アスランと姉妹


「―――危ない。」

 目の前で転びそうになった少女を咄嗟に抱きとめる。
 小柄で軽い少女はほぼ持ち上げられるような状態になってしまって。

「す、すみません!… ッアスラン先輩…!?」
 慌てた彼女は相手がアスランだと知るとますます焦ってしまった様子。すごい勢いで彼か
 ら飛び退く。
 名前を呼ばれてアスランの方も驚くが、知られていても当然の立場にいるのだからとすぐ
 に思い直した。
 けれど、彼女の場合それだけではないと気づく。
 このツインテールの紅髪の少女には見覚えがあった。
「確か君はルナマリアの妹の…」
「はい、メイリンです。」
 快活な姉と性格は違うが こうして近くで見るとどことなく顔立ちが似ている。
 そういえばよく知る双子も性格は正反対なのに見た目はそっくりだなと思い出したりして。
 そのうち無意識に凝視していたのか、居心地悪そうに目を逸らす彼女に謝った。


「ところでそんなに急いでどうしたんだ?」
「え、いえ…」
 どう応えたらいいのか分からないといった様子で視線をさ迷わせる彼女を見て、よほど言
 いにくいことなのかと 不躾に尋ねた自分を後悔する。
「いや、そんなに言いにくいことなら無理にとは言わないが……」
 困らせてしまったことと詫びて去ろうとすると、今度は彼女の方が慌てて引き止めた。
「違いますッ! あ、あのっ、これ… 実習で作ったんですけどッ」
 差し出されたのはピンクのリボンで可愛らしくラッピングされたマフィン。
 思わず受け取ってしまってから、はたと首を傾げる。
「俺に?」
「この間のお礼で…それに、お姉ちゃんがお世話になってますから…!」
「…? ありがとう。」

「それでは私はこれで!!」
 出会った時と同じ唐突さで彼女はあっという間に走り去った。
 あれではまた何かにぶつかるのではと心配になるが、もう声も届かない。






「…お礼をしてもらうほどの何かした覚えはないんだが。」
 彼女が走り去った方を半ば呆然と見送りながら呟く。
 "この前"にあたるものが何なのかも実は思い出せていない。

「あの子も必死なんですよ。」
 反対からかけられた声に振り向く。
「ルナマリア。」
「コレ頼まれていた資料です。」
 姉らしい発言と共に、優秀な副会長でもある彼女は紙の束をアスランに渡した。
「すまない、助かる。…ところで何が必死なんだ?」
「あのコだって先輩にはカガリ先輩がいるの、ちゃんと知ってるんですよ。敵わないのも分
 かってて、それでも引けないのは両親の期待と重圧のせいで。…そしてそれは私のせいで
 もあるんですけど。」
「え?」
 苦笑いする彼女はいつもの彼女らしくない。
 そもそもルナマリアのせいだというのはどういう意味なのだろうか。

「私はダメだから。その分の期待が全部あのコに行っちゃったんですよね。」
「? 話が全く見えないんだが。」
 彼女の何が"ダメ"で、どういう期待が妹にいってしまったのか。
 疑問符だらけのアスランにルナマリアは「ああ、」と付け加えた。
「私 昔の事故で背中に大きな傷が残ってるんです。ついでにそれのせいで半年以上入院し
 てたから留年もしてんですけど。だから"ダメ"なんです。傷のことを知った時点でだいた
 いの家はアウト、理由はなんであれキズモノの女は価値がないそうです。」
 だから両親も見放したのだと。彼女はあっさりと言う。
 傷が残る彼女は良家の"女"としての価値がないのだと。つまりはそういう意味で。

