聖母 −キラの決意(補足)−


 失礼しますという声と共に、敬礼をしてマリューは中に入る。
 そこには上司であるハルバートン提督と、自分と同じ白の軍服を着た1人の女性士官がいた。
 今からの話に関係のある人物だろうか。
 というか、どこかで見たことがあるような―――…

「どうも。」
「……!?」
 言って 軽く会釈をしたその女性の顔を見て、マリューは言葉をなくした。

 癖一つない艶やかな髪を後ろに流し、穏やかな表情を見せるその瞳は大粒のアメジスト。
 少女らしい鈴のように響く声も、ふんわりと笑う柔らかな表情も。
 見慣れないせいか別人のように見えるが、その少女を自分が見間違えるはずはない。

「…キラ、君? 何故貴方がここに?」
 しかもその格好は。
 明後日 艦を去る人間が、何故、しかも軍服を。


「マリュー・ラミアス大尉。」
 思考を遮るように声をかけられ、慌てて向き直る。
「あ、はい。」
「アークエンジェルは今後しばらくは後方に回ってもらう。」
「え?」
 これは戦争の早期終結のための新造艦ではなかったのだろうか。
 それが前線ではなく後方へ?
「守りの要であるストライクにはしばらく無理をさせられないのだ。」
 何のことを言っているのだろうと思った。
 出撃できないのではなく無理をさせられないというなら機体の損傷か何かだろうか。
 でも目の前の少女は何も言っていなかったし、マードック軍曹からもそんな話は聞いていない。
 一切の説明を省かれているせいでマリューには全く言って良いほど話が見えなかった。

「パイロットが妊婦なのでね。」
「…は?」
 冗談にしては意味の分からない言葉だ。
 パイロットが妊婦?
 一体何だ それは。


 混乱しているマリューを取り残して、ふと思い出したようにハルバートンは傍らのキラの方を見
 上げた。
「それと、キラ・ヤマト君。さっき言うのを忘れていたが半年後、それから1年間 君は育児休暇
 だ。」
「育児…?」
 驚いたのはキラで、首を傾げて聞き返す。
「赤ん坊を抱えて戦場へは出れまい?」
「あ…」
 産んだらすぐに戦場に戻るつもりだった。
 でも、産まれたばかりの赤ん坊が急に自立できるわけがなかったのだ。
 まだまだ母親としての自覚が足りないなと反省する。
「短いかもしれんが、それで限界だ。最大限の譲歩として受け取ってくれ。」
「いえ。十分です。」
 無理を言ったのはこっちのはずなのに、それ以上のことを考えてくれる提督にキラは微笑んで
 心からの感謝の意を述べた。




「キラ君…」
 まだ整理していない頭で呆然として呟くと、彼女は笑みを向けてくる。
 聞きたいことは山程あっても それが上手く言葉として出てこない。
 そんなマリューの心情を察したのか、彼女の方から歩み寄り スッと手を差し出した。

「"艦長"、改めて、よろしくお願いしますね。」

 そうしてもう1度にこりと笑って言った彼女は、落ち着いていて急に大人びたようで。
 一瞬誰と話しているのだろうかと思った。


 そしてその後、マリューは提督の口から彼女がストライクの正式パイロットに、そして地球軍
 少尉になったことを聞き、再び驚いたのだった。







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提督は意外にお茶目さん(笑)



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