成績表
この瞬間が一番嫌いだ。
「アスラン・ザラ。今回も君がトップだ。」
それを聞いた途端にざわりと騒がしくなる教室。
全てがデータ化されたこの時代に、わざわざ細長い紙切れを渡される。
書いてあるのは前回のテストの点数と順位と。
それはただ 競争心を高めるだけのもの。
全く意味が無いとしか思えない、紙の無駄だとアスランは思う。
「この次も期待してるぞ。」
「………」
アスランはそれを無表情で受け取ると、さっさと自分の席へと踵を返した。
…そんな風に言われても嬉しくない。
それで向けられるのは嫌な感情ばかりだ。
小声で言われようと聞こえる声。
みんな結果だけで 影の努力なんて知らない。
「眉間に皺が寄ってるよ〜」
席に着こうとした時に突然隣からかけられた声。
振り向けば 幼馴染兼親友が自分のそこに指を当てつつ俺を見ている。
「キラ。」
「せっかく1番なんだから素直に喜ぼうよ。」
俺の気持ちを分かっているくせにキラはいつもそう言う。
喜べるワケないじゃないか。
キラだって知ってるはずだろう。
この向けられる視線と言葉がどれだけ苦痛かくらい。
それでもトップを取り続けるのは、親のこともあるが、もうほとんど意地に近い。
「僕は嬉しいよ?」
素直で無邪気な笑みを見せて言われ、呆けている隙に紙を奪い取られた。
取り返されないよう素早く背を向けて キラはそれを覗き込む。
でも別に取られてもどうでも良いし、どうせ後で見せっこするんだからと取り返そうとはしな
かった。
「あ、数学満点。土日泊まり込んだ甲斐があったね。」
頭だけ向けて、にこっと笑いかけてくる。
それを見た途端に呆れとも怒りともつかないため息が出て、こめかみを押さえた。
「…泊まったのはたまたまで、―――そもそもお前のせいだろうがっ!」
突然落ちた雷に、反省する様子も無しにキラは「キャー」なんてふざけて言っている。
引きつる笑みのままに ダン!とキラの机に手をついた。
「似たような問題を数十問も解かされたら嫌でも覚える!」
あの時は母が数日戻らないと言うのでキラの家に泊めてもらった。
テスト前でもあったから、キラの部屋で2人試験勉強をしていたのだが。
キラは数学でもその範囲が苦手で いつもは逃げるくせに この時はしつこく理解できるまで解か
された。
おかげでその辺りは考えなくても手が勝手に解いてくれる始末だ。
それは良いことなのだろうが、俺としては何度も解かされていい加減ウンザリだった。
「ありがとう家庭教師vv」
そう言うキラに全く反省の色は無い。
てか 誰が家庭教師だ。同じ年だろうが。
…とそこは言わない。言ってもどうせ意味ないし。
「それはそうと。あれだけ教え込んだんだからもちろんできたよね?」
詰め寄って笑顔で聞けば 相手は視線を逸らして宙を泳がせる。
「…てへv」
返ってきたのはバツの悪そうな笑み。
要するにできなかったのか。
怒りを通り越して思いっきり脱力した。
「お前な…」
「キラ・ヤマト!」
「! はーい。」
そんなこんなで 周りから見ればじゃれあっているようにしか見えないことをやっているうちに
キラの番になって。
アスランの脇をするりと抜けると キラは教壇の方に走って行った。
それを目で追いかけながら自分の席に戻る。
いつの間にか周りの視線は自分自身の成績へと向いて 誰も他を気にしていなかった。
「…?」
少し驚いたような教師の顔と、誤魔化す時に使うキラの笑みが見えて違和感を覚える。
自分には聞き取れないほどの声で二言三言交わしてからキラは戻ってきた。
さっきキラがしたように アスランも一瞬の隙を付いてキラのそれを奪う。
「…あっ」
離れた紙を掴もうとした手は空を切り。
それはアスランの手の中に収まる。
けれどキラの方も別段必死で取り戻そうとはしてなくて。
流れるようにその数字の列を端から順に見ていった。
いつもより全体的に高い点数群、得意分野数科目は変わらず俺より上だけど。
けれどその終わり、総合順位の欄を見た途端にそこに釘付けになった。
見間違いじゃないかと数回目をパチパチさせる。
けれど、目の前のものは変わらなかった。
「…え? …2位?」
キラも成績は悪い方じゃない。
嫌いな科目は全くできないけど 好きな科目は俺より上をいくわけで。
平均したら1桁と2桁を行ったり来たりする程度の成績。
けど、それがいきなり2位?
