契約それは 僕が君の傍に在る為に…
どんなに好きでも どんなに一緒に居たくても 僕達は子どもで まだ 無力で だから いつまでもこのままじゃいられない 思いだけじゃ何もできない 「好き」なだけじゃ傍には居られない でも受け入れられるほど大人じゃない 僕達は子どもだから 子どもだから何もできなくて 子どもだから受け入れられなくて 中途半端な僕達は 目の前の気持ちだけを信じてる ****** 脇のテーブルの上で振動しながら携帯が鳴る。 「電話、だ…」 朦朧とする意識の中で聞こえた機械音に、熱い吐息で呟いてキラは手を伸ばす。 けれど手に取る直前で それはもう1人の手によって奪われ電源を切られた。 「今は 俺だけを見て…」 「…っ ぁ」 行き場をなくしていた伸ばした手を彼の大きな手で絡め取られて。 そのまま受け入れたキスは深くても優しかった。 そうして真っ直ぐに見つめてくる瞳にはもう涙はない。 「キラ… 愛してる…」 囁きとともに耳にかかる熱い息でキラの身体はビクンと震える。 「……――――」 また熱の中へ意識を飛ばされていく中で キラは小さな声を聞いた。 ゴメン… そう言われた気がした―――… 外の人工的な薄明かりが室内を照らす。 それは目の前のものしか見えないほどで、薄暗かった空は 今は黒で塗り潰されていた。 (……?) いつの間にか眠ってしまったようで、キラには途切れる直前の記憶がない。 ついでに今の状況もよく分かっていなかった。 そして導かれるようにふと開いた瞳に映ったのは 見慣れた自分のリビングの天井。 でもそれを頭で理解したのも数回瞬きをした後のこと。 「―――…」 覚醒はあまり気分が良いものじゃなかった。 素肌に触れる毛布は温かいけれど少しチクチクして。 頭は重く、身体全体をなにか強い力で押さえつけられているようで。 全身を襲う疲労感と倦怠感は少しくらい寝ても治るものではなかったようだ。 けれど、それも目の前で眠っている人の顔を見るまで。 まだ少しあどけない寝顔、今はあの厳しかった表情は見えない。 深い眠りの中にいるようで 少し身じろぎしたくらいでは彼は微動だにしなくて。 「久しぶりだね…」 応えを期待しない言葉を呟いて微かに笑う。 同じ布団の中でこうしてよく眠った。 小さい頃からの勝手知った距離。 この温かい腕の中で目を覚ますのも昔から変わらない。 身体は成長しても僕達は僕達のままだった。 「今 何時くらいかな…」 アスランを起こさないようにそっと身を起こして 下に落ちていた自分のシャツを羽織る。 「どうりで広いと思ったら… 背もたれ、倒してあるんだ…」 暗いから気づかなかったけれど、いつもそこにあるはずの場所が空を切って知った。 この毛布も背もたれもアスランがしてくれたのだろう。 僕にはその辺の記憶がないから。 明かりを1番暗いものに調整して ついでにそのリモコンの横の携帯を手に取る。 さっき電話が鳴っていたのを思い出したからだ。 「レノアさん、か…」 アスランに切られた電源を入れて履歴を確認して ぽつりと呟く。 まぁ当然のことかなと納得した。 アスランがいなくなって探すなら 僕の所に連絡が来てもおかしくない。 僕らの仲の良さを彼女は知っているし、すぐに連絡が取れるようにと互いの番号も教えあって いた。 だからアスランも僕の母さんの番号を知っている。 それくらい、僕らの関係は近くて。 昔はどちらの家も僕らの"家"だった。 レノアさんのことは好きだから。 あまり心配をかけたくない。 それにそんなに遅い時間でもないから迷惑にはならないと思って。 彼女にだけは連絡した方が良いかなと判断してソファを抜け出した。 「…っ!?」 けれど、立ち上がった途端にがくんと膝が落ちて床に倒れこみそうになる。 それをテーブルで支えて何とか踏み留めて。 「…った…っ」 下腹部の違和感と痛みはまだ引いていなかった。本来なら立ち上がることすらできないほどの ものなのだろう。 でもアスランを起こしてしまうわけにはいかなかったから。 身体を引きずるようにして自分の部屋へ向かう。 