ペンダントの秘密


「マリューさん。」
 艦長室で一人考え事をしている時に来室者を知らせる音がして。
 承諾するとひょっこり顔を出したのは、今はエターナルにいるはずの彼だった。

「あら、キラ君。どうしたの?」
 3艦の主要メンバーが集まって話し合ったのはほんの1時間ほど前のこと。
 何か伝え忘れでもあったのだろうか。

「…これ、マリューさんのですよね。」
 けれど、前までやってきた彼は用件を言う代わりに手の中にあったものを差し出す。
 思わず胸元を押さえて、いつも触れるそれの感触がないことに初めて気づいた。

 バラの浮き彫りが施された銀のロケットペンダント。
 垂れた細い鎖が机に触れて音を出す。

「…鎖が切れたのね……」
 苦笑いしながら彼から受け取ると、ひび割れて壊れた一つを外してから再び輪にする。

 手に馴染む重さと感触。
 あの日からいつも自分と共に在った。
 感傷の為でなく背中を押してもらう為に これを握りしめるようになったのはいつからだろう。


 お礼を言おうと顔を上げて、その彼が一点をじっと見つめているのに気が付いた。
「なんだか気になるって顔してるわよ?」
 少しからかうように笑って言えば、彼は途端あたふたしだす。
「す、すみませ…っ そんなつもりじゃ…!」
 最近すっかり大人びてしまった彼の、久々に少年らしい姿を見てほっとしたような気分になっ
 た。
 どんなに雰囲気が変わっても彼は彼のままだ。

「聞く?」
 立っている彼を下から覗き込むようにして見つめる。
 別に自分はどちらでも構わない。
「……」
 数秒硬直した後、さらに十数秒唸ってから、彼はコクンと頷いた。

「正直でよろしい。」
「…っ!」
 マリューの言葉に真っ赤になった彼はそれを隠すように俯いてしまって。
 それが愛しいほどに可愛くかったから。
 くすくす笑いながら、彼を備え付けのソファへ促した。




「予想通りって思われるかもしれないけど… 彼は昔の恋人。」
 久しぶりに開いたそれには、今より少し若い自分と一人の青年の写真がはめ込まれていた。
 見ているとあの頃の声がよみがえるけれど、悲しくはなくて ただ懐かしい。

「真面目でお堅くて、軍人の鏡みたいな人だったわね。」
 ムゥとは正反対ね、と言って笑うとキラも複雑そうに笑みを返す。
 否定はできないらしい。

「ただ、第一印象は最悪だったわ。だいたい今時"女のくせに"はないと思わない?」

 第一声で「何故女が軍艦にいるんだ!?」と怒鳴られて。
 カチンときて反論したら、女は守られてれば良いんだ。なんて言われて。
 どんな馬鹿かと思った。

「…でもね、初めてだったの。"そういう"対象で私を見なかった人って。」

 男はみんなそういう見方しかできないって思っていたから。
 無躾に見て来なくても雰囲気で分かった。
 中身を見ずに外見だけで判断して近寄ってくる。
 今までの男はみんなそうだった。

 でも、彼だけは。
 最初はあんな風に言っていたけど、実力を認めてくれれば一人の軍人として接してくれたから。
 女は男が護るものだって思い込みは結局消えなかったけれど。


「同じ階級で会う機会も多かったからよく話したわ。最初はケンカしながら…でもだんだん仲
 良くなっていって。」

 好きになったのはいつ?
 告白はどちらからだったかしら…?

 話せば話すほど思い出が溢れてくる。
 どんなに何気無いこともちゃんと覚えている。
 でも思い出を引き出して話していても、痛みはもうない。
 今は優しいだけだから。


「行動が不器用な人だったから、その代わりに何かある度に花を贈ってくれたわね。」
 人前ではキスすらしてくれなかった彼に、「だったら花を頂戴」と言ったのは自分。
 それから花は彼の愛情表現となった。
 呆れるほどに、たくさんの花をもらった気がする。


「彼は本当に真面目な人で、責任感も強い人で、だから……」
 MAパイロットに志願したと聞いた時は本当に驚いて。
 同じ艦にいたから会う機会は変わらなかったけれど、それでも違う道に進んでしまった彼に
 いつも不安を抱いていた。

