親友

それが 僕が守ってきた最後の砦…




 着ている物が長袖に変わって、生地も厚くなって久しい。
 強い風が吹くわけじゃないけど ちょっと温度下げすぎじゃないかと思うくらいには寒い。
 だから早く家に帰って温まろうと、足早に自分の家の門をくぐった。


 1人暮らしにも随分慣れて、今では家事も得意になった。
 とはいっても、ほとんどが自動化されたこの時代にはそんなに難しいことでもないけれど。
 上手くなったのは料理くらいか。



「―――あれ?」
 門をくぐって初めて気がついたのだけれど、玄関の前に佇む人影があった。
 久しぶり、と言えるほど最近は会わなかったその人。
 でも後ろ姿だけでもすぐに分かる。
 濃い藍色の髪、それは夜の空の色。大好きな色。

「アスラン!」

 驚いて駆け寄ったけれど、彼は何の反応も示さなくて。
 彼の顔を覗き込んでみる。
 その瞳は虚ろで、何も映してはいなかった。
「アスラン…?」
 見たこともない彼の様子にキラは少しおろおろする。
 そして、握った手が氷のように冷たいことに気づいて慌てた。
「いつからココに居たのさ!? とりあえず中に入って!」













 今だ何も言わない彼の背中を押して、キラは無理矢理家の中へ連れて入った。

 リビングの暖房を少し暑めに設定した後、ソファの上に投げ捨てられた布団を乱雑に畳んで端
 に置く。
 最近はここで課題を済ませてそのまま寝ることが多かったから、他のベッドの布団類はクリー
 ニングから持ち帰ってそのままだった。
 その中に厚手の毛布があったのを思い出して彼を振り返る。
「アスラン、そこ座ってて。」
 まずは彼の身体を温めることが最優先だ。
 一言言いおいて足早に奥の部屋へ入っていった。






「……」
 急いで戻ってきて、そしてキラは深いため息をつく。
 アスランは先ほどと全く変わらない姿で立っていた。
 仕方なく 毛布をソファの背凭れにかけて キラは彼のもとに寄る。
「アスラン。座らないと毛布が掛けられないよ。」
 困ったように言っても彼は何の反応も示さない。

「アスラン…?」
 顔にかかった髪を耳に掛けてやる。
 泣いてるのかと思ったけど違ったみたいだ。
「どうしたの? 何かあった?」
 それにやっと反応があって、彼は顔を上げた。
 その迷い子のような目にキラは戸惑う。
「…?」
 こんな弱々しい彼は初めてで。余程のことがあったんだとは思う。
 だけど彼は何も言わない。


 見つめられて見つめ返して。どれくらい経っただろう。
 実際はそんなに長い時間じゃなかったのかもしれないけれど。
 でも、とても長く感じた。


 不意にアスランの手が伸びて頬に触れてくる。
 …その掌はやっぱり氷のように冷たくて。
 キラはハッと我に返った。
「ご、ごめんっ! すぐ毛布…っ」
 けれど、目を逸らそうとして逸らせなかった。
 両の手で顔を包み込まれて自分の視界にはアスランしか入らない。
 吸い込まれそうなほど深い深い緑色をした綺麗な瞳。
 暗く沈んで輝きがなくてもその色は美しかった。

 アスランの顔がゆっくり近づいてきてもただ見惚れているしかなくて。
 抗う間もなく口付けられていた。

 軽く触れあうだけのキスなら昔遊びで何度かやったことがある。
 だけどこんな感覚は知らない。
 息ができないほど深くて、僅かに離れた隙に声を出そうとしたけれど そんな間もなくまた塞
 がれて。
 入り込んでくるそれから逃げようと身を引こうとしても、いつの間にか後頭部にまわされてい
 た手に押さえつけられて簡単に絡め取られた。
 もう片方の腕は腰をきつく抱き寄せている。
 逃げることなんてかなわなかった。
「……っ」
 深いキスは回数を増す毎に激しくなっていき、ぼうっとした頭は何も考えられなくなる。
 そんな中で自分にできるのは、途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止めることだけだった。




 ようやく解放された時には息は完全に上がっていて肩が上下する。
 絞り出すように発した言葉はけれど音にならなくて。
 熱で浮かされ潤んだ瞳で彼を見上げた。
 自分を見つめるその表情には、哀しみと怒りとが入り混じっている。
 誰に、何に向けられたものかはわからないけど。