「な…ッ!」
 彼女があまりに何気なく言うから 逆にアスランの方が憤ってしまった。
 事故なのだからそれは彼女のせいではないし、それだけで彼女の価値が決まるわけでもな
 いのに。
 怒りはそんなもので彼女を測った者達と、彼女の両親にも向けられた。
 しかし彼女は全く気にしていない様子で。
「怒ってくださってありがとうございます。でも、私としては長女という責任から逃れられ
 て気楽なもんです。……メイリンを身代わりにしてしまった形だから素直には喜べません
 けど。」
 可哀想なのは私ではなくあのコの方だと彼女は漏らす。
 代わりに背負わされた責任から逃げ出せない妹を彼女は憂いた。


「…でも、彼女は君が守るんだろう?」
「え?」
「大丈夫だ。彼女にだっていずれ自分だけの大切な誰かが現れる。その時君が助けてやれば
 良い。」
 だからルナマリアがいれば彼女は大丈夫だと、彼は笑って言った。
 まさかそんな風に言われるなんてルナマリアも考えてなかったから思わずぽかんとしてし
 まって。
 その彼女の表情を彼は別の意味に取ったらしい。
「もちろん 君にもすぐ見つかるさ。これだけ優秀な君を放っておくなんてそっちの方が勿
 体無い。」
 何の臆面もなく そんなセリフをさらっと言ってのけた。
 …別に他意はないのだろう。きっとこれは素だ。

「ホンット 先輩ってばカッコ良いんだから。」

 不覚にもときめいてしまった。
 キラ先輩辺りは朴念仁なんて言ってるけど、素で言う辺りがこの人の怖いところだと思う。
 誤解してしまう子がいたりしないと良いんだけれど。


「…あーあ、私にも「傷の1つや2つ 気にしないよ」とか言ってくれる男のヒトいないか
 なー」
「シンやレイは?」
 違うのか?とアスランが尋ねる。
 意外な名前を聞いたと言うように、彼女は一瞬止まった。
「……そうですね。シンはみんなが年上だって敬遠する中で遠慮なく話しかけてきた奴でし
 た。レイもあんな性格だから、区別したりしなかった… 確かに貴重ってゆーか、変わって
 ますよね。」
 暗にそういう対象ではないというニュアンスを加えて。
 けれどアスランは彼女の変化に気づく。
「それで君はシンが好きだった?」
 直球の質問にルナマリアは思いっきり渋い顔をした。
「…どうして自分のことは鈍いのにヒトのことには聡いんですか。」
 さり気なく酷いことを言いながら、でもシンと違うのは そこで認めるところだ。
 やはり彼より1つ年長だからだろうか。
「好きでしたよ。だって嬉しかったんです、本当に。」

 半年休学した上に 一年下の学年に入るのは自分でも居心地が悪かった。
 みんな遠慮して、腫れ物にでも触れるかのように扱われて。
 でも、シンだけは違った。
 彼だけは対等に接してくれたのだ。
 そのうちみんなも年なんて気にせず接してくれるようになって。
 それはシンとレイのおかげだった。

「でも… シンが選んだのは私じゃなかった。私の方が先に出会ったのに、って思ったりも
 しましたよ。」
 いつも一緒にいて、1番仲の良い女友達という自負もあった。
 けれど2人は知らないうちに出会っていて、知らないうちに惹かれ合っていて。
 そこにルナマリアが入り込む余地はもうなくなっていて。

「今はもうふっ切っちゃってるんで どーでもいいんですけど。ステラはシンにはもったい
 ないくらい可愛いし。」

 2人を見ても今は何も思わない。胸の痛みも感じない。
 全ての言葉は"彼"が受け止めてくれたから。
 …ついでに違うところまで思い出して思わず赤くなる。
 思い出しても恥ずかしい。あれは不覚だった。


「? ルナマリア?」
 アスランが不思議そうに問いかけたことで我に返る。
「な、何でもないです! 私 担任に呼ばれてるんで、それじゃ!!」
 挨拶もそこそこに、彼女もまた走り去ってしまった。



「…さすがは姉妹だな。」
 去り方まで同じだ。
 残されたアスランはその意味も分からず呆然として呟いた。







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アス←メイで、シン←ルナ。片想い姉妹…
KINGDOMネタです。



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