これもお伽話
豪華絢爛という言葉がピッタリ当てはまる大ホール。
贅の限りを尽くしたそこは王宮でも1番広い場所で、今日は貴族を招いての晩餐会だ。
聞こえてくるは宮廷音楽の優雅なメロディ。
それに合わせてきらびやかな衣装が舞う。
ここは、平民には夢のような世界。
―――と その端に、他と比べると質素な服に身を包んだ少年がいた。
ホールがギリギリ見渡せる端の壁の前。
隠れるようにそこにいるのは彼がそこには入れない立場にあるからだ。
彼は本来目を引いてはいけない者、けれどご婦人方はちらりちらりとその姿を盗み見ている。
一応本人は目立たないようにしているようだが 効果は思うほどには上げられていない。
その理由は、その彼の容姿にあった。
指を通すと絡まることなく流れそうな大地色の髪、きめ細かで柔らかそうな肌。
そして華奢ながら均整の取れた身体。
少年だと分かっていてもどこか中性的に思わせるのは大きな瞳のせい。その色は最も高貴な紫だ。
服は多生着飾ってあるが従者用のそれ。
しかしそれは彼の美貌を損ねることなく、質素さが余計に彼の内面的美しさを際立たせていた。
時折漏れ聞こえるのは感嘆の溜め息。
視線の数は増す一方。
ところが当の少年はといえば そんな視線に気づいた様子もなく、壁にもたれ掛かってただ一心に
1人の女性を目で追っていた。
恐らくそれが彼のご主人なのだろう。
談笑するその姿を見て微笑むそれは、従者にしては違和感を覚える "慈しむ"という名のものであ
るが、その美しさで視線を釘付けにしてしまうだけで特に疑問を持つ者もいない。
むしろその視線を独り占めできる主人が羨ましいとそちらに視線を送り、
―――ほとんどの者はそこで諦めた。
相手は、貴族の中でも最も王族に近い血筋の跡継ぎ娘だったから。
カガリ・ユラ・アスハ。
誰も敵うはずがない。
敵うとすれば王族か、また同等の力を持つあのクライン家の者だけだ。
美貌の少年が仕える人物を知ると、誰もが彼が仕えるに相応しい場だと納得するしかなかった。
そんな彼女は、自分を見つめる彼の視線に気づくと、ドレスの裾を絡げながらその彼の元へと
近づいて行く。
仕方なく皆名残惜しい思いで彼から視線を逸らした。
誰も、そこまで命知らずではなかったから。
「キラ!」
よっとカガリが軽く手を上げると彼も軽く手を振る。
しかしそこからは動かない。
それが分かっている彼女は自分からそっちへ向かった。
「お前は楽しんでるか?」
「楽しむも何も。今日の僕の仕事は君の護衛だよ。」
彼女が隣に並ぼうとするのを押し止め、不満げな表情をされてキラは苦笑う。
貴族の姫は普通下の者にこんな気軽に話しかけたり 同等の位置に立って良いものじゃない。
ここは家じゃなくて王宮だ。
カガリも理解しているからそれ以上の無理強いはしないが、だからといって納得はしていない。
「…ったく。普通に来れば良かったんだ。なのに護衛のふりなんかして。」
本来キラは護衛をするような身分ではない。
「何言ってるんだよ。僕には招待状なんてないし。」
けれど、招待される立場にはない。
彼の特殊な立ち位置がそんな複雑なことを招いている。
今の彼は中途半端で、そして微妙な位置にいるのだ。
「じゃあ何で付いて来たんだよ?」
「それはもちろん君が心配だったから。」
はっきりしているのは、彼女を大切に思う気持ち。
それだけだ。
「あいかわらず仲がよろしいですわね。」
くすくすと笑いながら2人の元へ1人の女性がやってくる。
その瞬間、さらに輪をかけて人が遠ざかったことに本人達だけが気づいていない。
「ラクス。」
―――ラクス・クライン。
アスハ家と肩を並べられる唯一の家名を持つ者。
一見対立しそうな家柄同士であるが 跡取りである両家の姫同士はとても仲が良かった。
それが知れ渡っている分、余計に周りは手が出せない。
片方を敵に回せば 両家とも相手取らなければならないのだから。
「ラクス様。お久しぶりです。」
彼女が前までやってくると、キラは腰を折って礼をとる。
「あらあら。そんな他人行儀なご挨拶は寂しいですわ。」
ラクスがそう言って笑うと、キラは顔を上げて肩を小さく竦めた。
「だって君は貴族の姫で僕はカガリの付き人。一応でもこうしなきゃ示しが付かないでしょ?」
「一応ですのね。」
「うん、一応。ここだと声もそんな届かないだろうしね。」
ここなら話している分には問題ないだろうが 誰もの目につく場所でアスハ家の者が礼儀知らずで
はいけない。
その一応の印象づけというわけだ。
とはいえその半分は遊びも入っていたから、すぐに笑ったけれど。
しばらくして ふと俄かにホールの方が騒がしくなった。
何故かそれはだんだんとこちらに近づいてくる。
ホールが見える位置にいたキラが"それ"に気づいて首を傾げた。
「って あれ? 王子がこっち来るよ。カガリかな?」
「まさか。ラクスだろ。」
それに即座に切り返し、2人の視線はラクスへと。
「あら。それはあり得ないのでは?」
