桜坂の姫、暁の女神


 丘の上の名門男子校、桜坂学園には、現在1人の"姫"がいる。

 むさ苦しい男ばかりの中でその可愛らしい容姿は特別なものに映り、故に彼は全校生徒か
 ら愛される存在となった。
 …姫本人はそれを不本意に思っているが、利用できるものは最大限に活かそうという精神
 も持ち合わせていたため、その立場を逆手に取ることもしばしばあった。
 そんなわけで現在は、互いに持ちつ持たれつの関係を保っている。





「ねえ、アスラン。」
 我が校が誇る姫君が話しかければ、誰もが立ち止まりふり返る。
「何だ? キラ。」
 それは名門校の中でもエリートの筆頭である生徒会長も例外ではない。
 …いや、むしろ彼の場合 姫の騎士を自負するほどの溺愛っぷりだが。
 他には決して見せない柔らかな顔で、彼はキラの話に耳を傾ける。
「あのさ、今度の日曜日、付き合ってほしいんだけど。」
「…なんだって?」
 ポーカーフェイス故に表の顔は変わらないが、頭の中はフル回転で何かが駆け巡った。

 キラから日曜日の誘い!?
 つまりそれは……っ!

「駄目、かな?」
 小首を傾げてそんな可愛い顔で言われて断る男がいるだろうか。
「そんなわけないじゃないか! キラのためならたとえ火の中水の中…」
「じゃ、アスランはOKだね。次は…あ、イザーク!」
「…は?」
 言うが早いかアスランの脇を通り抜けて駆けていく。
 事態が飲み込めていないアスランはもちろん置き去りだ。


「今度の日曜日に一緒に行ってもらいたい所があるんだけど。」
「…キラの頼みなら。」
 副会長のイザークも、もちろん姫の頼みなら断るはずがない。
「って、ちょっと待て! デートの誘いじゃなかったのか!?」
 慌てて駆け寄るアスランに、キラは「何言ってんの」的な顔をする。
「どうして僕がそんなことするんだよ。なに、行かないの?」
「まさか! もちろんお供させていただきます。」
 恭しく手を取り口付けた騎士気取りの男にうんざりしつつも、抵抗する気にならないほど
 にはもう慣れた。
「さてと。アスランとイザークは確保したし、あとはディアッカとか大丈夫かなぁ?」

「そんなに人を集めて何をするつもりなんだ?」
 イザークの問いかけにキラはどこか黒いオーラを感じさせる笑みを浮かべる。

「ちょっと一泡吹かせたい奴がいてね。」
 それは可愛い"姫"像とは対極の、底冷えするほど冷たい笑顔だった。





*******





 暁高校文化祭、一般開放日当日。この日はどこも誰もが慌しい。
 カガリのクラスは手作りケーキの喫茶店。
 制服のアレンジにフリルエプロンのウエイトレス姿で、彼女もクラスの表裏を走り回って
 いた。

「カガリ、材料足りそう?」
 カガリが在庫の確認のためにクーラーボックスを開けていると、同じ格好のクラスメイト
 も横から覗き込んでくる。
 まだ空っぽではないが、今までの客数を考えると微妙なところだ。
 残りの材料は調理室の冷蔵庫に入っているが、あそこからここまではかなり遠いし。
「一応持ってきた方が… ん?」
 男子に頼もうかと相談していたところで、何だかホールにしている方の教室が騒がしいこ
 とに気づいた。
 顔を見合わせて何だろうと言っていると、ホールと裏方を隔てている仕切りから別のクラ
 スメイトが慌てた様子で駆け込んでくる。
 彼女はカガリの姿を認めると、ダッシュで来て詰め寄った。
「カガリ! ちょ、ああああの…とにかく来て!!」
 とにかくテンパっている様子の彼女から ろくな説明もなく腕を引っ張られる。
「?」
 いったい何事だろうと、わけも分からずホールに出ると、廊下側の入り口に見慣れた顔が
 あった。


