私の王子様
歌番組の生出演と新曲の紹介、今日の仕事はそれで終わり。
そして明日は約1ヶ月ぶりのオフ。
久しぶりに「彼」に会えると思ったら胸が弾んだ。
この後 マネージャーが彼の家まで送って行ってくれる。
今日は彼のお母様から夕食に呼ばれていた。
「ラクスちゃん!」
楽屋を後にして駐車場に向かっている時に、不意に呼び止められる。
振り向くと それはさっき出演していた番組で隣に座っていた男性だった。
金に近い茶髪にコバルトブルーの瞳、歳は自分と同じでそのせいかわりと気軽に話せる人。
自分に話しかけてくる人はそういないので印象に残っている。
「リオ様。」
彼は今人気上昇中のアイドルグループのリーダー。
先月出した3rdシングルは初登場で1位。そして今なお10位以内にくい込んでいるという凄さ。
メンバーの中でも彼は1番人気があって、今度ドラマで主役をやると聞いている。
「どうかなさいましたか?」
立ち止まって 走ってくる彼を待った。
本当はすぐに帰りたかったけれど それは相手に失礼だろうと思って。
彼はラクスの一歩前で立ち止まる。
彼は背が高いので ラクスは少し見上げる形になる。
「今日はもう終わり?」
「ええ。リオ様もですか?」
彼の笑顔に応えてラクスも穏やかな笑みを返した。
その返答は彼の予想する通りだったらしく、嬉しさを隠そうともしないで彼は笑みを深める。
「うん、そうなんだ。それで―――」
さり気なく彼女の手を取った。
「ねぇ、それなら今から一緒に食事しない? 夜景が綺麗な場所があるんだけど。」
「え?」
「君と もう少し仲良くなりたいんだ。」
取った彼女の手の甲にキスをする。
いくら彼女が天然と言われていようが それで意味がわからないはずはない。
彼女を見れば当惑したような表情をしていた。
今まで断った女性はいなかった。
彼は今 男性で人気No.1、ラクスと対等でいられる数少ない人物で。
彼女も断るはずはないという確信があった。
そう思ったからこそ 声をかけたのだから。
けれど彼女にはそれになびく心も まして迷うなんてこともなかった。
握られていた手を 失礼のないようそっと離す。
「今日は先約がありますから。ご遠慮させていただきますわ。」
優雅な仕種で丁寧にお辞儀をして断りの言葉を告げた。
それに驚いたのは相手の方で。
でもすぐに気を取り直す。
「君の為に予約したんだ。そっち、断れない?」
信じられなくてなお誘いをかける。
焦っている様子は見せないようにして。
「そういうわけにも参りませんわ。」
けれど彼女の答えは否定。
せっかく1ヶ月ぶりに会えますのに。
何故彼を断って他の方と食事などしなくてはならないのでしょう。
彼女の心の声は残念ながら 目の前の相手には通じなかった。
「…その相手って誰? 俺よりイイ男?」
前髪をかき上げて 彼女を少し見下ろすように見る。
プライドを傷つけられたせいか、態度にも声音にも余裕のない そして怒気を隠さない様子が見え
た。
それでも諦めないのは意地になっているからだろうか。
その問いに 彼女は少し困ったような表情をする。
「それは―――…」
「そうですよ。」
ラクスが答える前に 彼女の後ろから声がかかった。
その聞き覚えのある声に驚いているうちに その人物は2人の間に割って入る。
「キ…」
ラ、と続けようとした言葉は唇に当てられた人差し指で制された。
悪戯を思いついたようなその仕種にラクスはくすりと笑う。
久しぶりなのに、そんな気がしない。
でも離れていた分 この胸の気持ちは溢れそうで。
彼女を守るように腕の後ろに隠して、彼は誰もが見惚れるような微笑みを相手に向けた。
「そろそろ返していただけませんか? 時間がそうあるわけでもないんです。」
言い方はやんわりと、けれどそれにはさっさと消えろ的な強制力がある。
しかしそれで引くくらいなら相手も元から話しかけたりなどしない。
「…お前が相手?」
挑戦的に睨み返してリオは告げた。
そうして値踏みでもするかのように彼をじっと見る。
確かに普通よりは整った顔立ちをしている。
容姿はむしろこちらが負けているというべきか。そう納得できるほどではある。
けれどアイドルの自分に比べれば。
どんなに華やかさがあっても美人系であろうとも、相手は一般人だ。
アイドルの中でもトップである彼女や自分と対等であるとは思えないし、そんな相手に負けるとは
思いたくない。
「違いますよ。僕は彼女が遅いので迎えに来ただけです。」
マネージャーのダコスタさんに頼まれて。
リオの考えはあっさりと否定された。
「じゃあ…」
その相手は誰なんだ?
