少女の小さな願い
※アスキラを含むので注意
ラクスを人質に取ったものの、その後アークエンジェルはザフトに包囲されてしまう。
その上どこからか送り込まれたウイルスによって電気系統がダウン。
そして、民間人を乗せていることもあって人命を優先した艦長により アークエンジェルは投降し
たのだった。
乗っていた民間人と軍人は部屋を分けられ、アークエンジェルのクルーは食堂に集められる。
元々人員の少ない艦。ザフトの軍人達はその少なさに驚いていたが、あっという間に全員が揃っ
た。
「…あれ…?」
見当たらない影にミリアリアは辺りを見渡す。
それが不審に映ったのか、兵の一人がきょろきょろするなと彼女の背を突き飛ばした。
「きゃ…っ」
鍛えているわけでもない一般人の少女が大の男に勝てるはずもなく。
よろけて倒れ込みそうになったミリアリアを 傍にいたトールがなんとか受け止める。
自分の置かれた状況を忘れたわけではないけれど、さすがに腹が立った。
「女の子相手に何すんだよ!」
そのままの勢いでトールが兵を怒鳴りつける。
ミリアリアは良いよと言うけれど、トールの方が我慢ならなかった。
しかし、兵の方もそれを素直に受け止めるわけがない。
「なんだと!? 貴様 捕虜の立場を…!」
「そいつの言う通りだぜ。女性は大切に扱えよ。」
やけにのんびりとした口調だが棘を刺すような冷たい声にびくりとしたのはザフト兵の方。
入り口から入ってきた紅服の長身の男に彼は慌てて敬礼する。
褐色の肌に後ろに流した金髪、見た目は軽そうだが颯爽と歩く姿は堂々としていて育ちの良さが
伺えた。
年齢は明らかに赤い方が下に見えるのに立場が逆転しているのは、それだけその色が特別である
ことを示している。
「オマエ、今から俺の敵。」
「は!?」
そして軽く言われた言葉が理解できなかったのか、彼は怪訝な顔をしたまま固まった。
その時後ろから入ってきたもう一人の―――銀髪の同じく紅い軍服の人物は、何も言わずただ呆
れている。
「当たり前だろ? 俺の女 ケガさせようとしたんだからな。」
「え…?」
驚いたのはその兵士だけじゃなくトール達も同じ。
周囲の視線が全てミリアリアに集まった。
「―――ミリアリア。」
向き直って笑顔で紡いだ名前は、愛しい者を呼ぶ時の極上の甘さを含むもので。
そしてダンスに誘う時の仕草のように、彼はすっと片手を差し出す。
2人の間の距離はかなりあったが 彼はその場を動かない。
じっとそれを見ていたミリアリアだったが、ふ とトールから離れて彼の下へ向かった。
誰も何も言えず、動くこともできず。
注目を浴びる中で 彼女は躊躇いもなく自然に彼の手を取った。
「…約束通り迎えにきた。」
「遅い。」
即座に返されたキツイ一言にディアッカは苦笑う。
そういえば彼女はこういう人だった。
「悪かったって。こっちもいろいろとな。」
でも元気そうで良かったと、安心したように彼が言えば、赤い顔でむっとした顔のまま黙り込ま
れてしまう。
それが照れであることは一目瞭然だから 彼女には見えないようにして笑った。
「ふふ。相変わらず仲が良いね。」
小さな笑い声とともに柔らかい声が入り口からかかる。
また一人現れた紅服のエリートに、一般兵達はざっと道を開けた。
「キラ。」
振り返ったディアッカがその名を呼んだ途端に ざわりと動揺したように奥のアークエンジェルク
ルーがざわめく。
先程まで確かに地球軍にいたその人は、それらを軽く無視して手を繋いでいた少女を部屋に招き
入れた。
「ラクス 連れて来たよ。アスランとニコルは?」
入ってすぐ、キラは自分達の恋人の姿を探す。
けれどそこに探し人の姿はなく、ディアッカはあっちだと廊下の方を指さした。
「俺達と違ってあいつらは第1印象が良いからな。2人は民間人の方。残念だったな。」
「あらあら。それは仕方ありませんわね。」
少し残念そうにラクスが答え、キラも探すのを止めてなぁんだとつまらなさそうな顔をする。
「まぁ良いよ。すぐに来るんでしょ?」
「お前達がいるならな。」
「…ザフト、なのか?」
身に纏う自分とは対照的な色、そして親しげな態度。
疑いようもないのだけれど、まだ信じられないという風にサイがキラに向かって尋ねた。
「僕はね。ミリアリアは民間人だよ。」
「仕方ないじゃない。ナチュラルはザフトには入れないんだから。」
あっさりと認めたキラと、悔しそうに答えるミリアリア。
それは彼女もまたザフトに入る意志があったことを伝えていた。
「でもディアッカの、みんなの役に立ちたかったから。だからキラと一緒にヘリオポリスに行った
のよ。」
