声 -voice-


「アスラン」

 声が、どこからか聞こえる。

「アスラン」

 誰の声だっただろう。
 耳に馴染む、とても聞き慣れた声だ。

「アスラン」

 少しずつ大きくなってくる。

 とても愛しくて、とても懐かしいはずなのに。
 この声は誰だっただろう。

「アスラン、好きだよ。」

 あぁ、この声は―――…



 舞い散る桜が視界を覆う。
 突然吹いた強い風をやり過ごして。
 次に視界が開けた時、"彼"が目の前で微笑っていた。

「アスラン」

 見慣れた桜並木。
 いつでも隣にいる彼がそこにいて。

 手を差し出して俺を呼んでいた。
 濃い茶の髪が桜と一緒に舞う。
 幼げな笑みは、いつも心の氷を溶かしてくれる それ。

 微笑み返して手を伸ばす。

 抱きしめたい。
 伝えたい、俺の気持ちを。
 いますぐに。

 けれど。

「キ―――」

 触れる瞬間に、再び桜が2人を遮る。

 風に、散る、

 ―――違う。

 これは…


「アスラン」

 記憶より 幾分大人びた声。
 手を差しのべて微笑む彼の姿は、今の。
 その身体が後ろへとのけ反る。

 散っているのは、真っ赤な―――

「!!」

 視界に広がる色鮮やかな赤。
 風に舞う桜の花びらのような、彼の、血。

 そして自分の手に握り締められているのは、使い慣れた自分の、銃。
 躊躇いなく引かれた引き金、向く先は彼。
 それに驚愕する。

「俺、が…?」

 俺が殺した―――?
 何故?
 何故、俺がキラを


 桜が舞う。
 赤い血が花びらとなって視界を覆っていく。

『アスラン』

 キラの声が。
 声が耳元で響く。

『君が』

 愛しい声が心を乱す。
 絶望を叩きつける。

『僕を殺したんだ…』

 心を抉る。

「嘘だ――――――!!」




 はっとして目を見開く。
 自分を覗き込む顔がほっと嬉しそうに緩んだ。
「良かった、目を覚ましたんだね。」
「…キ、ラ…?」
 まだ意識が覚醒していないのか、状況が把握できない。
「ずっと魘されてたみたいだけど。大丈夫?」
 優しげに降ってくる労りの声が 少しずつ現実を認識させていった。
 さりげなく手に添えられる温かさが、心を落ち着けてくれる。

「夢、だったのか…」
 本当に悪夢だった。
 疲れた様子で呟けば、キラは痛ましげに俺を見る。
「また、見たんだね。」

 戦争から離れた生活に戻ってもなお。
 これは消えない罪の重さ。
 キラを一度この手にかけた事実が。
 俺に繰り返し悪夢を見せる。

「いつになったら君は解放されるのかな…」

 できれば気づかないで欲しかった。
 それはお前も傷つけるから。


「…キラ。」
 身体を起こして手を伸ばす。
 その先が触れるのは柔らかな頬。

「…抱きしめて、良いか?」
 夢を見る度に繰り返す行為。
 その度に尋ねる言葉。
「―――良いよ。」
 だからキラも笑顔で承諾する。

 キラの身体をかき抱いて、心臓に耳を押し当てて。
 生きている鼓動を確かめる。

「アスラン、好きだよ。」
 頭を抱き込むように手を回して、キラが何度も囁く。
「僕はずっとここにいるよ。君の傍に。」

 降ってくる言葉はどこまでも澄んで、とても優しく。
 心の闇を払おうとでもするように。

 でも、それでもなお。
 お前を失う恐怖は消えない。

 いつかまた、

 俺はお前を、

 手に入らない苛立ちと引き換えに―――



 ―――其は心に巣くう狂気。







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やはりシリアス。



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