し出し"されている。
だから 徹底してキラのエスコート役に回っていたのだけれど。
サイが言いたいことが分かったのか、キラは"でも"と言いつつ 会場の真ん中の方を指差した。
「良いの? フレイ、囲まれてるよ?」
「え!?」
がばっと弾き見れば、数人の男性に囲まれている自分の恋人がいる。
表情が見えないから 困っているのかどうかまでは分からない。
でも、それを見て心中穏やかでいられるほどサイも寛容ではなかった。
忘れていたわけではないけれど、フレイは昔からよくモテた。
彼女が付き合った男性は数知れず。それは婚約してからも変わらなくて。
彼女はその整った容姿だけでなく 雰囲気も華やかで、それが人の目を引くから。
見た途端に変わった表情を見て、くすくすとキラが笑った。
「ほら。僕は大丈夫だから。」
ポン と背中を押される。
"あの時"と一緒だ。
そう漠然と思いながら 同じように振り返って手を合わせ。
「〜〜〜悪いっ」
笑顔のキラに見送られて、サイは足早にフレイを囲む輪の中に入って行った。
「…フレイが待ってるんだから行ってあげないと、だよね☆」
「?」
笑んだままで キラは抱かれた腕の中で意味が分からず首を傾げるアカツキの頬を突付く。
「フレイはあれでサイの心を確かめてるんだってさ。」
それを知ったのはアカツキが生まれてから。
確か子育て中の雑談でだった。
だから、いつだってフレイはサイが1番で。
知らなかったとはいえフレイに悪いことしちゃったかな、と過去の出来事を思い出したりして。
「2人には幸せになって欲し―――」
「聖母様!」
「ん?」
重ねるように呼びかけられた名に振り返ると、機会を待っていたのかその男性の他にも若い人達が
わらわらと集まり あっと言う間に彼女の周りに人垣を作ってしまった。
そこにいる者はナチュラルもコーディネイターも入り混じっていて。
それはキラにも嬉しいことだったのだけれど。
ただ どうにも面と向かってその呼び名で呼ばれるのは違和感がある。
"聖母"は象徴の名であって、キラはただのキラなのだ。
…と言っても、ほとんどの人は本名の方を覚えていないのだから仕方ないのかもしれない。
「どうしたんですか?」
過ぎった思いを一瞬で吹き飛ばし、キラは最初に声をかけてきた男性に笑みを向ける。
彼は途端赤くなったようだが すぐに気を取り直して"ありがとうございます"と告げた。
「??」
それがどれのことだか分からなくて首を傾げると その反応が当然だという風に次に1つ謝って。
「聖母様、貴方のお陰で私達は目が覚めました。」
周りの表情からそれが全員の言いたかったことだとキラは知る。
「僕は何もしてないよ。」
だからこそ、正しく訂正した。
けれど、1番前にいた彼はそれに違うと首を振る。
「いえ。貴方の母親としての気持ちが、私達の心を動かしました。貴方の言葉が私達に過ちを気づか
せたのです。」
誰もが彼女の言葉に涙を流したのだと。
自分の帰りを待つ母親や恋人を思い出したのだと。
彼らはそれぞれ思いを口にする。
「ずっとお礼が言いたかった… ありがとうございます。」
それがさっきのお礼の答えだった。
「じゃあこの子に感謝しなくちゃね。」
最終的にきっかけを与えたのはこの子だから。
アカツキの柔らかい髪をくしゃりと撫でると、彼は褒められたからとニッコリ笑う。
「そうですね。ありがとう、小さな勇者君。」
歩み寄った男性が彼の小さな手と握手を交わし。
他の人々も次々に"小さな勇者"の手を取った。
終戦といえど俺達の距離は遠いな…
ほとんど反対に近い場に立って、それでもアスランの視線はずっとキラを追っていた。
隣に立つラクスのエスコートも忘れてはいないが 気がつくと彼女を見ている。
―――これは僕の想い。
そう言って微笑んだ3年前の再会の日。
彼女の想いを疑いもしなかった。
けれど今は。
…今は誰の為に その髪を伸ばしている?
「あらあら。あれでは近づけませんわね。」
いつの間にか同じ方を見ていたラクスはそう言ってアスランに意味ありげな視線を向けた。
それを キラしか見ていなかったアスランが見ることができなかったのは幸か不幸か。
「2人の感動の再会を見たかったですのに。」
本当に残念そうにするラクスに対して、やはりそちらを見ることなく アスランは自嘲の笑みを浮か
べる。
「ありませんよ、そんなものは。」
彼女の周りにいる彼らより きっと自分達は遠い。
羨ましいと思うことすら、今の自分には許されないから。
「何故? 戦争は終わりました、貴方方を隔てるものはもうありませんわ。」
確かにそうかもしれない。
想いを隠す必要はもう無いけれど。
「…隔てるものはなくても 心の壁は壊せないままですから。」
けれど。
その想いが届くことももう無いから。
さっきは視線すら合わせてもらえなかった。
言葉すら、まだ一言も交わしていない。
キラの大切なものを奪おうとした俺だから。
全てはもう手遅れなのかもしれない。
「弱気ですわね。貴方がキラ様と結ばれれば私もすぐ彼のところへ行けますのに。」
彼女にしては珍しく、憮然とした様子でそんなことを言う。
彼女は"彼"にもこんな態度を見せるのだろうか。
―――彼女は"婚約者"。
けれど実際は 互いに別の人を想いながら同盟を結んだ似た者同士。
それは自分達が次世代の希望だったからだ。
「ラクス… 婚約はいずれきちんと解消しますから。」
それでも、あと数年もすれば自分達の力でそれを破棄できる。
希望という期待を背負った自分達は、けれどそれに応えることはできない。
2人の間に子どもが生まれることは今後一切有り得ないから。
「だから貴方が心配することはありません。」
「…確かにそうですわね。でも、貴方はこれでよろしいのですか?」
見上げてくる瞳は、気持ちの奥まで見透かしているようで。
長くは見ていられず すぐに逸らしてしまった。
これで良いかと聞かれれば、もちろん良いわけがない。
けれど、だからといって。
「―――俺達はもう戻れないんです…」
彼女はもう、俺以外の誰かを選んでいるのだから。
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テトラポリス親睦パーティー編 当日会場。
ホントはギャグでした、ってその片鱗が…
アスランがキラのこととなると可笑しくなるように、キラもまた然り。似たものカップル。
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