「キラ!?」
「カガリ、遊びに来たよー」
 彼はニコニコと手を振っている。
 そのキラの後ろからはこの学校ではまずお目にかかれそうもない美形が3人、キラに付い
 て入ってきた。
 騒ぎになるはずだ。そして呼ばれた意味もなんとなく分かった。

「カガリおねがい!」
「えー?」
 やっぱり、と、クラスメイトが手に持った物を見て思う。
 彼女が持っているものは伝票。つまり接客をして欲しいということだ。
「私達じゃ緊張しちゃってまともに話せないのッ! 男子もみんな比べられるから嫌だって
 言うし。」
「えー めんど………分かったから。」
 数人の女子から泣きそうな目で見られてカガリはため息をつく。
 キラのフェミニストっぷりには敵わないが、カガリも女の子の涙には弱いのだ。
 仕方ないと彼女達から注文票を受け取った。









 窓際の4人用テーブルに案内したカガリは、さっさと注文をとり終えて奥に戻ってしまう。
 視線が痛かったのかもしれない。…周りではなく、キラを除く彼らの視線が。

「キラがベタ褒めするからどんな子かなと思ってたけどさ、予想以上に可愛いじゃん。」
 彼女の背を見送ってから、最初に口を開いたのはディアッカ。
 でしょーとキラも満足そうだ。
「でも、彼氏と別れたばっかなんだよ。向こうから告って来たくせに振るとか僕的に納得
 できないけどさ。」
「あんだけ可愛いなら周りが放っておかないだろ。すぐに新しいのができるって。」
 ディアッカの言葉はお世辞でもなんでもなく正直な意見だ。
 協力しろとは言われたけれど、彼女を見た限り嘘をつく必要は無いようだった。
「まあ フリーの間は独占できるから今のままでも良いけどー」
「どっちだよ。」
 相変わらずのキラのシスコン発言にディアッカが呆れつつツッコミを入れる。
 でもここまで溺愛してるなら 一泡吹かせたいと思うのも無理はないのかとディアッカも
 思った。

「―――暁の女神。」

「「え??」」
 呟いたアスランの方をふり返る。
 彼は彼女が去った方を見たままで言葉を続けた。
「だろう? 暁高校陸上部の勝利の女神。うちは男子校だから勝敗にはあまり関係ないが、
 彼女の出番で生徒が騒いでいた。」
 アスランは生徒会長だから各部の大きな試合には顔を出すことがある。
「イザークも聞いたことはあるだろう?」
「…ああ。この前の大会で10年ぶりに大会記録を塗り変えた奴だ。」
 彼女がそんな風に呼ばれていたのはさすがにキラも知らなくて驚いた。
「別れた理由がますますわかんねーな。そんな女を自ら手放すなんて、とんだ馬鹿がいた
 もんだ。」
 ディアッカの言葉が誰かにぐっさり刺さる。
 もちろん気づいたキラはもっと言ってやれーと笑顔で煽った。

「お待たせしました。」
 そこにちょうどコーヒーとカフェオレをカガリが運んでくる。
 そしてすぐに去ろうとした彼女をディアッカが呼び止めた。
「この後休み時間ある? 俺らと一緒に回ろうぜ。あ、ちなみに俺はディアッカ。あっちの
 白いのがイザークで黒いのがアスランな。」
 セットで呼ぶなと睨んでくる2人の視線は無視。
 馴れ馴れしくはないが親しみやすい雰囲気にカガリもようやく緊張を解いた。
「ああうん、よろしく。キラがいつも世話になってる。」
「いえいえこちらこそ。んで、どう?」
「でも… あと30分はあるぞ?」
「ここで待ってるよ。案内してほしいな。」
 キラからもお願いしてみる。それでもカガリは少し渋い顔。
「女子が私1人じゃないか。」
「良いじゃん。こんな美形侍らせる機会なんて、なかなかないよ。」
「いや 普通ないだろ。」
 普段キラは今より多い男を侍らせているが、それをカガリが知るはずもない。

「―――じゃあ、今日は君がお姫様か。」
「あ、それいい。」
 アスランの言葉をもらってキラは彼女の手をとる。
「ね。僕のお姫様?」
 周りから黄色い声が上がるが、キラは気にしない。
「…分かったから、それ止めろ。」
 1人恥ずかしいカガリが真っ赤な顔で手を引っ込めた。









