>--epilogue:もう大丈夫だよ--<






「―――やっと戻ってきたな。」

 怒られると思ったのに、彼からもらったのは安堵したような笑みとその言葉だった。













 ディセンベルにあるザフト軍本部。
 イザークも今日はそちらに顔を出していると聞いて、キラはサラを連れ アスランにくっつい
 て来た。
 戻って来たのなら彼には絶対会わなくてはと思ったのだ。
 いつも迷惑をかけ続けていた、それでもいなくなった自分を探そうとしてくれた 優しい人。
 他の誰を差し置いても彼にだけは と。
 そう、思って。

 本当は先に隊のみんなに挨拶をしてからイザークには会いに行こうと思っていたのだけれど。
 偶然通路で黒服の男性数人と話しているのを見つけた。



「イザーク!」
 その姿を認めた瞬間 思わず走りだしそうになるけれど、それは慌てたアスランに腕を掴まれ
 止められる。
「キラ! サラを落とす気か!」
「あ…」
 そう怒鳴られて サラを抱いたままだったことをすっかり忘れていた自分に気づいて。
 ごめんと謝ったら 思いっきり呆れた顔で溜め息をつかれてしまった。

 なんだか僕なんかよりアスランの方がずっと親らしい気がする。
 半年も一人で頑張ったのに…と思ったりもするけれど、こういうのは性格の問題なのかもしれ
 ない。




「元気そうだな。」
 アスランとそうこうしているうちにイザークの方がこっちに来てくれた。
 綺麗に切り揃えた銀糸は変わらず涼しげで、アスランと同じく大人っぽくなった顔付きはます
 ます美人に磨きをかけている。
 顔良し、頭良し、性格も良し。こんな彼がフリーだなんてホントに勿体ない。
 …というのを思っても言わないのは、その原因が自分にあることを知っているからだけど。

「久しぶりだね。君は元気にしてた?」
 実はアスランのことをシンに聞くと同様に、彼の近況はディアッカに聞いている。
 ジュール隊の隊長殿はあいも変わらず他人にも自分にも厳しく周りに檄を飛ばし続けている、
 と。
 でもそれも見ていれば分かるから 単に挨拶のつもりだった。
「そうだな―――誰かさんのおかげで心労は絶えなかったが 一応。」
 彼にしてみればちょっとした意趣返しだったのだろう。けれど、返された軽口はさっくりとキ
 ラの胸を刺す。
 今のはちょっと笑って流せない言葉だった。
「……ごめん。」
 自分の軽率な発言に自分で凹む。

 アスランとの問題に彼まで巻き込んで心配かけたのは事実。
 散々迷惑だけをかけておいて、もらった優しさには何も返してあげられない。
 だから彼はきっと怒っているのだろう… ずっとそう思っていた。

 なのに。

「さっきのは冗談だ、別に謝る必要はない。精神的にもボロボロだった貴様にあの選択は必要
 だったのだろう? それに、俺が苛立っていたのは支えにもならなかった自分自身にだ。キラ
 が気に病むことはない。」
 イザークもまた、キラを許してくれていた。
 そして不安に思っていたこと全てを否定してくれた後、彼はどこか安堵したように柔らかに笑
 う。

「―――やっと戻ってきたな。」
 彼の気持ちはその言葉に全て含まれていると思った。
 同時に彼の中で何かの決着がついたような気がするのも、気のせいではないと思う。

「もう大丈夫なんだろう?」
 それは確認のための問いかけだ。

 ずっと不安定だった。そしてその不安定な部分がイザークとの関係にも曖昧さを与えてしまっ
 ていた。
 でも今は、その問いに自信を持って答えられる。
 僕は居場所を見つけたから。

「―――う……わっ!?」
「俺がどこにも行かせはしない。」
 頷こうとする彼女の言葉を遮り、さらにアスランはサラごとキラを腕に収めてしまう。
 彼女は自分のものだと言わんばかりのその態度。けれど、それに真っ先に反応したのはイザー
 クではなくキラの方だった。
「アスランッ」
 まさかそこでそういう行動に出るとは予想していなかったキラは 真っ赤になって抵抗を始め
 る。
 …が、やはり敵うはずがなく、ならばと視線でイザークに助けを求めてみたけれど彼は気づか
 なかったらしい。
「フン。貴様にしては上出来か。」
 そんな風に言って、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「キラ。」
 不意に彼が未だアスランの腕の中にいるキラの顎を掬う。
 ある意味アヤシイ構図だけれど、至近距離で見るとやっぱり綺麗な顔だなぁと暢気に考えてい
 るキラには周りからどんな風に見えているかも分かっていなかった。 
「ヤツに飽きたら俺のところに来い。母子一緒に受け入れてやる。」
「気遣いは無用だ。キラは誰にも渡さない。―――それがたとえイザーク、君でも。」
 キラが言葉の意味を理解するよりも早く、アスランがイザークの手を強く払う。
 人のものに気安く触れるなとでも言いたげな雰囲気に イザークの片眉がピクリと跳ね上がっ
 た。
「…ほぉ。言うじゃないか。」
 キラの頭上で静かに火花が散る。
 一応ここは通路のど真ん中のはずだけれど、それを気にする2人ではないし キラも今更言う
 気はない。

