歌わない歌姫


 それは唐突で、何気ない疑問。

「最近歌わないね。」
 キラがそう言いだしたのは 若い世代が集まってのティータイム。
 そういえば、とアスランも気づいたようで。
 ラクスへと視線を向けた。
「お気づきでしたか。」
 いつものように穏やかな笑みでラクスは答え。
 それに キラはほんの一瞬眉を顰めた。
 すぐに吹き消すように平常の表情に戻したから、誰も気づかない程度のものだったけれど。

「お屋敷に居た頃はいつも歌ってくれてたから。」
「そうでしたわね。」
「うん。"水の証"だっけ? 新曲だって聴かせてくれたの。アレ、すごく好きだった。」

 彼女に歌う理由を聞いたことがある。
 "歌うことが好きだから"と、ラクスは答えた。
 聴いている誰かが喜んでくれることも嬉しいけれど、歌うのはやっぱり何より歌うことが楽しい
 からと。

 毎日歌っていたよね。
 僕もたまに一緒に歌ったりして。

 本当に楽しそうに歌うから。
 僕はそんな君を見ていて癒された。
 その笑顔に救われていたよ ずっと。

「僕は君の歌が好きだよ。」

 歌う君が好きだよ。

「…どうして歌わないの?」
 真っ直ぐに彼女を見て。
 答えを待った。


「私はプラントの歌姫ですわ。」
 沈黙の後、彼女は静かに答えて。
「うん。」
 彼もまた、静かな相槌を打つ。

「プラントの人々を癒す為に歌っていました。」
「そうだね。」

「私の歌はプラント共にあります。」
「知ってる。」

「―――だから、歌わないのですわ。」

 最後の言葉にはすぐには応えず。
 しばらく黙って見つめ合う。
 何故か周りの方が緊張して息を止めてしまうほどに。
 その間に感情というものは見られない。
 本当にただじっと 互いの瞳を覗き込むような雰囲気で。


「…そう。分かった。」
 視線を外すと同時にキラがスッと立ち上がった。
 それに周りもハッと我に返る。
 2人に呑まれて全員固まってしまっていたようだ。
「答えてくれてありがとう。」
 それらを全く気にした様子もなく キラはその場を離れた。

「って何処に行くつもりだ!?」
 最初に反応したのはカガリ。
 驚いて彼女もまた立ち上がる。
 今まで キラがティータイムの途中で席を立ったことなんてなかったから。
 いつだって、最後までラクスと一緒に居たから。
「何処って部屋に戻るだけだよ。」
 何言ってるの?とでも言いたげに微笑う。
「じゃあお先に。」
 それだけ言って、さっさと居なくなってしまった。
「あ! ちょっと待てって!」
 慌ててそれをカガリが追いかけて出て行って。
 再びそこは静かになった。



「…俺、意味が分からないんだけど。」
 ぼそりと、ディアッカが言って。
「私だって。」
 隣のミリアリアが小声で返す。
「つまり、今は歌わないということですわ。」
 ディアッカとミリアリアの方を見てラクスがニコリと笑った。
 それにどきりとしてしまう。

「…キラを、怒らせてしまいましたわね。」
 ふふふと、今度は少し哀しげに微笑って 手に持っていたカップを下ろす。
 笑顔がとても冷たかったことに、気づかないはずがなかったから。
「ラクスが怒られたわけではないでしょう?」
 そう答えたのはアスラン。
「貴女は分かっていると思いますが?」
 くすりと笑って彼がそう言えば。
 ラクスもまた同じように笑み返して。

「…追いかけて行けば もう少し気が晴れたでしょうか。」
 2人が出て行った入り口を見つめる。
「こういう時、カガリさんの行動力が羨ましいですわ。」
 追いかけていったところで何も言えないけれど。
 それでも 本当は自分が彼の所に行くべき―――いや、行きたかった。
 キラのことではいつもあと1歩、彼女に敵わない。
 それがほんの少しだけ、胸にちくりと棘が刺さるように痛かった。



*******



「キラ!」
 閉まろうとした扉に強引に押し入って。
「カガリ。どうしたの?」
 何でもないように振り向いたキラにムカッとして 肩を掴んで勢いのままに突っ込んだ。
 重力が半分程度な為に、流された身体はキラの背が壁に付くまで慣性に従って進む。
「どうしたのじゃないだろ!? そんな… 苦しげな表情してるくせにっ!」
 その瞬間キラは驚いたように目を見開いていたけれど。
「言いたいことはもっと素直に言え! 隠すな!!」
 そんなことはお構いなしに 感情に任せて力いっぱい怒鳴っていた。


「―――早く平和にしたいね。」
 けれど 返ってきた声はとても静かで。
 カガリは何を言われたのか一瞬分からなかった。
「ラクスがまた、好きな時に歌えるような、そんな世界に。」
「キラ…?」
「"平和の歌を歌う"ことでラクスが"歌"を犠牲にしたのなら。」

 彼女が歌うのはプラントの為。
 けれど プラントを護る為に―――戦争を終わらせる為に プラントを敵にしてしまったから。
 "歌"は歌えない。
 誰も耳を傾けてはくれないから。
 だから彼女が今言葉にするのは、"平和の歌"だけ。


「…悔しいね。」
「何が?」
 手を離して、隣に並んだカガリが顔を覗き込んでくる。
 そんな彼女に少し自嘲を含んだ笑みを見せて。
「彼女の覚悟は彼女から1番好きなものを奪って。でも、僕は力になれなくて…」

 彼女の言葉は真実。
 けれど同時に心を偽るものでもあって。

 歌わない、歌えない理由。
 確かにそれは正しいけれど。
 無理に納得させようとしてるでしょう?
 気づいてるんだ。

「だから怒ったんだ。自分の不甲斐無さに。」

 気づかなかったんだ、彼女が歌わなくなったことに。
 自分のことにいっぱいで、気づいてやれなかったんだ。
 彼女はいつだって僕を癒してくれたのに。
 僕は彼女に何もできていない。


「僕が出来ることって 1つくらいしかないよね。」
「ひとつ?」
「…やっぱり 一刻も早く平和な世界にすることでしょ?」
 彼女に歌を取り戻させる為には。
 本当の笑顔を取り戻す為には。
「僕にはこれしかないから。」
 自分の両手をかざして眺める。
 MSの操縦桿を握る、この手しか。僕にはない。
「この身で彼女が望む世界にできるなら。戦争でしか役に立たないこの能力も使ってみせるよ。」

 人の飽くなき欲望の果て。
 そんな力でさえも、彼女の為になら。

「"戦争でしか"って… 何のことを言ってるんだ?」
「何でもないよ。」
 即座に答えて笑みで誤魔化して。
 カガリは知らなくて良い。
 …誰も 知らなくて良い。


「カガリ、ラクスに伝言頼んでいい?」
 僕は戻れないからさ。
「は?」
「"ごめん"と "大丈夫"って。」
「??」
「言えば分かってくれるから。大丈夫。」
 首を傾げて考え込む彼女に笑いながら言って。
 背中をそっと押して 部屋の外へと送り出した。
「よろしくね。」
「あっ こら!」
 返事を待たずに扉は閉まってしまう。

「まったく…」
 髪をかきあげ呆れた息を吐き出すも。
「まぁ、少しでも吐き出させただけ良いか。」
 そしてくるりと背を向けた。







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カガリ出張り気味? てか長っ



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