イザークの受難
…重い……
朝の空気に意識が浮上して、キラが最初に思ったのはそんなこと。
自分を囲い込んで乗っかっている 彼の人の腕に対しての言葉だった。
慣れているから苦しくも窮屈でもないけれど、自分を包むその力は意外に強い。
………えーと……
そして、どうして今そんな状態に陥っているかを思い出して息を一つ。
そろそろ起きないとまずいなと思って、その腕からそろりと抜け出して起き上がった。
解かれた腕は今度は腰に巻き付いてきたけれど、それはそのままにして伸び上がる。
「うー… 身体が良い音するなぁ…」
使い慣れていないから多少身体が痛いが寝心地は良かった。
2人で1つの布団だから狭かったが、それも慣れているので特に問題はない。
「…貴様ら……」
「ん?」
隣から地を這うような声がして振り向けば、そこには青筋立ててこちらを見ている見慣れた
相手。
その彼にキラはほにゃらと表情を崩して笑いかけた。
「あ、イザーク。おはよ。」
「……っ」
暢気なキラの言葉に 相手の纏う空気がまた1度下がる。
何故そこまで機嫌が悪いのか分からずキラが首を傾げると、怒りをどうにか抑え込むように
息を1つ吐き出した。
「…ここは寮の自室じゃないんだがな…っ」
そう、ここは旅館の畳部屋。しかも8人の大部屋だ。
決して個室ではない。
2人で1つの布団に、しかも仲良くくっ付いて寝ることの異様さは誰にでも明白。
ちなみに ここで「自室なら良いのか」という疑問は却下される。
そんなもの今更だ。
「…僕の布団取られたから アスランの所にお邪魔させてもらったんだけど。」
キラとて別に好き好んでこうなったわけではない。
旅行の醍醐味ではないが、案の定遊びにきたうちの数人は部屋にそのまま泊まる形となり、
キラはその1人に布団を明け渡したのだ。
「だからってどうしてそこまで密着する必要があるんだ…!?」
「だって狭いし。半分はアスランの癖だけど。」
後半の問題発言はさておき。
キラ自身特に問題に思っていないので、これ以上何を言っても無駄そうだとイザークも諦め
た。
…諦めたが。
どうにも気に食わないものが1つ。
「…その腰に巻き付いているヤツをどうにかしろ……」
いまだ夢の住人が1人。
無意識なのか確信犯なのか… ―――おそらく確信犯なんだろうが。
その腕は先程からキラを引き寄せて離そうとしない。
「あ… それもそうだね。」
キラの方は慣れているせいか全く気にしていないようで。
言って肩を掴んで軽く揺する。
「アスラン。朝だよ、起きて。」
それは決して大きくはないが良く通る声。
そして甘くて柔らかい。
ここにいる何人がその声で起こされてぇ!と心で叫んだか。
「ん… キラ…?」
ゆるりと持ち上がった瞼から翡翠色が現れる。
そして呟く声は掠れて低く、何故か色気があって。
こんな声で名前を囁かれた日には腰が抜けてしまうほどだ。
…ただ 今の相手はキラ。
「もう起きる時間だよ。」
聞き慣れているだけあってさらりと流して次に進む。
「…そうか……」
呟きと同時にするりと腕が解かれて、肩肘で支えて起き上がったアスランと目が合った。
あ、ちょっとやばいかな。とキラが思った時には既に遅し。
ぐっと腕を引かれて倒れ込んだ所に、頬に触れるのは柔らかな感触。
「…おはよ キラ。」
すぐに離されて、目の前には笑顔のアスランがいた。
いつもの朝の挨拶―――頬にキスをされたのだとキラは冷静に理解して。
「…おはよう。」
特に何事もなかったように返した。
―――が。
周りはそうはいかない。
特に目の前で見せられたイザークはもうブチ切れ寸前だ。
「貴様ら 時と場合を考えろ…っ」
朝っぱらからそこだけ新婚のような雰囲気で。
見ている方は目のやり場どころか身の置き場所もない。
「あ、ごめん。でもこれ無意識だし。」
「なお悪い…!」
「…何だ 煩いな……」
起き上がったアスランが不機嫌そうにイザークを見遣る。
「貴様らが…!」
アスランに詰め寄ろうと浴衣の襟を掴んだ。
―――ところまでは良かったが、文句はそれ以上続かなかった。
チュッ
………
耳元で嫌な音がした。
というか頬に何かが触れた。
「――――っっ!!?」
数秒固まった後、理解したと同時に身体中に鳥肌が立つのを止められなかった。
「ななななな…!!?」
つまりはさっきキラがされたのと同じことをイザークもされたというわけで。
ギッと睨めば意地悪げにアスランが微笑っていた。
「気持ち悪いことをするな!!」
「お前が煩いからだろ。」
怒りの叫びにもしれっとそんなことを言う。
「…じゃあ僕も。」
イザークの反応が面白かったからか、今度はキラが反対側の頬に。
「!?」
音を立ててキスをした。
それは本当に瞬きの間で。
気がつけば立ち上がったキラの腕が首に回され、頬に"何か"が触れた後にはアメジストが
数cmの距離にあった。
「おはよ、イザーク。」
クスクス笑ってキラは回していた腕を解く。
どんな反応が来るかなと見ていたら、見開かれたままの瞳は瞬きすらなく。
ピシリ
そのままイザークは石と化してしまった。
「―――キラ。」
「? 何―――」
目の前で手を振っても反応が無いイザークをどうしようかと思っていると名前を呼ばれて。
振り向いたら座っているアスランに再び腕を引かれた。
「…ん…っ」
倒れこんだ先で、今度触れ合ったのは唇と唇。
キラが目をぱちくりさせている間にも手が頭の後ろに回されて、それはより深いものへと
変わっていく。
それには今までただ観客のように見ていた周りもさすがに固まった。
そして キラが肩を押されて唇が離されたのは十数秒後。
「??」
赤くなる代わりに疑問符を飛ばすキラに、アスランは悠然として微笑んで。
「消毒。」
悪びれず言ってのける。
それにキラがどんな反応を見せるかと思えば。
「…それはイザークに失礼だよ。」
それだけだった。
"寝起きのアスラン・ザラに手を出すべからず"
そこにいた全員が、その日それを悟ったのは言うまでもなく。
同時に キラがただ者ではないことも、その日知られることとなった。
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哀れ イザーク。
和室と浴衣と布団☆ 修学旅行の大部屋って良いですよね!(どんな意味で?)
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