お酒とキスと嫉妬心


 休憩時間は人それぞれだ。
 いくら立場が同じでも、常に一緒にいられるわけもない。

 ―――だから。

 別々になった時にキラが誰と何をしていようが俺が口出す権利はなくて。
 どんなに苛ついたってそれはただの我儘でしかなくて。



 キラより1時間ほど遅れて入った休憩時間にアスランが食堂に向かうと、奥のテーブルをキラと
 ムウが陣取って何やらやっていた。
 それが普通に食事をとっているだけなら 声をかけて同席する気にもなれたのだが。

 躊躇ったのは、2人を包む一種異様な空気と そこだけに漂うアルコールのキツイ匂いのせいだ。
 テーブルの上にはどこから持ち出してきたのか、空になった酒のボトルが数本乗っていて。
 さすがにムウ1人でということはないだろうから キラもかなり飲んでいるのだろう。
 やっているのはトランプゲーム…ポーカーだろうか。
 真剣な眼差しで相手のカードを睨んでいるキラが俺に気づいた様子はない。

 疎外感に胸が痛んだのを無理矢理やり過ごし、気にしないフリをしてアスランは食事のトレイを
 手に取った。


 この気持ちが何なのか。

 分かりやすい感情は、その分認めるのに時間が要る。






「ほい、キラの負け。」
 かなり白熱した勝負の結果、カードを投げ出してニヤリと笑ったのはムウの方。
 そして先を目で促す。
 彼は明らかに面白がっている様子だ。
 しかし勝負は勝負。賭けは賭け。

「〜〜〜分かりましたよっ!」

 半ば投げやりな態度でガタンと席を立つと、キラは彼にクルリと背を向けた。




 そのままズカズカと突き進んで、ドリンクを取りに席を立ったアスランの横に立つ。
「アスラン。」
 酔っている割にはっきりとした口調で、その声音はどこか真剣だ。
 いや、これはどちらかといえば"緊張"か。
 しかしその理由が分からない。

「? 何―――」
 振り返ったところに襟首を捕まれ引き寄せられる。

 そして、軽く触れた何か、

 柔らかくて熱い、唇に押し当てられたモノ

「〜〜〜っっ!!?」

 自分が何をされたのか一瞬気づけなかった。
 突然起こった出来事に頭が付いて行けずに 目を見開いたまま固まってしまう。

 それは本当に刹那の出来事。

 離れた熱を名残惜しいと思った瞬間に1度だけ目が合って。
 それからすぐに外れた視線は、2度と戻る事なく背を向けられた。



「はい、終わりました。」
「マジかよ。」
 事の一部始終を冗談交じりで見ていた彼も、今の出来事にはさすがに驚いたようで。
 どこか呆気に取られた顔をして 戻ってきたキラを出迎えた。
「やれって言ったのそっちじゃないですか。誰でも良いって言ったからアスランにしたんですよ。」
 反してキラは平然とした様子でそんなことをあっさり言い放つ。
 酔いのせいで恥ずかしいという感情が欠落しているのか、キスなどなんでもないことのようだ。
 彼の新たな一面に驚きつつ、ちょっとしたことを思いついて再び意地の悪い笑みを浮かべた。

「じゃあ次は俺にキスな。」
「うわー 絶対負けたくないですね。」
 感情なく棒読みに近い拒絶はある意味余計に酷い。

「それなら僕は今の発言をマリューさんに報告、にします。」
「げっ 勘弁してくれよ!」
 この件に関してはキラの方が1枚上手だった。
 にこりと笑って出された罰ゲームに、ムウは青ざめて条件の変更を申し出る。
 しかしキラは当然全く聞く耳持たずだ。
「同じレベルにしただけじゃないですか。」
「そんなに嫌なのか!?」
 その言葉もあっさり無視して、自分のカードを集めると高さを合わせる。
「はいはい、カードを」
 くださいと、伸ばした手は受け取る前に後ろに引かれて。
 腕を引かれただけでキラの身体は簡単に立ちあがらされた。


「キラ。部屋に戻るぞ。」
 振り返ってそこにいたのは いつになく不機嫌な様子のアスランで。
 ムウへの挨拶もそこそこに問答無用でキラを連れて行こうとする。
「えー!? ……はーい。」
 第一声は不満だったキラも、睨まれて怖かったのか素直に従って大人しくなった。

 園児のお迎えよろしくがっちりと手を握って アスランは戻る前に1度ムウを見る。
「貴方も貴方です、フラガ少佐。キラは貴方ほど強くはないんですから アルコールもほどほどに
 してください。」
 そうクギを刺すと 今度こそさっさとキラを連れて出て行ってしまった。