今まで誰も自分には追いつけなかった。
2位との差は狭まることなく 簡単に言えば独走だ。
上位の顔触れはだいたい似たようなものだけれど 今までその中の誰も敵わなくて。
ところがキラはそんな彼らをあっさり抜いてすぐ下にいた。
焦る気持ちなんていうものはなかったけれど、かなり驚いてしまった。
「やっぱり動機が不純だとアスランは抜けないね。」
苦笑いしながらキラはアスランの表情を読み取って応える。
そこで、やっぱり伊達に一緒に居ないなと思える仮定が浮かんだ。
「…何の約束をしたんだ?」
キラは嫌いなことは絶対にやらない。
それが課題だろうが何だろうが、〆切を過ぎようともやろうとしない。
究極の我が儘だ。
その原因は俺に無いとも言い切れないが、それはここでは考えない。
そんなキラがここまでする、ということ。
つまり何かの目標… たとえば物でつられた場合。
そういう時にキラは異常な能力を発揮させる。
「―――良い成績出したら父さんが最新のPC買ってくれるって。」
笑顔付きで素直に応えた。
「今のじゃ処理速度間に合わないんだ。」
そう言うキラは2位なんて全く意識していないようで。
ごく簡単なことのように言う。
って そんな理由で俺は追いつかれたのか…
欲しいPCの為に追い抜かれた他の奴らが哀れでならない。
こいつは順位になんて固執していない。
彼らが知ったらきっと屈辱で震えるだろう。
"キラはできるのにやらないだけ。"
いつか言った台詞が思い出される。
ひょっとしたらキラが本気を出せば、俺も抜かれるんじゃないか?
そんなことがふと浮かんだ。
しかもそれは不可能じゃないかもしれない。
「しばらく勉強はごめんだよ。」
でも本人はため息をつき机に突っ伏して呟く。
目的が無ければいつものキラだ。
「教科書なんてもう見たくない。」
…これだもんな。
「維持しようとは思わないのか?」
誰もが思いそうな疑問を、アスランは何気に投げかけた。
―――"誰よりも高い能力を。"
そう考えるここで上位成績者は誰もが羨む存在だ。
だから俺は敵意に満ちた眼差しで見られる。
そう、周りはみんな敵だ。
それがこの学校の当たり前のルール。
けれど聞かれたキラの方は心底不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
「なんでって…」
言葉に詰まってしまった。
そういえばどうしてだろう?
どうして上位者が羨まれて 下位は虐げられるんだろう?
そもそも成績で人が測れるのか?
違和感と共に疑問が次々と湧いてくる。
「成績なんてどうでも良いじゃん。僕はアスランみたいに負けず嫌いでもないし。」
考えを遮るようにしてキラが言った。
それは疑問を通り越すどころか ぶち壊されたような気分にさせる言葉だった。
「僕はやりたいことのために必要なことができればいい。」
自分勝手な絶対評価。
こいつらしい考え。
キラは昔からそうなんだ。
だから俺の成績を褒めはしても 嫉妬や羨望なんて変な感想は持ったりしない。
「…って 負けず嫌いとはどういう意味だ。」
心外だな、という風に言ったら。
「そのまんま。アスランって負けるの嫌いじゃん。だから1番取るんでしょ?」
「…へ……?」
間の抜けた声だった。
きっと表情もそんな感じだろう。
だってキラが俺を見て笑っている。
でも自然と怒りは湧かなかった。
「僕みたいに逃げないで 苦手を克服してまでしてさ。」
「え…? や……」
なんと応えたら良いか分からない。
言われていることは確かに事実で。
誰も知らない、でも知って欲しかったことで。
それをこいつは分かっていて。
「だから嬉しいって言ったの。努力するから得られたものでしょ。」
その笑顔がなんだかとても眩しかった。
向けられるのは嫌な感情ばかりだ。
けれどそう言ってくれる人がいる。
言って欲しい言葉を自然に出してくれる。
―――お前が親友で良かった。
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キラはめんどくさがり。アスランは負けず嫌い。
それがスーツCD聞いた2人の印象。
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