嫉妬(+レイシン)
パイロット待機室に足を踏み入れたレイが見たのは、最近では見慣れた色彩をもつ人物の姿だった。
さらりと流れる茶の髪、一見少女のような顔立ちに そして纏う服はこの艦に本来あるはずのない色。
ハンガーがよく見渡せる窓に手をつき、彼はただじっとその先にあるものを見つめていた。
「……1人ですか?」
いつもその隣にいる色彩は今そこにはない。
後ろから声をかけると、その人物は振り返ってにこりと笑った。
「うん。アスランとシンは"そこ"だから。」
彼が指差すのはガラスのすぐ向こうに見えるインパルスとセイバー。
2人共に呼ばれて 彼をここに置き去りしにして出て行ったのだと告げる。
それで どうしてここに彼がいるのかは分かった。
しかし問題はある。
「……」
何か言いたげにじっと彼を見ていると、それで察したのか 彼はあぁと言って肩を竦める。
「とりあえず人目に付く所にいれば怪しまれることはないでしょう?」
さすがにMSの傍までは付いて行けないから、と告げられた理由は正当だった。
とある事情でミネルバに単身やって来た彼―――キラ・ヤマトは、軍服を見ても分かるように この艦
では異端者だ。
本人もそれはよく理解していたためか、アスランとシンを監視役にと付けてもらっていた。
艦長曰く「足して2で割るとちょうど良い」のだそうだ。
それは彼に対する評価なのだろうことはすぐに理解できた。
実は 最初監視役に選ばれたのは自分だったのだが、それはシンに猛反対を受けている。
「…心配なら 君がここで僕の相手をしてくれる?」
信用していないのが態度から分かったのか、彼はもう一度 優しく微笑んでそう言った。
MSの足元で整備員と話す2人の姿が見える。
その様子を見つめる紫の瞳はどこか沈んで見えて。
「―――どうして みんな戦うんだろうね。」
苦しげに吐き出された声は、囁くように小さなものだった。
「…。守るもの、信じる正義が人はそれぞれ違うからでしょう。」
それが自分に向けられた問いではないと知っていても。
至極最もな返答を返したレイに、キラは振り向いてさらに問いを重ねた。
今度は彼に向かって。
「じゃあ君が戦う理由は何?」
「私は プラントを守ろうとしているギ――― …議長に従いこの剣を振るっているだけです。」
答えは淀みなく出てきた。
そしてそれは隠す必要もない本音だ。
それが 自分がここにいる存在意義なのだから。
「…君が強いのは迷うものがないからだね。」
完全に向き合った彼は 真っ直ぐにこちらの目を見る。
「羨ましいくらいだ。」
浮かべる笑みはどこか眩しいものを見ているようで。
それが酷く不思議だった。
「貴方がそれを言うのはおかしい気がしますが?」
彼は"アスラン・ザラ"と並ぶ先の大戦の英雄。
ザフトにも地球軍にも属さず、己の信念を貫いた者達の1人。
強さを言うなら彼らに敵う者はそういない。
「僕は迷ってばかりだから。」
笑みに 痛みを知る悲しさを添えて。
何も言葉を返さないレイに彼は1歩近づく。
「欲張りなんだ。守りたいものが多すぎて、どれも手放したくなくて。…だから 僕は弱いんだよ。」
気が付けば彼はすぐ目の前まで来ていた。
数秒絡まった視線の後、キラはゆっくりレイの秀麗な顔へと手を伸ばす。
されるがままの彼に 小さく笑って、顔にかかる金の髪をかきあげた。
「…君の目は、真っすぐでとても澄んでいるね。」
特に感情も乗せない言葉なのに、どこか響きは哀愁を感じさせる。
ブーツのせいで僅かに見下ろす高さになったレイと、覗き込むように見上げてくるキラの視線が逸ら
されることは1度もなく。
さらに近づく大粒のアメジストに、いまだレイも動かない。
「あの人に似ているのに全然違う…」
「……?」
"あの人"―――?