 今日のアスランは見たことない姿ばかりを見せる。
 いけないことだけど、それが少し嬉しくて、そしてそんな顔も綺麗だなと思った。

「キラ…」
 微かに震えた声で紡がれた最初の言葉はそれ。
 次の瞬間には彼の姿が視界から消えて、苦しいほど強く体を抱きしめられていた。
「嫌だ…」
「…?」
 何が、と聞く前に次の言葉は告げられた。
「ラクスとの結婚が決まった…」
「!」
「正式に発表されるまでと部屋に軟禁されて… 納得いかなくて逃げ出した。」
 アスランの腕に込める力が強くなったけど痛いとは言えなかった。
「気が付いたらここにいた… 他に浮かばなかった……」

 昔はともかく、アスランとアスランのお母さんがお父さんのいる屋敷に戻ってから、
 そして僕が1人暮らしを始めてから。
 2つの家の距離は決して近いとは言えなくなった。
 無意識で来れるほどの距離じゃない。どうやって来たのかふと心配になった。
 けれど、そんな不安も吹き飛ばすほど今のアスランの様子はおかしくて。

「嫌だ… 俺はキラ以外認めたくない…っ!」
 子供のワガママみたいだった。
 もちろんそんなことをアスランは1度も言ったことがなくて。
 驚いたけれど、逆に冷静になる自分がいた。

「―――でも、みんなは君とラクスを祝福するよ?」
 だって君らは希望の光。
 選ばれた人達。
「そんなことどうだって良い! 俺が好きなのはキラだけだ!!」
「っ」
 言葉を失うと同時に目を見開く。

 はっきり言われたのはそれが初めてだった。
 …いつも 僕が逃げてたから。
 冗談として流してて、アスランもそれを受け入れていた。

 僕達は親友だ。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 変わっちゃいけないんだ。

「…こうなることはアスランだって分かってたはずだよ?」
 いつもとは逆で キラが言い聞かせるような口調で言う。
 確かに婚約した時に分かりきってたことだ。
 ただその時期が早まっただけ。
「だから今の言葉は聞かなかったことに…」
「させない。」
「アスラ…っ」
 でも、抗議の声は聞き入れてくれない。
「何度だって言う。俺はキラが好きだ。他の誰も愛せない。―――…キラじゃないと、ダメな
 んだ……」

 愛が降ってくる。
 切なくて胸が痛かった。

「ラクスとはいずれ婚約を解消するつもりだった。お互い愛せないことは分かっていたから。
 父はそれを知ってこんな手に出たんだと思う…」

 僕達は無力だ。
 まだ守られてる立場だから。
 大人には逆らえない。

「…でも、おじさんは君のことを考えてラクスを選んだんだろう? ラクスとなら幸せになれる
 よ、きっと。」
「…… それ… 本気で言っているのか?」
 声が幾分低いものに変わって無意識にびくりと身体が震える。
 身体を少し離されて見えた その瞳に宿す怒りの向く先が、変わっていた。
「ラクスとなら幸せになれるって…? 本気で?」
 そう、怒りを向けられているのは僕。
 信じられないといった様子でアスランは見ている。
「少なくとも、周りはそう思ってる。」
 その中には自分も含まれていると、わざと淡々とした口調で告げることで伝えた。

「…っ!」
 途端カッとなったアスランはキラの肩を掴むと強引にソファに押し倒す。
 普段それをベッド代わりに使うといっても、ソファベッドという名であっても、硬いのには変
 わりはなくて、強かに背中を打ちつけられたキラは痛みに小さな呻き声をあげた。
 覆い被さるようにしてアスランはキラの身体を挟み込み、苦痛に歪んだ表情で彼を見下ろす。
「幸せになんて…っ! なれるわけがないだろう!?」
 強くて儚くて、痛みを伴った言葉。
「お前無しで俺が生きていけるわけないじゃないか!」
 狂おしいほどの感情を彼はぶつけてくる。

 痛いよ、アスラン。
 君の心が痛い。


 ポタリ、

 不意に キラの頬に水滴が落ちてきた。
「え…?」
 今までと意味の違った驚きでキラの目が見開かれる。

 彼が――― 泣いていたのだ。

 アスランの涙、濁りなく透明でアスランみたいだな、と思う。
 その涙をキラは拭いてあげたかったけれど、それはアスランに押さえつけられているせいでで
 きなかった。
 …彼は泣いていることに気づいているのだろうか。

