聖母 −慈愛の言葉−


 終わらせたのは、1人の子供の叫びだった。


 <まま―――っ!!>

 戦場に大音量で木霊した幼子の声。
 その場が驚きで沈黙した。

 <何事だ!?>
 <何故このような場所で子供の声が?>
 <全周波通信だと!?>


 <まま! まま!!>
 必死なその子供の声は変わらず呼び続ける。
 両軍ともに動揺していた中で1カ所だけ、明らかに他と違う反応を示す所があった。



 <艦長!? これは!?>
 ストライクから、驚きと、切羽詰まった少女の通信が入ってくる。
 けれど、呆然としていたブリッジはその声でやっと我に返ったという状況だった。
「わ、分からないわ。 "ここ"じゃないの。」
 やっとのことで艦長―――マリューは声を絞り出す。
「キラ君、貴方、何か心当たりは?」
 <えっ?>

 相手からの逆質問。
 瞬間 1つの予想が頭を掠める。
 1つだけ、キラには心当たりがあった。



「…まさか!」
 すみません と通信を切ると、急いでキーボードに指を走らせる。

 確か緊急用に設定しておいた…




「アカツキ!」
 <! まま!!>
 途端嬉しそうな声が返ってくる。
 安心と共に脱力してしまったキラは、ふぅ、と呆れにも似たため息をついた。
 音声のみだからその姿は見えないけれど。
 今どんな状態で、どんな表情をしているのか。手に取るように分かって。
 思わず苦笑いが漏れる。

「…弄っちゃダメって言ったじゃないか。」
 部屋から緊急回線を繋げるように自分の端末を操作していた。
 けれど、それは"ここ"に繋がるようにしていただけで。
 全周波で発信するようにはしていなかったはずだった。
 …それでこうなってしまったのは偶然のものなのだろうが。
 もっときちんとロックしておくべきだったと、油断していた自分を反省した。


 <…まま、どこ?>
 次に聞こえてきたのは、少し不安げな、どこか伺うような、そんな声で。
 いつもこんな気持ちでいるのかと思ったら胸が苦しかった。
 だから、少しでも安心させたくて。

「―――大丈夫だよ。君は僕が護るから。」

 優しい声もまた、戦場に染み渡る。
 彼女の通信も全周波で外に漏れていた。
「すぐに戻るから。もう少し良い子にしててね。」

 <やだっ まま!>
 本能で何か感じ取ったのか、声が縋るようなものになる。
「アカツキ…」
 <ままっ>
「大丈夫だよ。君を残していなくなったりしないから。」
 <やだっ やだっ>
 それでも我が子は聞き入れようとしないで、涙声で訴える。



 <―――キラ君、すぐに戻りなさい。>
 唐突に入ってきた通信は苦笑いを含んだもので。
「でも…」
 <こんな状態じゃ貴方も続けられないでしょう? それに、戦闘はもう終わっているわ。>
「え?」
 周りを見れば、すべての動きが止まってしまっている。
 <早くあの子の所に行ってあげなさい。>
「…分かりました。」
 僅かに逡巡した後 頷いて、キラは機体の進路を今までと逆に向けた。



 通信の切り方を知らない為に、それからしばらく泣く子の声はずっと聞こえ。
 それと同時に母の優しい声も宇宙の闇に響く。


 ストライクが大天使の中に消えた頃、ようやく動き始めた両軍は、どちらが言うわけでもなく引
 き上げていた。
 互いに戦う気持ちなど とうに消え失せてしまい。
 自軍に戻る兵を咎める声なども聞こえず、ただ誰もが無言で。

 そしてアスラン達G4機もまた、誰も声を交わすことなくそれぞれの艦へと戻っていった。







「これは… 一体どうしたんだ?」
 事態の異常さに、アスランは顔を顰める。
 全員が泣いていた。
 MSの足元で、また壁に縋って。


「アスラン―――いえ、隊長。」
 傍に来たニコルもまた、少し目が潤んでいる。
「…相手にも 待つ人はいるんですね。」
「え?」
「あの声を聖母だと、みんな言っているんです。」
 戦場に響いた、あの美しく澄んだ慈愛の声を。
「故郷にいる母を、妻を 恋人を想ってみんな泣くんです。…僕も母を思い出してしまいました。
 きっと心配しているんだろうと。」
「ニコル…」

 自分には分からなかった。
 母はすでに亡く、最愛の恋人は敵―――その声の人で。
 聞いた時に思ったのは、彼女が母であるという驚きだけ。
 月日の長さを痛感し、淡い恋心がまた痛んだ。


「…噂以上でしたね。敵を殺さず、相手に言葉を残す地球軍の"聖母"。声を聞いた者は皆涙を流し
 て平和を唱える。」
 身をもって知ってしまった。
 きっともう戦えない。

「イザーク達の艦もおそらく同じ状況でしょう。」



 戦争を終わらせたのは 一つの幼子の声
 きっかけは、聖母のごとき慈愛の言葉







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本当に続きました。
ってゆーかこんなん有り得ない。



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