痛いけど、辛いけどしかたない。 ―――何回、なんて覚えてない。 でもそれも僕自身にはあまり関係なかった。 僕に関係あったのは、アスランが涙を止めてくれるかどうかだけだったから。 アスランの悲しみを受け入れたかった。 少しでも分かち合いたいと、半分請け負いたいと、そう思っていたから。 「でも… もう少し加減して欲しかったかな…」 苦笑いの言葉は誰にも聞かれることはなかったけれど。 <あら、キラ君。どうしたの?> 自室のベッドに座り込んで 着歴から彼女の携帯を呼び出す。 そして数回のコール音を聞いた後に聞こえてきたのは いつもの明るい声で。 それにキラはくすりと笑った。 「知ってると思うんですけど、一応教えた方が良いかなって思ったんで。」 <ああ、アスランね? …貴方には迷惑かけたみたいね。> 声は明るくてもすまなそうにしている雰囲気が読み取れる。 それに慌ててキラは首を振った。 「気にしないで下さい! だって… 僕とアスランはそんなこと気にする仲でもないですし。」 "いつでも来て良いよ"って言ったのは僕。 「それに、アスランが頼ってくれて、嬉しかったから。」 思い詰めて、その時に選んでくれたのが僕で、本当に嬉しかった。 不謹慎だけど、嬉しかったんだ。 <キラ君、あのね… ―――!!> 「…? レノアさん?」 途中で彼女の声が途切れてキラは困惑する。 向こう側で何か言い争っているような声が聞こえて。 内容は遠くて分からないけれど 次に聞こえてきた声を聞いた途端に 緊張に顔が強ばっていく のが分かった。 次に電話に出たのはレノアさんじゃなかった。 <あの馬鹿はそこで何をしている!?> 「おじ、さん…」 反射的に出てきた言葉も固く低い。 <屋敷を抜け出すなど、一体何を考えている!?> 「っ!!」 疲労感とだるさのおかげで怒鳴る気力も体力もないのは幸いだった。 閉じこめたのはそっちじゃないか! と叫ぶところだったけど、そんな声は今出せない。 一息ついて気を落ち着かせると、キラは愛想の良い声を出す。 ―――…それはもう ある意味挑戦的に。 「そんなに心配なさらなくてもアスランは元気です。」 <心配などしていない。> 「そうですか?」 何処までも柔らかに。 胸の奥に静かな怒りを燃やしているなど、キラをあまり知らない彼が気づくはずもなく。 <もちろんだ。> フンと笑って 相手はそれはそうと、と切り出した。 <さっき 電話をかけた時は出もせずに切られてしまったな。> しかもその後は一切繋がらなかった。 「あ、あれっておじさんだったんですか。」 彼女からだと思っていたのは 本当はこの人からだったようだ。 僕の連絡先を知っているのはレノアさんだけだ。もしくは自分だと警戒されるからとでも思っ たのだろう。 変な所には頭が働く、とかなり失礼な言葉が脳裏を過ぎった。 でもそれを気にするほど今の自分は優しくない。 「あの時は アスランがまだ落ち着いていなかったので、下手に外部との接触は避けたかったん です。」 本当はアスランが切ったのだが。そんなことは億尾も出さずに白々しく言い放つ。 「…レノアさんならそれくらい分かってくれると思ったので。」 向こうがぐっと詰まった気配がした。 現に彼女は全く心配はしていなくて。 その後 気を取り直すような咳払いが聞こえた。 <今は?> 「やっと さっき落ち着いてくれて、今は寝てます。」 嘘八百。でもそんな様子は微塵も見せない。 今寝てるのは事実だし。 <だが… たかが結婚で逃げ出すなど あの馬鹿は何を考えているのか…> 「…そう、ですね。」 ため息混じりのその言葉にはキラは素直に同意した。 確かにそうだとキラも思う。 いくらショックでも それくらいであそこまでアスランが取り乱すのはおかしい。 結婚なんて、いずれはそうなると分かりきっていたことだし。 まだ納得してはいなかったようだけれど、受け入れてはいたように見えた。 アスランは他の子より考え方が大人だ。 感情より先に先を見越して考えることができる、そんな人。 