生きていけない


「見つけた…っ」
 よく知った声―――けれどもうずっと聞いていなかった声に、俺は歩んでいた足を止め、ゆっ
 くりと振り向いた。
 そこにいる人物は予想通りで。

「アスラン!」
 怒りからなのだろうか… 顔は少し紅潮している。
 それも当たり前かと思って苦笑いで相手を見返せば、その人は何故か今にも泣きそうな顔をし
 た。



 戦後 誰にも言わず姿を消した。
 自分の存在は周りの負担にしかならなかったから。
 "パトリック・ザラの息子"の存在は、迷惑にしかなりえなかったから。

 もちろん父親の罪を息子が被るようなことにはならなかったけれど。
 そういう"要素"があると危険視されていたことは確か。
 そしてそれに気づかないほど、俺も鈍い人間ではなかった。
 だからあれこれ制限を受ける前にいなくなったのだ。

 残してきた大切な"彼"のことを心配しなかったわけでもないけれど。
 彼なら分かってくれるだろうと思っていたから。


 まだその時は気づいていなかった。
 自分の過ちと思い違いに。



 見つけられてしまったのに心は静かだ。
 自分は逃げてやる程可愛い性分でもない。


 立ち止まったまま、真っすぐに相手を見て、近づいてくる人の名を呼ぶ。

「―――カガリ。」

 自分を見つけたのは、月ではなく太陽だった。











 近くのカフェに彼女を案内して、コーヒーを2人分注文する。
 終始無言の彼女はアスランに言われるがままに向かいに座ってただこちらを見ていた。

「責任を取れ? それとも復興に手を貸せ?」
 見つかった時に何を言われるか想像が付いていたアスランは投げやりに尋ねる。
 1番忙しい時期に自分だけが逃げ出したのだから当然だろうと。
 けれど、彼女は違うと首を振った。
「そんなことは言わない。ただ戻ってきてくれれば良いんだ。」
 意外な言葉にアスランは数回瞬く。
「…何の為に?」

 まだ警戒していた。
 戻るだけで良いなんて有り得ないと思ったからだ。

「キラの為だ。」
「キラがそう望んだのか?」
 再度の問いかけに、彼女はまたそれも否定する。
「いや。むしろキラは探すなと言った。アスランのことだから何か考えてのことだろうって。」


 笑顔でそう言った。
 そして1人ででもあの部屋に残って。

「アイツは馬鹿だから。自分よりお前のことを考えて。…それで無理して自分を隠して。」

 誰も気づかなかった。
 誰もキラの孤独に気づかなかったんだ。

「孤独に耐え切れなくて潰れちゃったんだよ!」

 いつからあの部屋から出なくなったか。
 いつから姿を見ていなかったか。
 気づいた時には遅かった。


「お願いだ、キラの傍にいてくれ…! このままじゃキラが…っ」
 滅多に泣かない彼女が涙を流しながら訴える。
 その顔に彼の姿がダブって見えた。
「私達じゃどうにもできないんだ…!!」


 キラなら分かってくれると思っていた。

 でもキラのことは考えていなかったんだ。
 残されたキラの気持ちには気づけなかったんだ。


「―――分かった。」





*******





 キラ―――


 声が聞こえる。
 "彼"はここにいないのに。

 まだ僕は夢を見ている。
 君の声が、声だけがいつまでも残っているから。




「キラ…」
「―――…?」
 すぐ傍で声が聞こえた気がして目が覚める。
 目を開けてすぐに入ってきたのは、見覚えのない白い天井と、、
「…アス、ラン……?」
 心配そうに自分を覗き込む彼の姿。

 そんなはず、ないのに。

「幻を見るほど焦がれてたのかなぁ… こんなこと知られたら恥ずかしいかも……」
 重く感じる腕で目を覆って自嘲する。
 声だけでなく、ついには幻まで見えるようになってしまった。
 僕はどれだけ彼に依存しているのだろう。

「本物だよ、キラ。」
 そっと腕を掴まれて再び視界が明るくなる。
 目の前にはやっぱり、困った顔のアスランがいた。
「どう、して……?」
 いるはずのない人がここにいる。
 驚くキラに、アスランはさらに腕を伸ばしてきた。


「ごめん、キラ。」
 ふんわりと抱きしめられる。
 このぬくもりは本物だ。温かさも匂いもキラを安心させてくれる。
 でも、怖くてキラから触れることはできなくて。

「甘えてた。お前なら分かってくれる、なんて。」
 分かってたよ。
 だから探しには行けなかった。
「俺がいなくても平気だと、どうして思ったりしたんだろう…」
 違う、違うよ アスラン。

 まだ少し震える指で、彼の背に手を回す。
 躊躇いがちに服を掴んだら、彼はキラの分まで腕に力を込めて抱き寄せた。


「…平気だと思ったんだよ、僕も。でも、ダメだったみたい……」
 ごめん、とキラも小さな声で謝る。
 君に心配をかける気なんてなかったのに。
「いつの間にこんなに弱くなっちゃったんだろうね。」


 僕は君が好きだけど、君を縛りたいわけじゃなかった。
 でも、離れてみて分かったんだ。僕は君がいないと生きていけない。


「ごめんね、アスラン… もう大丈夫だよって、君を送り出せない……」
「良いさ。キラの気持ちを聞けたから。それが嬉しかったから。」
 そう言って、アスランがくれた久しぶりのキスはすごく甘かった。







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「君がいない」の続きみたいなものです。(ちなみにそれ書いたのは2004年です)
2つを繋げると「君がいない」と「生きていけない」になります☆
最近強気キラが多いので、たまにはよわよわなキラたんを書いてみたかったようです。



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