42話後妄想
自分の腕の中で涙を流す少女の髪を 優しく撫でる。
「お父様…っ」
震える声で呟く声は消え入りそうで。
キラは胸が締め付けられるように痛かった。
どんなに気丈に振る舞っていても彼女はまだ16歳だ。
父親の死が悲しいはずがない。
けれど 戦いが始まれば彼女はまた、感情を押し殺してしまうだろう。
彼女は人の心が分かる人、だから自分を隠してしまう。
彼女は先が見えてしまう人、だから自分がすべきことを何より優先させる。
――だけど。
今だけは 好きなだけ泣いて欲しい。
今は誰も見ていないから。
君が望むならいつでも、いつまでも僕はこうしていてあげるから。
「…ごめんなさい……」
どれくらい経ったのかは分からない。
不意に彼女が離れて自分を見た。
「もう、大丈夫です。」
まだ潤んでいる瞳はあまり平気そうには見えないけれど。
彼女がそう言うのなら、自分は何も言わない。
「うん。分かった」
それ以上の言葉は要らない。
僕が何を言ってもそれは意味を為さないから。
軽く言った無責任な言葉が 相手を後にでも傷つけてしまうことを、僕は知っているから。
だから微笑んでみせる。
「みんなの所に行こうか。」
手を差し出すとラクスはその手を取ってふわりと笑んだ。
「はい。」
護るよ。君は僕が護る。
君の悲しみは全部受け止めるから。
君の望みは全部 叶える努力をするから。
だからそのまま微笑っていて。
いつの間にか自分の手から離れたラクスは、先を行きながら楽しそうに浮いている。
そういえば 最初に話した時もそうだった。
フワフワと、どこまでも自由で。
どこまでも自分らしく、僕にはそう見えた。
あの時伸ばした手は避けられてしまって。
思えば あの時の僕は何をしたかったんだろう。
「――――…」
今度もまた惹かれるように手を伸ばすと、今度は簡単に掴むことができて。
軽く彼女を引き寄せると 後ろから抱きすくめる形にすっぽりと収まってしまった。
ちょっと驚いている様子だったけれど、彼女は抵抗もせずに僕に身体を預けてきた。
「…キラ?」
「ラクス、君は女の子だよ。」
「…?」
不思議そうに彼女は見上げる。
「無理はしないで。辛い時はいつでもここに来て。」
驚きに見開かれた瞳にキラは苦笑う。
「ラクスが望むなら、だけどね。」
「キラ…?」
その身を離して 手だけを繋ぐとキラは先へと進みだす。
答えは期待していなかったから。
「……」
何を思ったか、突然ラクスは握られた手をするりと離して、同時に腕へと滑り込ませる。
そして彼の隣に並ぶと彼女はにっこり微笑んだ。
「ありがとう、キラ。」
戸惑い気味のキラにはお構い無しに、ラクスは組んだ腕に力を込める。
「私もここに居たいですわ…」
貴方の隣に。
愛しげに頭をすり寄せると、キラは優しく手を置いた。
「うん。いつでも空けて待っておくから。」
ここは君だけのものだよ…
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キラにとってラクスは「アスランの婚約者」なのです。
だから遠慮がち。
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