それは僕がよく知ってる。 だからこそ、アスランのことをよく知っているからこそあの態度は不思議だった。 そうなると、考えられるのは1つ。 「…何か、他に言ったんですか?」 そう、考えられる原因はただ1つ。この人の存在。 沈黙と彼の微かに笑う声が聞こえた。 <―――君に会うなと言った。> 「!」 <君はアスランを惑わす。だからもう会うなとな。> 「…親友でいるなら傍にいても良いと、あの契約はどうしたんですか。」 12の時にキラとパトリックとの間に交わされた契約。 それは2人の仲を危惧した彼がもう近づくなと言った時、キラが持ち出したものだ。 "親友であれば問題ないんでしょう?" そう言った時のキラは 年相応には見えず。 アスランの前で見せる彼とも違っていて。 様々な条件のもとでパトリックは契約を結ばされたのだった。 そして、そのやり取りをアスランは知らない。 <だが あやつが君に特別な想いを抱いているのは知っているのだろう?> 「…ええ。だから冗談と流してきたんじゃないですか。」 傍にいるために。 自分の気持ちを隠し、また相手の気持ちも受け入れるわけにもいかなかった。 苦しかったよ。 伝えられないことも、受け入れられないことも。 でも全ては君の傍にいるため。 親友でいれば、僕らはずっと一緒にいられたから。 だからずっと我慢してきたのに。 それで保ってきた均衡を崩したのはこの人なんだ。 相手が子どもだからとあっさり約束を破った。 込み上げてきた静かな怒りに キラは意地の悪い笑みを口元に浮かべた。 そっちがそう来るなら僕にも考えがある。 「―――じゃああの契約はもう無効ですか?」 <そういうことだな。> 思った通りの返答。 それこそこちらの思うツボ。 後悔してももう遅いですからね。 自分が何故あんな契約をしたのか、忘れたんですか? 「…なら、僕がアスランを浚って逃げても文句無いですよね?」 <!? 何を言っている!?> 案の定 焦った声が返ってくる。 「もう親友でいる必要はないんでしょう? だったら僕は遠慮しない。」 僕を本気にさせたのはおじさんだからね。 それであの時も負かされたの忘れた? <まだたかだか16の子どもがどこまで逃げられる。> 強がりとも馬鹿にしているともとれる言葉。 けれどキラは動じない。 「―――見つかったらアスランを殺して僕も死ぬ。」 淡々として述べられたとんでもない言葉に さすがのパトリックも一瞬声をなくした。 まるでなんでもないことのように彼は告げたのだ。 相手の方が思わず動揺してしまう。 <何を馬鹿な…っ> 「それくらい本気ってことです。」 それが脅しじゃないことを相手は知っている。 躊躇いなく殺されかけたことを忘れたとは言わせない。 いや、忘れていたとしても きっと相手も思い出していることだろう。 「アスランが僕がいないと幸せになれないと言ってくれたように、僕もアスランがいない世界 に意味はない。一緒に死んだ方が幸せです。」 その声に感情はない。 顔が見えない分それは恐ろしく感じる。 「おじさんは子ども子どもと言うけど、だからこそできることもあるんですよ。」 感情のままに。 多少の無茶も平気でできる。 「でも僕達も何も知らないわけじゃない。自分が置かれた立場も知ってるし、今回のことだっ て頭では理解してます。」 そう、アスランだって分かってる。 彼が分からないはずはない。 「ただ、感情が追いつかないだけです。」 頭では理解していても 感情がコントロールできない。 中途半端な僕達。 でも、だからこそ。 「―――契約破棄と言ったのはおじさんですからね。」 くすりと笑う。 勝利を確信したように。 「どうしますか? 結婚の件、考えてくださるなら 今回は数日アスランを預かるだけにします けど?」 相手の悔しがる様子が目に浮かぶ。 それに笑みを深めた。 <…面倒なことを。> 「そちらが妙なことをするからですよ。自業自得です。」 しばらく後に聞こえた 疲れた様子の返答に、キラは笑顔で応えた。 <さっきはごめんなさいね。