「アスラン、痛いってば!」
 キラのペースを無視して、言葉さえ聞かずに。
 ただひたすらに部屋を目指す。

 どう表現すれば良いのか分からない このどろどろとした感じ。
 キラもあの人も何も悪くないのに沸き起こる怒りと苛立ち。

 身勝手で我儘で、そのままぶつければキラを傷つけてしまうような。

 ―――知っているこの感情の名を、

 曝け出す勇気は、まだない。



 部屋の前まで来てやっと アスランは足をぴたりと止める。
 繋いだ手を放して、どこかほっとした気配がしたのにまたムッとして。
 反射的に怒鳴りそうになった気持ちを、深く息を吐き出すことで何とか抑え込んだ。

 キラは悪くない。
 悪いのは、育ちに育って止まらない己の感情の方。


「…いつも、あんなことをしてるのか?」
 極力感情を殺して尋ねた言葉は小さく固く。
 振り向いて見たキラは ちょっと驚いているようだった。
「え?」
「賭けてああいうこと、普段から…」

 あっさりとキスをしてきたキラ。
 酒の勢いがあったとしても、その後も全く動揺していなかった。
 それがあまりに慣れた様子だったから、キスを賭けるのは普通なのかと。
 他の人や、―――当然彼にも、誰にでもあんな風に……

 そう思った途端に感情が爆発して、気が付けばキラを食堂から連れ出していた。


「まさか。いつもはワインの一気飲みとかそういうのが普通で、今日はちょっと悪乗りし過ぎただ
 け、だ―――…」
 きょとんとした後 笑いながらキラは答えて。
 しかし途中ではっとしたような表情をすると、途端しゅんとして項垂れた。
「あ、嫌だったよね? ごめん、罰ゲームで君にキスなんかして……」
「え、そ、それは…」

 そっちにいったか、と。
 ついでに思い出して少し赤くなる。

 けれどそれは項垂れたキラには見えていなかった。


「アスランが怒るのも当然だよね。ごめん、もうしない。」
「!? 違…っ!」

 誤解させたと気づいた時にはもう遅い。
 弁解しようとしても 良いよと押し止められてしまって。

「……僕、もう寝るね。お休み。」
「っ キラ!?」
 肩を掴もうとしたら さりげない動作で逃げられて。
 アスランの顔さえ見ずに、開かれた扉の向こうにキラは消えていった。


「キラ!」

 違う、そうじゃない。
 嫌だったのはキスされたことじゃなくて、他にも普通にしてるのかと思ったからで。
 自分以外の誰にもそんなことして欲しくなかったんだ。

 ただの独占欲。
 あの人に嫉妬したんだ、俺は。


 けれど。どんなに呼んでもその後扉が再び開くことはなく。

 仕方ないから明日謝ろうと、後ろ髪を引かれる思いでその日は隣の自分の部屋に戻った。










「おはよう、キラ…」
 自分達はいつもいつ話せるかも分からない状況だったから、キラの時間に合わせて起きて部屋の
 前で待ち伏せていた。
 1度時間がずれると 1日話せないことだって普通にあるのだ。
 出てきたキラは俺がそこにいたことに多少驚いていたようだったが、すぐににこりと挨拶を返し
 てきて。
 次にずいっとアスランの顔を覗き込んできた。
「……どうしたの、アスラン。そんな深刻な顔して。」
 朝からする顔じゃないよと、眉間の皺を指でつつく。

 いつも通りのキラだ。
 昨日のことなどなかったかのよう。

 でも、だからとそれに甘えるわけにはいかない。
 誤解されたまま謝りもしないなんて、いくらキラでも…いや、キラだからこそ。


「…昨日の夜の、ことなんだが… あれは……」
「―――昨日? 何のこと?」
 誤解なんだという前に、心底不思議そうに キラが首を傾げて聞き返してきた。
「え?」
「昨日の夜はムウさんとポーカーしてて、その途中までは覚えてるんだけど。」
 何かあったっけ?
 そう言うキラに冗談を言っている様子はない。

 そんなはずがない。
 昨日のキラは一応意識もはっきりしていた。
 記憶を飛ばすほどの酔いでもなかった気がするのだが。

 でも、もしそうなら… 昨日のキスも覚えてない?


「キラ…?」
「あ、ごめん。僕もう行かなきゃ。じゃあね。」
 軽く手を上げて、かなり急いだ様子でその場を離れる。
 逃げにも取れるところだが、実際キラにとっては本当にギリギリの時間だったから。

 ごめんねーと 廊下の向こうから叫ぶのは、確かにいつものキラだけど。


 その瞬間から、何故かキラが遠くなったような気がした。







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キラアスではないです。アスキラです。
今はもう懐かしい前作の共闘時代。続きを失くしたので困っています。



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