婚約者の続き。


 人々がざわめくロビーで、アスランは時間を持て余していた。
 今日から一月ほど任務で家を離れる。
 それは軍人として仕方ないこととはいえ、彼女と長い間会えないのはかなり辛いものがあった。
 空を見やって彼女を思い起こす。

「アスラン!」

 そう、こんな可愛らしい声で―――

「って、え?」
 聞こえないはずの声が、現実に耳に入ってきた。
 今のは空耳かと視線を巡らして。
 見つけた、見間違うはずもないその姿。
 確かに彼女だ。
 1番愛しい、唯一の愛する人だ。
 その彼女が、真白いドレススカートを翻して走ってくる。
 手を振りながら、真っすぐに俺の元へと。


「良かったぁ。間に合わないかと思った。」
 呼吸を整えながらほっとしたように笑う。
「キラ!? 何故ここに??」
 当惑した様子でアスランが尋ねればキラは微笑って。
「お見送りしたくて。」
 そんな嬉しいことを言ってくれた。
 でも、確かに嬉しいけれど。

「でも、昨日の夜に行ったじゃないか。」
 いつものように。
 そして当然のように泊まって。
 ポートへは、朝一度家に戻ってから準備をして来た。
 それはいつものこと。
 そしてキラは今まで一度も見送りに来たことはなくて。
「それにね、レノアさんが代わりに行ってくれって。」
 そういえば、今日は母がいない。
 だから時間が妙に余っていたんだった。

「あの、迷惑だった?」
 ふと、しゅんとした様子でアスランを見る。
 どうやら黙って来たことを怒っていると勘違いされたらしい。
「でもね、僕もどうしても来たかったから…」
 アスランと少しでも長く一緒にいたかったんだ。
 そう言う彼女は本当に愛らしくて愛しくて。
 ここがロビーの真ん中だということもすっかり忘れて、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「そうじゃなくて。…だって離れ難くなるじゃないか。」
 今朝だって、キラの寝顔をずっと見ていたいという気持ちを必死で抑えて出てきたというのに。
 このまま連れて行ってしまいたいというほどに、彼女と離れるのは辛かった。
「アスラン…」
 きゅっとキラが軍服を握りしめたのが分かったから、アスランもその腕に力を込める。
 ここがどこかということは2人共忘れているらしかった。
 もっとも、分かったところでアスランは離しはしなかっただろうけれど。


「…あの、どちら様ですか?」
 一応控えめに、ニコルが声をかけてきた。
 このままでは周りの精神力が保たない故の、ニコルの勇気ある配慮だった。
 というか、見ているこっちが恥ずかしい。
「へ? あ…っ!」
 ニコルの登場で周りのことを思い出して キラは慌てて離れる。
 アスランの方は物足りなさを感じていたものの、彼女の恥ずかしがり屋っぷりを知っているから
 すんなり離してやった。
 そしてキラは 話しかけてきたアスランと同じ色の軍服を纏う少年に向き直る。
「ご挨拶が遅れました。キラと言います。」
 先程の慌てようはどこへやら。
 優雅な礼で名を言った後、にっこりと微笑む。
 それだけで、目の前のニコルだけでなく周囲全てが見惚れ言葉をなくした。
「俺の婚約者だ。」
 アスランも普段は見せないほどの穏やかで優しげな笑みで言い、逆にニコルは驚きで目を見開く。
「え!?」
「アスランがお世話になってます。」
「あぁ、いえ、こちらこそ…」

 婚約者がいるのは知っていた。
 それは婚姻統制という国が決めたことであることも。
 けれど目の前の2人はそんなことを感じさせない。
 本当に愛し合っている。
 だから安心した。



「貴様ら何をしているっ 時間を考えろ!」
 搭乗口からイザークが苛立ったように叫んでいる。
 その隣でディアッカが"羨ましいのか?"なんて火に油を注いで。

「あ、ほら呼んでるよ。」
「もうそんな時間か。…じゃあ行ってきます。」
「行ってらっしゃい。―――気をつけて。」
 向けられたのは少し心配げな表情で。
 それも無理のないことだ。彼は軍人で、彼が向かうのは戦場なのだから。
「大丈夫。すぐに帰って来るよ。」
 安心させるつもりもあって、額でも頬でもなく唇にキスをする。
 といっても、挨拶程度のとても軽いものではあったけれど。
 それでも一応公衆の面前ではあるわけで。
 周りはぽーっとなったり、へぇと感心したり、ギョッとしたり。
 そんなことを平然とできるタイプには見えないだけに 周りには十分衝撃的だった。

「人前でしないでって…」
 真っ赤になって呟くキラに対してアスランはけろっとしていて。
「女神の祝福をってね。」
 軽い調子で笑みまで浮かべている。
 ここで何を言っても改めるつもりもないのを知っているキラは、ただ1度溜め息をついただけ
 だった。


「良いケド。帰りも来るから。」
「じゃあ真っ先に飛び出してくるよ。」
 最後はキラの額にキスをして。
 互いに軽く手を振って、アスランは中に消えていった。







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