けれど彼女もまたそれを否定する。
その間にもざわめきは確実にこちらへと移動してきていた。
「でも こっち来るよ?」
人々が開ける道の先から現れたのは 紛れも無くこの国の王子だった。
彼の名はアスランと言い、唯一の王子である彼はいずれ王になる人物だ。
夜の闇と星を溶かし込んだような髪に、意志の強そうな翡翠の瞳。
すらりと伸びた背、芯の通った立ち姿。
ダークレッドの正装は気品と威厳に溢れ、颯爽と歩く姿は統べる者のそれだ。
彼は3人の前まで来ると立ち止まり、目的の人物へ手を差し伸べにっこりと笑った。
「1曲お願いできますか?」
背後では女性のかん高い悲鳴にも似た叫びがあがる。
それでも彼は意に介さない様子。
「………は?」
そしてその相手は、それを目の前にして固まった。
両方に目を向けて首を振られ。
視線を戻した目の前の王子様は笑顔のまま。それが真実。
「僕??」
そう、所望されたのは両の姫でなくキラだった。
ちょっと待ってよ。
「あの… 僕は男で、さらにただの付き人なんですが…」
飛びそうになる意識をなんとか引き留めて、くらくらする頭を押さえながら。
それでも冷静に返せた自分は充分頑張ったと思う。
「あぁそうですか。それが何か?」
けれど相手には何の問題もないようにさらりと返されて。
あっと言う間に言葉に窮した。
「…いや…… あの……」
これはなんの冗談なんだろう。
余興かな?
…でも王子が余興って何?
「ちょっと待て!」
「カガリ。」
困惑するキラを庇うようにして彼女は2人の間に割り込み、ずいと前に乗り出す。
それを助けだとほっとしたのは一瞬で、すぐにまずいと思い直した。
「うちの可愛い弟に手を出すな!」
やっぱり…
「カガリ… 違うから それ… しかも相手は王子様……」
無理かなぁと思いつつ、後ろで囁いてみる。
彼女は良くも悪くも真っすぐで、それでいて何よりもキラが大事。
ここでそれを暴走させるのはいくら何でも問題だろうが、彼女はきっとそこまで考えていない。
「関係あるか!」
案の定、当のカガリは聞く耳持たず。
「…そちらはカガリ姫の弟君ですか。」
しまった、とキラが思った時にはもう遅い。
向けられた視線と涼やかな声にキラは肩をびくんと震わせた。
「アスハ家に子息がいたという話は初めて聞きました。」
「当たり前だ。でもキラは間違いなく私の大事な弟で、本当ならこんな所に連れて来たくない程
可愛いんだよ。」
微妙に答えていない。
相手は王子なのに敬意の欠片もないその言葉遣いは放っておいて良いものだろうか。とキラは思
うが、言ってもたぶん聞かないから黙っておいた。
「彼はキラという名ですか。確かに彼にぴったりだ。」
アスランの方も気にしてないらしい。
そして普通に彼に憧れる女性なら、見惚れて顔を真っ赤にするであろう微笑みを彼へと向ける。
「―――キラ。俺のものにならないか? アスハ家なら立場的にも問題ない。」
性別は問題にならないんですか。
そう聞いてみたいが 聞いたら後悔しそうなので怖くて聞けない。
「あら、ダメですわ、殿下。キラは私がいずれ結婚する方です。」
にこにこ笑顔を絶やさずに、今度はラクスまでも会話に割り込んできた。
「へ!?」
その言葉に驚いたのは何故か当事者であるはずのキラ。
聞いてないと言いたげなキラを見て、アスランは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「本人は承諾していないようですよ?」
「ええ。後はキラの承諾を得るだけでしたから。」
さすがと言うべきか、ラクスも全く負けていない。
笑顔と笑顔で対立が始まる。
「…僕はどっちも承諾した覚えがないんだけど……」
でもきっと誰にもそれは聞こえていない。
何だか本人の意思の外で何かが決まりそうな予感がして、キラは頭痛と一緒に泣きたい気分に
なった。
「キラ! お前は私が護るからな!」
カガリの言葉は確かに頼りになる言葉ではあるが。
今はちょっと意味が違う。
「キラは俺がもらう。」
すでに所有宣言のアスラン。
「いいえ。私の旦那様ですわ。」
本人の承諾無しに結婚する気のラクス。
「誰にもやらないに決まってるだろ!?」
1番まともな言い分だが、その実単なるブラコンのカガリ。
キラとしては即刻この場から逃げ出したいが、立場上そんなこともできず。
こっそり輪から抜けて成り行きを見守るしかない。
「…誰か助けて……」
キラは心の中で涙したが、争っている人物達が人物の為に 誰も来てくれそうもなく。
勝手に繰り広げられる自分の所有権争いがとりあえず早く終わればと、そんなささやかな願い事
を空に願った。
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「姫君でなく従者のキラを口説く王子」と「ブラコンカガリ」を合わせたらこうなりました(?)
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