43話より妄想


「なぁに そんな暗い顔してんの。」
 いつもの軽い調子で言って、後ろからさり気なく腰に手を回す。
「少佐! 何するんですかっ!」
 頬を赤らめつつ抵抗してみるが敵うはずもなく。
 振り上げた肘は簡単にかわされてしまう。
 全く… と諦めてため息をつくと、素直に身を預けた。
「誰かに見られたらどうするの…」
 ここは廊下で、誰がいつ通るか分からない場所で。
 けれど彼の方は平然としている。
「良いじゃないの。どうせ俺達公認なんだし。」

 確かにこの艦に2人の関係を知らぬ者はいない。
 見られたところで 相手は黙って通り過ぎてくれるくらいだろう。

 けれど、言いたいのは「自分」が恥ずかしいことであって。
 …そう言ったところでこの人は聞かないのだろうけれど。

「少佐は… 貴方ってホントに……」
 そこで言葉は切った。
 自分勝手で強引で。そう言いたかった。

 でも…
 今のこの状態が嫌なわけではないから。
 不安な時、心細い時、悩んでいる時。
 さり気ない、一見分かりづらく見える優しさに気づいているから。


「…ところでさ。」
 彼女の頭に顎を乗せて、宙を仰ぎながら唐突に切り出す。
「え? 何?」
 彼女が振り向けば、少し離れた彼は意地悪そうに笑った。
「俺はいつまで"少佐"なのかな?」
「あ…」
 彼女の顔がみるみる赤くなる。
 彼が求めているものが分かったからだ。
「俺、もう地球軍じゃないんだけど。」
 どうして欲しいかはあえて言わずに。
 すると マリューは彼から目を逸らす。
「貴方こそ艦長と呼ぶじゃない。」
 拗ねたようにも聞こえる、ちょっと突き放したもの言い。
 そういえばそうだった、と彼は苦笑いして、
 ゆっくりと 唇を耳元へと近づけた。

「マリュー」

 熱が伝わる甘い声に心臓がビクンと跳ねる。
「今度はそっちの番。」
「〜〜〜〜っ」

 長い沈黙があった。

「      」

 囁くにも程遠い。
 それはやっと聞き取れるほど小さな声で。
 彼はフッと笑う。
「もう1度。もっと聞こえるように言って。」
 彼女の顔がこれ以上にないほど赤くなるのも分かっていて言った。
 あえてそう言うのは そういう表情をさせられるのは自分だけだと、そう思いたかったから。


「…ムウ……」
「何?」
 その声はとても嬉しそうで。
 それがちょっと悔しくて。

「貴方ってやっぱり意地悪ね…」
 そう言ってやった。







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