月と涙



 虹色の空が闇に染まり、白い月が煌々と輝きだす。
 外にいた子ども達も今は皆中に入り広間で遊んでいた。


「みなさーん、お夕食の時間ですよー」
 ラクスのよく通る声が響くと、子ども達がわーっと集まってくる。
 それぞれ与えられた仕事を始め、テーブルの周りは一段と明るい雰囲気になった。

「…あら?」
 そういえば とあることに気がついて、一番近くでスープ皿を手渡す子の名を呼ぶ。

「キラは一緒ではなかったのですか?」
 いつもは数人の子ども達に手を引かれて現れる彼が今日は見当たらない。
 首を傾げて尋ねると、その子はすぐに奥の部屋を指さした。
「お兄ちゃんならさっきお部屋にいたよ。」






 コンコン

 マルキオ導師と子ども達には先に食べるように頼んで。
 彼女自身は言われたまま寝室を訪れた。

 けれど、数回ノックしても応答がない。


「キラ?」
 不思議に思ってドアを開ければ その先は真っ暗な部屋。
 カーテンが開けられたままの窓から入る月明かりが ベッドの上の姿を映しだしていた。



「キラ。」
 静かに歩み寄って彼の顔を覗き込む。
 深い眠りに入っているのか、彼はピクリとも動かなかった。

 月明かりのせいか青白く見える顔。
 それは作りものめいて、この世のものではないような感覚にさえ陥りそうになる。


「キラ」
 今度は少し強めに呼ぶ。
 表情に浮かぶのは僅かな焦り。

 思い出すあの日の不安。
 目が覚めないかもしれないと思ったあの時の―――


「キラっ」



「―――ん… ラクス?」
 1度眉を顰めてから キラが重たそうな瞼を上げる。
 ほっと、肩から力が抜ける感覚がした。

「あ、ごめん。いつの間にか寝て―――」
 暗い室内で事態を察したキラが慌てたように起き上がって。
 そしてラクスの方を見た瞬間、ギョッとする。
「ラクス!?」
 驚いた様子であたふたしだすキラを見て どうしたのだろうとラクスは首を傾げた。
 月明かりがあるのにキラの顔がぼやけて見えることと、何か関係あるのだろうか。

「何、どうしたの? 僕 何かした??」
 言いながら 手を伸ばして頬に触れてくる。
 そしてその指から ポタリと透明な雫が零れ落ちた。

「―――…」

 ぼやけていたのは涙のせいかと。
 どこか遠いことのように思って。

「ラクス?」
「いえ… たぶん安心しただけだと…」
 不安げに見る彼に 半ば呆然としたままの口調で答えた。
「キラが、目を覚まして下さいましたから……」

 きっとそのせい。
 いつも不安を持っているから、その分余計に。


「ラクス…」
 キラがベッドを軋ませ立ち上がって、包み込むように腕を回してくる。
 背で組んだ手は身体に触れない程度の、抱きしめる一歩手前の仕種。

「うん、生きてるよ。生きてる資格なんてないかもしれないけど生きてる。」
「……っ」
 耳元で囁く声は優しくても、紡ぐ言葉は悲しい言葉で。
 ラクスは息を詰まらせる。

「でも、僕が生きてるのは僕を好きだと言ってくれる人達がいるから。―――そして、君が
 僕を必要としてくれるから。」
「キラ…?」
 顔をわずかに上げてみてもその表情は見えない。
 ただ声だけはどこまでも柔らかく優しかった。

「君が必要とする限りは…君が望む限りは、どこにも行かないから。」

 不安を打ち消すように。
 強くはなくても言葉は染み渡るように響いて。

「だから大丈夫。」
 安心して と、そうしてキラは頬に一つ キスを落とした。







---------------------------------------------------------------------


実は気に入ってます。
が、キラってばラクスが必要無いと思ったらいなくなるんですか?



BACK