兄。
本当に偶然だった。
たまたま通路で出会った2人は、たまたま特に急ぎの用もなくて。
思えば 言葉を交わしたことも無かったよな、と互いに思いながら。
どちらから言うでもなく窓際に並んだ。
互いに名前は知っている。
あとは、ほんの少しの事情。
アスラン・ザラ。
ザフトの軍人でかつて何度も戦ったイージスのパイロットで、
…キラの月時代からの親友。
サイ・アーガイル。
以前何度も苦戦を強いられたアークエンジェルのブリッジクルーで、
…キラが守りたいと言った友達。
年も近いから1度会って話してみたいと思ったことはある。
でも具体的に何を話したかったというわけでもないし、互いにそう気軽に話せる性格でもなかっ
たから。
奇妙な沈黙が2人の間に降りる。
ここに他に人が… ―――たとえばキラが居たなら何か変わっていただろうか。
きっと2人が思ったのは同じことだった。
「…あぁ、そうだ。」
突然思い出したようにサイが切り出した。
"キラ"で思い出した。
「言っておきたいことがあったんだ、俺。」
「…何を?」
アスランが彼の方を向けば、彼は窓の外を見たままで少し苦笑いする。
キラの前じゃ言えないけど… と先に付け足して。
「―――俺、お前が羨ましいよ。」
「……は?」
なんでもないことのように言われたけれど、実際それはそういう風に言われることじゃなくて。
意図がつかめずアスランは眉を顰めた。
「キラがさ、心許してるの分かるから。ちょっと悔しいなって。」
「? キラは誰にでもそうだろう?」
だから 俺とキラは1度敵対した。
キラが守りたいものはザフトとは反対の位置にあったから。
目の前のものを放っていけない、そのためなら自分も殺す、極度のお人よし。
どこか拗ねたような雰囲気を感じ取ってサイは可笑しそうに、でもアスランには気づかれないよ
うに笑った。
「そりゃ普段はそうかもしれない。それが"キラ"だし。」
誰にでも優しくて、誰が相手でも親身になって。
自分が苦しい思いをしようとも受け入れる、そんなヤツ。
「俺が言ってるのは戦闘中のこと。2人が戦ってんの見てると完全に信頼してるなって。」
アスランになら背中を預けても大丈夫。
そんな風に思っているように見えて。それは相手も同じで。
「あぁ、コイツはキラと対等なんだって思ったら、羨ましくて…悔しかった。」
でもその言葉には温かさがあって。
嫌な感情で発せられたものじゃないことはすぐに分かる。
「…俺達はキラにとって"守るべきもの"なんだよな。」
そう、自分達はキラの足枷だった。
俺達が居るから、俺達が弱いから、キラは1人で守らなきゃと思い込んで。
その気持ちを誰にも打ち明けられなくて、悩んで 苦しんだ。
今でもきっと俺達は キラにとっては"守るもの"…
「でもアスランは違った。お前はキラにとって"守らなくて良いもの"だった。」
えっ と困惑したようなアスランの表情を見て、サイはそれを受けて窓の外へまた視線を飛ばし
た。
「俺達みたいに守らなくても良い。そんな強さを持つお前が俺は羨ましい。」
お前はキラを苦しめない。それが羨ましいんだ、と。
サイは言葉を繋げる。
「…俺さ、何度も後悔した。キラはザフトに行った方が幸せだったんじゃないかって。」
ふと視線をよこして苦笑いするサイにアスランは面食らったような顔をして、その後自分もまた
苦笑いを返す。
「でもソレは…」
「分かってる。キラが居なきゃ俺達はすぐに死んでた。」
何でもないことのように言うのはそれが過去だからか。
「でもそれでも。キラが苦しむ顔は見たくなかったんだよ、友達としては。」
今のキラを見ていると分かる。
これが本当のキラ。
鳥籠から解放された鳥のように生き生きしている。
もう1人で苦しんではいない。
「―――俺の言いたいこと 終わり。」
すっきりした、とでも言いたそうな目をして。
お前の方は?と視線を投げる。
「俺は…」
ふとアスランは視線を落とした。
どこか沈んだ様子もある声で。
「キラが俺の手を取らなかったのは 俺より大事な友達ができたからだと思っていた。」
自分のことなんかとっくに忘れてしまったのかと。
自分の言う通りにしてくれないキラがもどかしくて。
そこに子供染みた感情が混じっていたことを今はもう否定しない。
「俺もずっと羨ましかったんだ。君達が。」
そう言ったら、意外だな、と返された。
「俺は3年間のキラを知らない。昔のキラしか分からない。」
「でも俺は 3年間しか知らない。」
お互い様か、とどちらからでもなく笑った。
「お人好しで?」
「ボーっとしてて?」
「泣き虫で?」
どちらのが言っているのとも取れない言葉が並ぶ。
「「で。優秀なくせに」」
「甘ったれで我が儘。」
「自慢しない変なヤツ。」
「「え??」」
言葉の違いに2人は顔を合わせる。
「甘ったれなキラなんか見たこと無いんだけど?」
「キラはいつも俺より上取ると自慢してたぞ?」
変な食い違い。
根本は変わっていなくても変わった所もあるんだと。
新しい発見に、2人は思わず吹き出した。
「あれ? 珍しい組み合わせだね。」
「「キラ」」
今まさに話題の中心だった彼が現れて不思議そうに2人を見る。
「何話してたの?」
ちょっと興味深げに聞いてきて。
一瞬目を合わせた2人は同時に似たような表情で微笑った。
「別に。」
「"兄"役は苦労が絶えないな、と話してただけ。」
どうにも放っておけない気持ちにさせるこの目の前の人物を。
心配で自分が見ていなくてはと思って、微妙に違えど同じ気持ちで見守ってきた。
キラが来たのは、だから気が合うのかもしれないと ちょうど完結したところ。
「? 何ソレ?」
クスクス笑う2人に怪訝そうな視線を送って。
でも楽しそうだから良いや、と思った。
2人とも大事な友達だから。そんな2人が仲良くするのは嬉しいから。
だから、内緒にされたことは追求しないでおく。
---------------------------------------------------------------------
サイはヘリオポリスでの兄、アスランは生涯の兄(by妹姫)
BACK