「……。変わってないなぁ…」
 ケンカするほど仲が良いとは言うけれど。
 なんだか懐かしい光景にキラが呆れて溜め息を零した時だった。



「…あれ? キラさん!」
 パタパタと駆け寄ってきたのは紅服を着たシンだ。
 仮にもここはザフト本部。にも関わらず 彼の襟元はいつも通り開いたままで、よく怒られな
 いなぁと思ってしまうのは自分の考えが古いせいだろうか。
「シン。久しぶり。」
「って、2週間前に会ったばかりでしょうが。」
 頭上の剣呑な空気を完全に無視して明るく挨拶を返せば、シンからは呆れた顔で素早いツッコ
 ミが入る。
 "2週間"という言葉にアスランとイザークが固まった気配がしたけれど、面倒なのでそれも無
 視することにした。
「隊長が迎えに行くと言ってたからそろそろかなと思ったんですよ。」
「あはは。ただいま。」
「おかえり、キラさん。それと、サラも。」
 彼が手を伸ばして頬をつつくと サラは両手を広げてシンの方へ行こうとする。
 それが抱っこをねだるポーズだと心得ているシンは笑って彼女の頭を撫でた。
「お、サラ。覚えててくれたんだな。」
 ものすごく嬉しそうな顔で彼が抱え上げたのを止めもせず、キラも当たり前のように彼女を預
 ける。
 シンがサラを抱っこするのは初めてではないし、サラもシンには懐いているから安心して預け
 ることができた。



「…アスランと同じ髪に同じ瞳、か。これでは疑いようもないな。」
 シンとじゃれている子を見ながらイザークがぼそりと零す。
 それにキラは顔を上げてくすりと笑った。
「本当にね。自分の子かなって僕の方が疑っちゃうくらい。」
 確かにお腹を痛めて産んだのに、ついそう思ってしまうくらいサラはアスランにそっくりで。
「少しくらい僕に似てくれても良かったのに。」
 そう言いつつも顔が緩んでしまうのは、本当はちゃんと分かっているからだ。
 あの子は間違いなく2人の子だということを。

「―――貴様の勝ちだな。」
「イザーク…?」
 今の言葉はキラに向けられたものじゃない。
 現に彼は 今の間も結局キラを離さなかったアスランを見ている。
「負けを認めるのは癪だが キラとあの子どもに免じて認めてやる。」
 正直に言ってキラには何のことだかさっぱり分からなかったのだけれど。
 でもそれを受けたアスランが小さく笑って"分かった"と言っていたから心配する必要はないと
 思って何も言わずにいた。






「…そろそろ会議の時間だな。」
 左手首のデジタルウォッチで確認したイザークが別れの時を告げる。
 まだ物足りない気がして寂しいけれど今度からはいつでも会えるし、もう少し話したいと我儘
 は言えなかった。
「大変だな、イザーク。」
「何を言っている。貴様も出る会議だろうが。」
 心底他人事のように言ったアスランに馬鹿がと言い捨て、早く行くぞと彼を促す。
 露骨に嫌そうな顔をした彼は 次に名案が浮かんだという風にイザークの肩を叩いて。
「…じゃあ俺は欠席と連絡を」
「できるか! …全く。貴様はここに何しに来てるんだ。」
 怒鳴られてチッと舌打ちをしても相手は知らんぷり。
 しかし値は真面目なアスランのこと、ダメだと分かるとあっさり引き下がった。


「仕方ない…… シン、会議が終わったら迎えに来るからそれまでキラを頼む。」
 キラを会議にまで連れて行くわけにはいかない。けれどよく知らない者にキラを任せたくもな
 い。
 となると、矛先はすぐ傍の部下へ向くのも当然の話。
「は!? ちょっと待ってくださいよ!? 俺まだ仕事が…」
 サラと遊んでいたシンは案の定驚いてがばっと顔を上げて叫んだ。
 シンはアカデミー同期生の中では群を抜いた実力の持ち主で、ついこの間ザフトの最新機"デ
 ステニー"を受け取ったばかりでもある。
 本来ならここでのんびりしているのもおかしく、彼自身も少ししたら仕事に戻るつもりだった
 のだろう。
 そんなわけで他より忙しいはずの彼を、会議の間だけとはいえそんな風に使えばどうなるか。
 アスランは隊長なのだし、そんなことは重々承知…のはずだ。
「ああ大丈夫だ。こちらから話は通しておく。」
「あ! ちょっと、隊長!?」
 けれどアスランはあっさり言って、返事も待たずにイザークと顔を並べて行ってしまった。





「…そりゃ隊長が話を通せば通るだろうけどさ。その後の埋め合わせは誰がすると思ってんだ
 よ……」
 俺だよ!とブツブツ文句を呟いている彼を覗き込みながら キラは申し訳ない気持ちになる。
 迷惑がかかると分かっていながら キラもアスランを止めることができなかった。
「ごめんね、シン。きっと僕一人じゃ行けないトコも多いからだと思う。」
 キラは軍を退役した身だ。もう自由にこの中を歩き回るわけにはいかない。
 ニコルも軍を去った後にここを訪れたことはなかったし、だからキラも己の立場はよく理解し
 ていた。
「あ! いえ!! キラさんが謝ることでは…… 俺もサラともっと遊びたかったから。だから気
 にしないでください!」
 しゅんとなったキラにシンは慌てて弁解する。
 それがあんまり必死な様子だったから、「ありがとう」と小さく笑って伝えた。
 そうしたら照れたのか戸惑うその表情が可愛くて。言うと拗ねると分かっていたけどつい「可
 愛い」と言ってしまった。








「んー 会議ってどれくらいで終わるのかな?」
「知りませんよ。」
「……まだ怒ってるの? さっきのはごめんって言ったじゃないか。って、だから置いてかない
 でって!!」







「今日の会議は楽そうだ。」
「―――もちろん、イザークも協力してくれるんだろう?」
「…良いだろう。半分で終わらせる。」
「可能範囲内だ。」








 サラ、この時 生後6ヶ月。

 彼女が想い人を手に入れるのは まだずっと先のお話―――






   END...?







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シンにはあってイザークになかったので。補足に近いです。
本編はこれで終わりです。お暇な方は↓へ。

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