「―――このロケットは、出撃前に彼がくれたものよ。」


 最後に会ったのは出撃前の格納庫。
 いつもと同じ光景だけれど、その時は言いようのない不安が胸を占めていて。
 そんな私に彼はお護り代わりにとこのロケットペンダントを渡した。

 "護るから。君のいるこの艦は絶対落とさせない。"

 2人きりの場所以外で初めて彼がくれたキスは、何故その時だけとさらに不安を煽ったけれど。
 彼が照れたように笑うから。

 "帰ってきたら渡したい物があるんだ…"

 そう言って 見せたこともないほど優しく微笑んだから。


「結婚しよう…って、言ってくれたの。嬉しかった。」
 不安を吹き飛ばされるほど。
 その瞬間が、今まで生きてきた中で一番幸せだった。


 でも。
 その約束は果たされることなく。

 彼は私の所に帰ってきてはくれなかった。


「軍人だもの、そういう可能性があるってことくらい分かってはいたけど。受け入れられるまで
 時間はかかったわね。」

 微笑んだ彼の顔が忘れられなくて。
 彼がくれた言葉がずっと耳に残っていて。

 軍人だから人前で涙を晒すことはしなかったけれど。
 1人で眠る夜に 涙が枯れるまで泣いた。

 夢を見るから、眠らなくても良いように忙しくしたこともあった。
 思い出すから彼に関するものを全部、奥に隠してしまった。
 忘れたくても忘れられなくて、色の欠けた日々を長い間過ごして。

 ―――でも時間が経って、彼の死と向き合えるようになって。
 受け取って放り出したままだった遺品を、その時になってやっと見ることができた。


「彼の遺品から指輪が見つかった時はまた泣いてしまったけれど… でもそれは受け取らなかっ
 た。彼が私にくれたのはこっちだったから。」
 手の中に収めた彼の形見をキュッと握りしめる。
 彼が確かにいた証。
 たかが名も知られていないMA乗り一人、誰もが忘れてしまっても私だけは覚えている。


「軍を辞めても良かったけど、それじゃ彼に怒られると思って。真面目な彼のことだもの、途中
 で投げ出したら何言われるか分かったものじゃないわ。」
 肩を竦めてマリューはふふっと笑う。
 そこに悲愴さは見られない。
「…アークエンジェルやMS開発に参加したのは彼みたいな人をこれ以上増やしたくなかった
 から。1日でも早く終わらせたかったの。」
 だからハルバートン提督から言われた時に即答に近い形で返事をした。
 自分にできる精一杯のことをしたかったから。

「結果 貴方達を巻き込むことになったけれどね。」
「いえ…」
 もう過ぎたことですと、変に大人びたことを言うから。
 "らしくない"と彼のおでこをピンと弾いてやった。



「あ、ここでの話は他言無用ね。」
 礼をして去ろうとした彼に人差し指を立てれば、相手は不思議そうに首を傾げる。
「ムゥさんにもですか?」
「…彼には特に、ね。後で面倒なことになりそうだし。」
 元々誰にも言うつもりがなかった話だから。
 それでも余計なことまで話してしまったのは彼が聞き上手だからなのだろう。

「だから。これは私とキラ君だけの秘密。」
 悪戯っぽくウィンクをして見せると彼もくすくすと笑う。
「はい。秘密ですね。」
 そう言っておどけた調子で軍式の礼を取ってみせると、彼は部屋を出て行った。




「懐かしい話をしちゃったわね…」
 手に持ったままだったペンダントを下げると馴染みの感覚が戻る。
 ソファに深く座り直してひとつ息を吐いた。

「…もう2度と軍人は好きにならないと誓ったのに どうしてかしらね。」
 苦笑いしながら 今は恋人となっている軽い男の顔を浮かべる。
 今頃クシャミでもしているかもしれない。
「私、MA乗りはあれから嫌いになってたはずなのに。」
 2度と恋はしないと決めて、でも好きになってしまった男は"エンデュミオンの鷹"なんて
 異名を持つMA乗りだった。
 今はMS乗り、なんて言われてしまったけれど。
 結局は一緒だ。

「でも、好きになったものは仕方ないわね。」
 拒んでも良かったのに 拒まなかったのは自分。
 簡単に認めるのは癪だけれど 確かにいつの間にかひかれていた。

「…本人の前では悔しいから言わないけれど。」

 1人呟いた声は、誰にも聞かれずその場に落ちる―――…







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マジで誰なんでしょう。ペンダントの写真。



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