 キラ達がいるせいか、カガリ達のクラスは客(主に女性)が倍増した。
 嬉しい悲鳴ではあるが、このままでは混乱を招きかねないと、カガリは予定より早めに暇
 を出されてしまった。
 キラ達には教室の外で待つように言って、カガリは1人で裏に戻る。


「着替えは… いっか、めんどくさいし。」
 とりあえずと、財布と携帯だけを手に取った。
 お腹も空いたし、最初はどこかでお昼が食べたい。

「カガリ。」
「ん?」
 呼ばれて振り向くと、クラスメイト…というか元彼が立っていた。
 不機嫌そうな顔をしているが、その理由がカガリにはさっぱり分からない。
「あいつらと回るの?」
「ああ、まあそのつもりだ。それがどうかしたのか?」
「……そう、」
 自分から聞いてきたくせにそれ以上何も言わない。
 外にキラ達を待たせて急いでいたから、もう行くぞと背を向けて―――腕を掴まれた。
「ちょ、はな…っ!」
 相手は意外に力強くて、振りほどこうとしても外れない。
 早くここを離れないとまずい気がして慌てたが、カガリにはどうにもできなかった。
「行くなよ。」
「なん…ッ!?」
「一度は別れたけど、やっぱり…」


「―――それくらいにしておけ。」


 声とともに現れた人物は、カガリの腕を掴んでいる彼の手首を掴む。
 ディアッカが言っていた"白い方"…名前は確かイザークだったか。

「嫌がっているだろうが。それくらいも気づけないのか。」
 冷めたアイスブルーに射抜かれて相手は怯む。
 力が抜けたのを確認してから、イザークは手を離した。

「…別れたことはもう良い。私は気にしていない。」
 イザークに守られながら、カガリは項垂れる彼に声をかける。
「ただ、もう付き合う気もないから。」
 びくりと彼の方が震える。
 自分は振られた方だけど、少しだけ罪悪感も感じた。
 今度は自分の方が振ってしまった形だ。
 キラ辺りに言わせれば、ヨリを戻そうなんて「何を今更」になるんだろうけど。
「行くぞ。」
「あ、うん…」
 ちらりと項垂れた元彼を見遣ってから、カガリは手を引かれてその場を離れた。





「遅いよ、カガリーって、どうして手を繋いでるの?」
「え?」
 キラに言われてそういえばと気がつく。
 彼も気づいたはずなのに、見下ろした手は繋がれたままだった。
「ああ。例のバカに絡まれていたから連れてきた。」
 イザークは何でもなさそうに言う。
 繋いでいることすら気にしていないという風に。
 離そうと思えば簡単に離せるのに、カガリはその手を振り解こうとは思わなかった。


「思ったより行動早かったね 彼。」
「焦ったんだろ。」

 キラ達もそれ以上そこには触れなかったから。

「でもイザークが追い払ってくれたならこれ以上は何もしないよね。」
「気兼ねなく楽しむか。」
「賛成!」

 だから、離すタイミングを逃してしまった。










「やっぱり周りが放っておかなかったな。」
 前を歩く2人を眺めてディアッカがキラをからかうように言う。
 2人の手はなぜかまだ繋がれたままだ。
「なんかフクザツ…」
 イザークなら任せられると思うけれど、本当はもう少し独り占めしたかった。
「俺はキラが好きだ。」
「いや、聞いてないし。どうでも良いし。」
 自信満々のアスランの告白は本当にどうでも良さ気に軽く受け流す。
「悔しいから邪魔しちゃおっと。」
「俺もー イザークをからかいたい。」


 その様子は、イケメンに傅かれるメイドという変に倒錯的な状態で無駄に視線を集め、そ
 の日1番の話題になったとか。







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キラカガ双子の「桜坂の姫」の続編ですが、CPが違うのでこちら。
とはいえ、アスキラは互いに本気なのか微妙なところです。
イザカガは何となく気が合いそうで好きです。アスキラの時はたまにくっつけます。



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