浮気目撃☆(ラクスvsフレイ)
時が、止まる。
彼の姿を見た瞬間に。
まさかこんな所で会えるなんて思わなかった。
どうしてもキラに来て欲しかった今日の撮影。
けれど先約があるのを知っていたから言い出せなくて。
だから、"運命"だと、信じてしまいそうになる。
撮影が行われている公園に、キラの姿を見つけた。
互いにかなり距離があったけれど、まるで当たり前のように目が合って。
彼も笑顔で軽く手をあげると、躊躇いなくこちらへやって来る。
一応ここは撮影現場で、関係者以外立ち入れない場所にラクスはいて。
実際他の野次馬のような一般人は 線を引かれた外から撮影の光景を眺めている。
けれど、キラはそれらを全く気にしない。
慣れた様子で周囲と挨拶を交わしつつ ラクスの所に難無く辿り着いた。
「屋外で撮影ってここだったんだ。」
言い出せなかったから場所は告げていなかった。
本当にたまたまここへ来ただけなのだと キラは驚いて言う。
「引き合うのかもしれませんわね。」
そう言ったら、そうかもしれないと キラも笑って認めてくれた。
ちょっとしたことで今撮影は中断していて、ラクスにもキラと話す時間は十分にあった。
だから、マネージャーに彼の分の椅子を用意してもらおうと呼ぼうとした時に。
「…ねぇ、キラ。」
控え目に 彼の隣からかけられた言葉にラクスはそちらを向く。
ひょっこりと顔を出したのは、赤い髪の 同年くらいの可愛らしい少女だった。
彼女はキラの腕にピッタリとくっ付いている。
いわゆるカップルがよくやるような腕組み。
自分ですら外ではできないことを、彼女は当然のようにそうしていた。
しかもそれにキラは嫌がった様子も見せていない。
「……今日は部の用事があったのでは?」
固い声でキラの顔を伺う。
キラが浮気をするような人ではないことはよく分かっているけれど。
どう見ても、これは。
疑わない方が不思議だ。
「あ、うん。だから数人毎に分かれて買い出しをね。」
この公園は近道だから通ったんだよ、と。
キラの様子から誤魔化しではないことは明白だけれど。
「そう、ですか。」
けれど ラクスの目線はその隣に向いて。
それに気づいたキラは、あぁ と、隣の少女を見た。
「部の後輩のフレイだよ。」
そしてほら、と彼女を促す。
「…ハジメマシテ。ラクス先輩。」
刺があるのは気のせいではないだろう。
「こちらこそ。」
差し出した手に笑顔で応えて握り返す。
とりあえず今は お互い彼の前だから大人しい。
「キラ。早く行きましょう? これ以上は邪魔になってしまうわ。」
組んだ腕を引いて促すと、キラもそうだね。と返してしまった。
「ごめん ラクス。じゃあまた明日、学校で。」
明日、その言葉は少し寂しい。
いつもなら終わるまで待ってくれる彼が、今日は随分あっさりしていて。
仕方ないことだと思ってはいるけれど。
「では先輩。今日1日 キラをお借りしますね。」
クスクスと、ラクスから見れば悪意でもこもっていそうな笑みで。
勝ち誇ったようなもの言いの少女にはさすがにカチンときた。
明らかに私の勝ちだと言わんばかりの。
この組み合わせもきっと彼女が何かしたに違いない。
"先輩"ではなく"キラ"と呼ぶ時点で、その魂胆は分かりきっている。
でも、キラは。
公にはまだ言えないけれど、私が好きなのは。
だから。
これは譲れない。
「―――少し時間をくれませんか?」
キラが背を向ける前に、笑顔でそう言った。
「?」
当然2人共不思議そうな視線を投げかけてきて。
けれどラクスはさらに笑顔を深めただけ。
「実はこのCMのイメージの男性がいないのです。でも キラならきっと合うと思いますわ。」
本当はラクスの相手役は彼女の恋人―――キラをイメージして作られたこのCM。
だから来て欲しかったし、ラクスも引き受けた。
撮影が中断してしまったのは、何度撮っても監督が納得いかないから。
「ただ立って、私を受け止めてくだされば良いんです。」
「ん、良いよ。」
キラは特に考える様子もなく答えた。