> 愛用のノートPCの通信画面に映るのは苦笑いを浮かべた女性。 「いえ。僕も結構言いたい放題言いましたから。」 相手はレノアさん。アスランとよく似た、とってもキレイな人。 母さんにアドレス聞いたのだと言って さっきこちらの端末に連絡を入れてくれた。 <今回のことは… 私も居なかったから対応が遅れたのよ。> 後悔と少しばかりの悔しさと、含ませた表情と声。 彼女は本当にアスランを大切に思っている。彼女がアスランに求めているのは自由。 だから、僕はレノアさんが好き。 アスランのお母さんだからじゃなくて彼女が好きだと言える。 「でも 結局は流れたことになるんですから良いんじゃないですか?」 悪いのはレノアさんじゃない。 そんな表情はして欲しくなくて。 だからそうおどけて言ったら相手は笑った。 <ホント、さっきは面白いものを見せてもらったわ。私 あんなに慌てたパトリックは初めて 見たもの。> ちょっとスッキリしたような言い方。 後ろで僕らのやり取りを聞いていたらしくて、電話が切れる直前に小さな笑い声が聞こえてい た。 <頑固親父には良い薬よ。頭固いんだもの。> それには苦笑いするほか無かった。 <…ねぇキラ君。> 「何ですか?」 突然落とされたトーンに、キラは首を傾げる。 少し伺うような表情をされた。 <キラ君さえ良ければ… あの子の気が済むまでそこにいさせてやってくれないかしら。> 「…? それは かまいませんけど…?」 肯定の言葉を述べつつも 何故という問いを言外に投げかけた。 <これ、アスランの初めてのワガママなのよ。だから。> 最初で最後かもしれないじゃない?と彼女は笑った。 アスランは聡い子で、昔から我が儘だとか弱音だとか、そういうことを言わない子で。 親に反抗した行動を見せたのはこれが初めてだった。 キラすら あんな風に感情を露にした彼を見たのは初めてだったのだから。 <…もしもの時は駆け落ちしても良いわよ。協力するわ。> その言葉は本気なのか冗談なのか。 キラには今ひとつ読めなくて。 「最後の手段ですけどね。」 曖昧に笑っておいた。 薄暗い室内を足音を立てないように歩いて、彼が眠る場所に近付く。 なるべく揺らさないようにしてソファに腰掛けて彼の髪をそっと撫でた。 「僕を選んでくれてありがとう。」 君の言葉、本当に嬉しかったから。 頬に軽く口づけを落として彼の腕の中に潜り込む。 「おやすみ」 そう言って目を閉じた。 僕に君を守らせて 守られてばかりじゃ嫌だから 君が好きだよ もう隠さない―――… --------------------------------------------------------------------- アスキラの最大の敵はラクスではなくザラ氏だと思う私。(ラクスは協力者だもんv) そのせいか扱い悪い…(苦笑) 前回のムードぶち壊して、ちょっとシリアスから外れている気もしますが… 本人シリアスを目指したんですけど。キラが黒くなってしまったので… 少し方向が… ちなみに書きたかったのは電話です。アスランに電源を切ってもらいたかった、それだけ(死) ザラ氏との会話は まぁ物のついでというか。 アスランは別にラクスとの結婚が嫌で逃げたんじゃないよ、と。いずれ破棄するつもりだったのだし。 彼が嫌だったのは、キラと会えないこと。きっと会えばキラをどうにかするとでも言われたのでしょう。 12の時キラは一体何をしでかしたのか… それは秘密ですv(笑) 冒頭の文から内容が外れた気もしますが。 でもこれはキラの独白でもアスランとキラのことを言っているので。 事実として理解している「大人」の部分と。事実でも受け入れられない「子ども」の部分と。 今回のことがただの一時凌ぎなのはキラも分かっています。やっぱり自分は無力だから。 今のキラにできるのは「目の前の気持ちだけを信じて」、できることを精一杯すること。 子どもの自分も大人の自分も使えるだけ使って、アスランの傍にいる。 彼を受け入れてしまったから、キラはもう後に引く気はないのです。