2人がヘリオポリスのカレッジに編入してきたのは半年前。
月から来たのだと、そう言っていたはずだ。
幼馴染で親同士が仲が良かったから、キラはミリアリアの家に一緒に住んでいるのだと。
それはどこからが嘘だったのだろう。
「地球軍は嫌い。」
きっぱりと断言する彼女からは怒りよりもむしろ悲しみが見て取れた。
「核なんか使わなかったらアスランさんのお母さんもキラのご両親も死なずに済んだんだもの。
…戦争さえなければ私とディアッカは堂々と婚約者だって言えたのに。」
「え!?」
雰囲気から2人が想い合っているということは知れた。
けれど婚約者とまで聞かされればさすがに驚く。
「アスランさんとラクスさんのように公にはされてないけど、私達も婚約してるの。ナチュラルと
コーディネイター双方の架け橋になるようにって、それで選ばれたのが私だった。」
オーブとプラントの間で交わされようとしていたもの。
それで少しでも双方の距離が近づくのなら、と。
けれど、それが公にされる前に戦争が始まってしまった。
「なのに戦争なんか始めるから…! ディアッカとディアッカのお父さんのおかげで解消はされな
かったけど、誰にも言えなくなった! 好きなのに好きって言えなくなったの!! その気持ちが
分かる!?」
ミリアリアの表情が泣きそうに歪む。
宥めるように後ろからディアッカが抱きしめ、彼女はその腕に縋り付いた。
戦争が引き裂いた、少女の小さな願い。
ただ互いを奪うだけの争いは そんな些細な幸せさえ叶えてくれない。
誰も何も言えなくなった。
「ミリィ…」
それは独り言のような呟きにも似て。どう言ったら良いのか分からないという風に声をかけられ
た。
「…トール、ごめんね。」
さっきも自分を助けてくれた、心優しい少年の方をミリアリアは振り向く。
彼に好きだと言われたことがある。
理由が言えなくて今まできちんと断れなかった。
でも、知られてしまった以上はもう隠すこともなくて。
「トールは友達思いだし、そんなとこ好きだけど… やっぱり私はこの人の婚約者で、この人が好
きなの。」
だからごめんね、と。
愛する人の腕の中で謝った彼女に、トールはただそっかとしか言えなかった。
民間人の方はオーブに連絡が取れたから大丈夫だと 報告がてら顔を出したアスランにキラが飛び
つく。
しばらく会えなかった分をこの場で埋め合わせようとでもいうのか、2人の世界に行ってしまい
そうになるのを止めたのはラクスとミリアリアだった。
クルーゼ隊の紅服が出揃い、話は自然とアークエンジェルクルーの処遇についてになる。
最終決定は評議会に委ねられるし 本国に着くまでの待遇を決めるのは隊長ではあるが、ある程度
は今決めておくべきだろうということになったのだ。
「…ねぇ、ディアッカ。」
輪の中に自然と交じっていたミリアリアが彼の服の端をツンと引っ張る。
彼の注意を引くと、彼女は突然お願いのポーズを取った。
「他の人達は軍人だから仕方ないけど… あの3人は民間人として降ろしてくれない?」
彼女が視線で指したのはトール達。
彼女にしてみれば彼らは被害者だったから。
「僕からもお願い。同じゼミって理由で巻き込んじゃったのは僕らだし。」
すかさずキラも味方に付く。
本当はアークエンジェルにも2人で乗り込むはずだったのだが、思った以上の彼らの親切故にこ
こまでつれてきてしまったのだ。
かなり必死な様子でキラとミリアリアは答えを待つ。
「仕方ないな…」
「ミリィの頼みじゃなぁ。」
アスランもディアッカも、それぞれの恋人の視線に耐え切れず苦笑いで了承した。
それに2人は手を取り合って喜んで。
その光景を見て、まぁ良いかと思ってしまうくらいには、2人の恋人への甘さは重症だった。
「ったく、恋人には甘い奴らだな…」
「貴方だって人のこと言えないじゃないですか。」
イザークの呟きにはニコルの素早いツッコミが入り、否定できずにぐっと詰まる。
「もちろん僕も弱いですけどね。」
「あら。」
ニコルが隣の少女に微笑みかければ、彼女もにこりと花咲くように微笑った。
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inザフトで今更無印10話辺りとか。
DESTINYでは「振っちゃったv」で完了してますが、元から片思い推奨なので良いです。
キラは男でも女でも良い感じ。何気にニコラクでイザカガも混じっていたりします。
偶然にも彼女の誕生日に日記にあげたので、これが彼女への祝い話になりました。
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