疑問に感じたそのままに口を開こうとしたレイは、しかしその言葉を紡ぐことはできなかった。
「何してるんですか!!」
ゼロに近かった2人の距離を引き剥がしたのは元気な怒鳴り声と黒い残像。
2人の間に割り入って、それはレイをキラから隠すように抱きついた。
「…え?」
突然の乱入者に驚いたのはキラだ。
急な事態にポカンとしていたが、その乱入者の正体を知ると瞳をきょとんと瞬かせた。
「…あれ、シン??」
「あれ、じゃないですよ! 貴方にはアスランさんがいるのに何レイにまで色目使ってるんですか!」
怒りも露に その勢いでキラに噛みつく。
それ自体は慣れているのだけれど、キラにしてみれば その言葉は意味の分からないもので。
「色目って… 別に戦う理由について話をしていただけなんだけど……」
それでどうしてそういう意味に取られるのか、キラにはさっぱり理解できない。
「―――はたから見ると見つめ合っててかなり怪しく見えるぞ。」
答えは別の場所から寄越された。
「アスラン。」
声の主はキラの予想通りの人物で。
遅れて入ってきた彼は まっすぐキラの傍までやってくる。
「そのままキスでもするんじゃないかと下は大騒ぎだ。」
「は?」
何ソレと言わんばかりの怪訝な目をされて、アスランも困ったように笑った。
「レイ。ここにいたら誤解される。」
ぐいと腕を引き 問答無用でシンは彼を連れて行こうとする。
その態度の意味まで理解したレイは嬉しさに少し頬を緩ませた。
「では。失礼します。」
一応の礼儀と、彼はキラとアスランに敬礼を向ける。
当然シンはその辺は無視で。
キラはそれに小さく苦笑った。
「うん。付き合ってくれてありがとう。―――あ、さっき言ったことは気にしないでね。」
「…いえ。今度また詳しくお伺いします。」
「え、」
その時変わったのはキラの表情だけではなく。
シンは一度キラを睨みつけると 今度こそレイの腕を引っ張って行った。
「何を話してたんだ?」
2人の姿が見えなくなると、すかさずアスランはキラの腰を引き寄せる。
「別に。さっき言ったことしか話してないよ。」
本当にそうなのだから他に言いようがない。
ちょっと近づき過ぎてシンを怒らせはしてしまったけれど。
「本当か?」
…アスランの方も半信半疑らしい。
「ここで 嘘言っても仕方ないじゃないか。…って近いよ!」
油断していたらアスランの顔が目の前にあった。
近すぎてぼやけて見えるけれど、目を細めてるこれはきっと怖いくらい綺麗に笑っている。
その確信は経験からくるもの。
けれどアスランはキラの言葉がおかしいという風に笑った。
「レイともこんな風に接近していたじゃないか。」
こんなに近くなかった、と言いたいところだけど。
下手に喋ると唇が触れてしまいそうで。
押し黙ったキラからわずかに離れた彼は、今度は顎を掴んで上を向かせた。
「…俺が妬かないとでも思ったのか?」
身長差が開いた相手は上から自分を見下ろしてくる。
そして見せるは背筋が震えるほどの微笑。
「え、ちょっと待って! ココ 下から丸見え…!!」
アスランの意図を知ってキラは慌てた。
しかし しっかり固定された身体はびくとも動かせない。
「見せつけてやれば良い。」
降りてくる唇。
キラに抵抗する術はない。
「やっ ちょっ ん――― …っ」
言葉も呼吸も奪われて。
後は溺れていくだけ。
誤解解くのにアスランの嫉妬心利用したな…
好都合だとアスランが乗ってくるのも知ってて―――…っ
さっきの台詞は煽るためで。
ただのお人形だと思ってたけど、侮れないな、と。
為す術もなく翻弄されながら、キラはレイへの認識を改めざるを得なかった。
「ヴィーノ、いつまで固まってんのよ。ヨウランも。気ぃ利かせなさい。」
頭上の濃厚キスシーンから目を離さない少年達の後頭部を ルナマリアは一発ずつ殴ってやる。
ヴィーノはそれで我に返れたらしく、顔を真っ赤にしながらぐるりと今まで見ていた場所に背を向けた。
「ルナマリアだって見たいだろ?」
ヨウランの方はといえば 意地悪げに笑いながらそんなことを言って。
それに呆れた息を吐いてもう一発お見舞いする。
「後で背後から撃たれても知らないわよ?」
それだけ言って さっさと踵を返して自分の機体に向かう。
こんなところで貴重な時間を潰している場合じゃない。
「早く済ませちゃいましょ。どうせレイとシンもしばらく戻ってこないわ。」
……誰も違和感持たないところがすでにおかしいわよね。
―――でも、一番変なのは。
一時期でも自分が憧れた男の恋人が男でも納得できる自分ね。
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またもキラinミネルバ捏造設定。
しかしこっちはレイシンです。
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