「キラ!?」
驚いたのはフレイだ。
まさかここでそう言われるとは思っていなかった。
「待つのが嫌なら先に行ってて。」
ただそれだけ言って、もうフレイの存在はなかったかのように彼女とともに行ってしまった。
「15分後に撮影再開だ。急げ!」
キラの登場で急に現場は慌ただしくなり。
キラも椅子に座らされて早速メイクされている。
「ありがとうございます。」
そのすぐ横でラクスは嬉しそうにしていて。
「ラクスの為だから。」
君の頼みは断らないよ。とキラは微笑み付きで言ってくれた。
ラクスの言った通り、キラにはほとんど演技が要らないので 自然な動作で指示された場所に
立つ。
彼女の方も準備は整ったようで。
そして、撮影は開始された。
噴水の前で人を待つラクス。
そこに聞こえる足音、パッと顔を上げて振り向く。
思い描いていた人がそこにいて笑っている。
嬉しさに表情を笑顔に変えて、彼女は走りだす。
そして、腕を広げて待っている彼の元へ。
胸に飛び込んだところで、撮影は終わり。
監督が満足げにカットと叫んで。
あれだけ進まなかった撮影が、たった1回で終わってしまった。
「やっぱり彼だと良い顔するよなぁ」
思わず見入ってしまっていたスタッフが、同じく撮影に意識を奪われていたもう1人に呟く。
「恋してますって、明らかで可愛いんだよね。あれで恋人じゃないって不思議だ。」
「だって婚約者いるんだろ? ザラ家の。」
世間一般的にはアスランとラクスの婚約は周知の事実。
経済界の未来を担う2人を知らない者はそういない。
「あ、そうだっけ。」
けれど この世界ではあまり意識されていないようで。
いくら周りがそう騒いでいても、目の前の彼女を見慣れている彼らにとっては現実感が薄い。
「…あのぉ、彼が出るのって初めてじゃないんですか?」
彼らの話を聞いていたのか、赤毛の少女が覗き込むようにして尋ねてきた。
「え、ああ。」
唐突に声をかけられて多少驚いたものの、さっきキラと一緒にいた子だと認識したので一般は
立入禁止区域でも咎めはしない。
「恋人役って言ったらたいてい彼だよ。」
「業界じゃけっこう有名。この前出した新曲のプロモにも出てるし。」
親切にいろいろ教えてくれた。
"彼女の自然な笑顔を見たいなら彼を使え"
いつの間にかそれが一般的になっていて。
キラの方も特に抵抗しないものだから。
「…また出演依頼増えそうだな。」
監督にまで礼を言われ恐縮している様子のキラを見ながら、彼らは苦笑いを零す。
「このまま芸能界入りしちまえば良いのに。」
見た目だけで十分売れそうだし。
ラクスのファンから彼は何者だと事務所に問い合わせが来たこともあるという。
顔は見えないのに隠れたファンがいるという噂も。
「でもラクスちゃんが恋人役以外で使わせるか?」
「あぁ それは確かに。この前の撮影で、メイク係だったっけ?」
その時の様子を思い出したのか、2人は複雑そうに笑う。
少し誰かへの同情も含めて。
「そうそう。夕食誘ったって聞いた途端だ。」
「笑顔のままで "私もご一緒させていただきます。" だもんな。女の戦いって怖い怖い。」
普段は癒しの歌声を持つ天使のはずの彼女が、その時は修羅か何かのように見えたのはここだけ
の話。
「でも彼の方はラクスちゃんも一緒だと思ってたんだろ?」
その時の第一声が "あれ? ラクスも一緒にって意味じゃなかったの?" で。
それにはひやひやしていた周りも脱力してしまった。
「見かけは良いのにどこか天然だよな。」
彼らの話を途中までは聞いていたけれど、なかなか終わりそうになかったので簡単に礼を言って
立ち去った。
「今回は私の負けね。」
見せつけるつもりが裏目に出たみたい。
でも 諦めないから。
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意外に難産。
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