「アスラン… どうしてそんなことを言うの?」
 心を落ち着けて欲しかった。
 掴まれた腕が痛かったからじゃない。
 アスランが、今にもきつく噛んだ自身の唇を傷つけそうだったから。
「僕は傍にいるよ。お互い別の人を選んでも、君と僕が親友であることには変わりはない。」
 なのに、どうしてそんな悲しい顔するんだろう。
 まるで永遠の別れみたいだよ。

「別の…?」
 けれど彼が反応したのは別の場所で。
「痛…っ」
 痺れた腕は血の気も失せ、感覚も半分失っていた。
「俺が欲しいのは親友じゃない…」
 じゃあ何、とは聞けない。
 それは聞いてはいけないこと。
 全部崩れてしまう。今までのことが全部なくなってしまう。
 けれど、それも時間の問題な気がした。

「他の誰かなんて許さない…っ」
「アスラン! ダメ…っ …んっ!」
 続きの言葉は唇で塞がれた。
 今度はそんなに長いものではなかったけれど、呼吸を奪うのには十分で。息が乱れる。
「ア、ス…っ」
 苦し紛れに呼んで顔を上げれば、目の前の瞳はまだ涙を流していて。
 綺麗だけど心は痛かった。
 泣かせたのは僕だから。
 どうやったら涙を止めてくれるだろう、それだけを考えていた。


 突然押さえつけられていた力がなくなって、耳元で名を幾度か囁かれる。
 その甘い声に身を震わせ、頬と首筋にかかる彼の髪がくすぐったく感じて。
 だけどそれはすぐに戸惑いに変わった。
「…っ」
 耳にかかっていた吐息が下へと下がっていって、首の中ほどでラインに沿って這っていた唇が
 止まる。
 襲ってきた感覚にキラは声にならない声をあげ、きつく吸い上げられたそこには赤い痕が残っ
 た。
 右手だけで器用に外されていくシャツのボタン。
 降りていく唇と服の隙間に差し入れられた手にさすがに驚いて制止の声をあげた。
「アスラン!」
 留めようとアスランの頭を押さえる。
 けれどしっとりと濡れた頬に触れて 力はあっさり緩んだ。

 小さな声で紡がれるのは僕の名前。
 それは僅かに震えて嗚咽が混じった音で呟かれる、呪文のような短い単語。

 彼が求めているのは僕
 彼の涙は僕のせい
 自惚れてるわけじゃない
 ただ伝わってきた感情を受け止めただけ


 他に方法を知らなかった。
 だから全身の力を抜いて全てを彼に委ねた。




 逃れようと思えばできたかもしれない。
 でもそんな気は起きなかった。

 本当は君の気持ち、ずっと前から知ってたんだ。
 そして僕もずっと君が好きだった。

 それをわざとはぐらかしていたのは「親友」という関係を崩したくなかったから。
 君には未来があって、僕は君の隣には立てないから。
 傍にいるには親友でいるしかなかった。
 その線を越えたら戻れないことは分かってたから。

 でも今君を受け入れたのは、僕は君の涙を止める方法を知らないから。
 いつも慰めてもらうのは僕で、どうすれば良いか分からないから。
 涙を止めて欲しくて、でも何もできなくて。
 僕ができるのはただ、君の全てを受け入れることだけで。

 けれど。
 それで君が涙を止めてくれるのなら、好きにしてかまわない。



 僕達は親友だった。
 今この瞬間までは――――…






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実は最後の2行が書きたくて考えた話。(最後の独白も好きですが)
だから"そういう"描写はけっこう避けてマス。
そこが書きたかったわけじゃないし、生々しいのは書けないから(いや、書いてどうするよ)
ちなみにソファベッドは私の部屋にあるやつです。けっこう役立ちます。

今回ちょっと大人っぽい考えのキラ君(16)。実はアスランよリ精神年齢上。
甘えている彼も本物だけど、アスランには隠している部分があるのです。
今回は、取り乱してるアスランの為に ちょっとそんな大人な部分を前に出した感じ。
てかさ。君らどうなのよ、って気がしませんか?
承諾無しにやろうとするアスラン(それって強姦)と、同情で受け入れようとするキラ。
…にも取れそうで私的にヤバイと思いました。

そして。
覚え書きに書いた表現が無い理由は。
…実は続きます(何)
パトリックさんとレノアさんを出そうかな、と。
あと、キラの本性(ちょっと違う)
その後の話には、ほのぼのアスキラ、朝の新婚風景気味を。(シリアスじゃなかったんかい!)
とりあえずそこまで考えてます。



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