そう言おうとした。
「……アスラン。知ってますか?」
「!!」
その名前を聞いてさっと顔が青褪める。
―――アスラン・ザラ。
あの大物政治家パトリック・ザラを父に持つ、そして目の前の彼女 ラクス・クラインの婚約者。
彼の反応に満足したように、キラはニッコリと笑った。
「どちらが優先か、分かりますよね?」
自分の婚約者と、たまたま共演した相手。
勝てるはずがない。
「では 彼女は返してもらいます。」
「…私、アスランと約束した覚えはありませんけど。」
珍しく拗ねたような、納得いかない声。
車のドアを開けて彼女をエスコートしながら、キラは苦笑った。
「だって。僕よりアスランの方が説得力あるから。」
そう答えたら、彼女は少し眉を顰めて それを隠すように車の奥へと乗り込む。
その様子に、キラはかなり怒らせてしまったなと思って 彼女を宥める言葉を探した。
本当は彼女の恋人は僕だって言いたいけれど。
でも彼女は僕が独り占めして良い人でもなくて。言える立場でもなくて。
僕は何の力もないから。
でもアスランの名前は知られているし、世間的には彼女の婚約者だし。
勝手にアスランの利用したのは悪いけど、彼女を守るためだから許してくれると思う。
「機嫌直して。ね?」
後部座席に2人仲良く並んで座ると、ラクスは彼の肩に頭をもたげる。
僅かな振動を伝えて車は進みだした。
「…今日はキラと約束があるからお断りしましたのに。」
ポツリと、表情を隠したままでラクスが漏らす。
あの場で自分のものだと言ってくだされば良かったのに。
自分はそれを望んでいた。
私が選んだのはキラなのだから。
でもキラは首を横に振る。
「ダメだよ。それを言ったら君のイメージが落ちる。君は、」
「そんなこと構いません。」
キラの言葉を遮れば、彼は困ったような表情を向けた。
「私はキラが良いのです。キラ以外は嫌です。」
きっぱりと 今度は目を見て言った。
彼はとても困ったような顔をしている。
分かっているけれど。キラは誰より私を大切に思っていること。
だからこれは困らせるだけだと分かっているけれど。
でも私も貴方が好きなのですわ。
「…僕は君が好きだよ。でも、まだ僕は子どもだから。」
必死な表情の自分の姿を紫の瞳に映して彼は告げた。
「もう少し待ってて。大人になったらすぐ君を迎えに行くから。」
そうして滅多にしないキスを額に贈る。
頬を少し赤くして、キラは笑った。
「だからもう機嫌を直して? 1ヶ月ぶりなのに僕はまだラクスが笑った顔を見てないよ。」
でも彼女はパッと下を向いてその顔を隠す。
「…ラクス?」
「―――私が 貴方の笑顔に弱いこと、知っててやってらっしゃるでしょう?」
彼のその表情を見た時点ですでに顔が真っ赤になっていた。
不意打ち過ぎて今は彼が見れない。
ぎゅっと彼の服を掴んで、高鳴る心臓を一生懸命抑える。
「キラには勝てません…」
そう言ったら、彼はクスクス笑って今度は頬にキスしてくれた。
今夜はラクスの好きなグラタンだって。と付け加えて。
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キラは賊(他の男)に襲われ(ナンパされ)かけた姫(ラクス)を助ける王子様(恋人)v
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